第103話 落ちる空島

 パレッドの悪あがきで加速させられた空島は、空気抵抗を感じさせない速度で落下を始めた。この様子では1分もすれば地上に墜落して、上の人間は全滅だろう。


 「なんてことを…」


 「神のお告げであった。いずれ俺を倒しに来る人間は、世界の命運を変える可能性がある。なんとしてでも殺してくれってな」


 パレッドの悪あがきはこれで終わらない。なんと俺と奴の間に全てを引きずり込んで粉々にするグラビティコアを発生させた。


 「まだこんな力が…!?」


 こいつは何がなんでも俺と痛み分けにするつもりのようだ。まさかここまで執念深いとは。それも神とやらのためなのか。


 だが俺はここで死ぬわけにはいかない。グラビティコアに完全に引きずり込まれる前に”座標付与”で脱出をした。パレッドも一緒にだ。跳んだ先は落ちる空島の上だ。


 「ちっ。これも避けんのかよ。相性は最悪だな」


 「油断も隙もないやつだな。もう容赦はしない」


 たしかに”座標付与”がなければ死んでいた場面が何度かあった。その点でいえばパレッドの能力とは俺の付与は相性が良かったな。


 近くにはナッカとロズリッダがおり、俺の元に駆け寄ってきた。


 ここでの戦闘はもう終わっているようだ。神聖騎士団たちが戦いを放棄したためナッカたちも竜人たちも手持ち無沙汰になっている。


 神聖騎士団たちは「この命を神に捧げます」とお祈りをして生きることを諦めているようだ。戦略上パレッドが空島を浮かばせる魔力を解除して自分たちの命が脅かされても、それも聖教のためだと喜んで受け入れているのだ。近衛のパレッドのために自分たちの命を捨てることが正しいことであると信じているのだ。


 「フールごめん。もう落下が止まらないの」


 「すまねえ。俺の力じゃどうしようも…」


 「俺がさっさとパレッドを始末しなかったせいだ。俺がなんとかする」


 俺は黒焦げのパレッドの胸に手を当てる。パレッドは俺が止めを刺そうとしていると思っているかもしれないが、俺の目的は別にある。


 「今さら止められない。この加速はお前の引力操作でも相殺しきれない。全員道連れ…貴様!まさかっ!」


 「気づいたか。今からお前の権能を奪う」


 俺は”分離”によってパレッドから重力の権能を奪おうとしていたのだ。かつてアザレアと戦った時に彼女から、暴走する無限の権能のコピーをはぎ取ったことがあったので、パレッドのこれもいけると予想した。


 というかこれができないと島の落下が止まらない。”ベクトル付与”も打ち消すほどの加速だ。こいつが言ったように、先ほどから島と俺の間の引力を強化しているが、一向に勢いは衰えずに俺が引っ張られるばかりだ。


 やはり島の落下を止めるには、この重力の権能は不可欠だ。


 「おい嘘だろ!権能を奪う権能なんてあるわけがない!やめろ!その力は!神に貰ったその【節制の静寂】は!俺だけの力だ!」


 枯れた喉で叫び抗うパレッドから、俺は無情に権能を引きはがした。それでも島の落下の加速は止まらない。やはりこの権能の力で直接キャンセルしないとダメなのか。


 俺はすぐさまその力を自分に付与する。


 「よし。これなら」


 「もしかして本当に奪えたの!?」


 「そんなことまでできんのか」


 俺はナッカとロズリッダに見守られながら、重力の権能を発動する。


 ズシーンと島が大きく揺れた。島が一瞬停止したのだ。


 だがまた落下が始まる。島の下の方から竜化したメアの苦痛の叫びが轟く。


 「止まったと思ったのに。頑張ってよフール…!これは」


 ナッカが俺を見て眉をひそめた。俺は体中の穴という穴から血を流していた。目口鼻耳から血を流した俺を見てナッカは驚いたのだ。俺は力なく膝から崩れ落ちた。これは内臓も骨も筋肉もダメージを受けているようだ。


 「バカが。一人の人間が二つの権能を持てるわけねえだろ。早まりやがって」


 パレッドのあざ笑う声が聞こえる。


 だがそれに反応を返す余裕はない。メアのように権能によって自我を失いかけているのだ。やはり権能を奪って使うというのは無茶な蛮行だったか。


 このときロズリッダが座り込む俺の正面にしゃがみ、俺の両肩を掴みながらある提案をしてきた。


 「おいフール。その権能を俺に付与してくれ」


 「え…」


 ロズリッダがこの権能を背負うという選択だった。これにパレッドがヘラヘラと笑いながら反応する。


 「それもまた無謀な行為だ。器でない者に無理やり権能を与えるなんて、下手をしたら即死だ」


 パレッドが嘘を言っているようには思えない。

 器であるはずのメアでさえ自我を失い苦しんでいたし、器のある俺ですら掛け持ちは命を脅かした。それほどに権能は危険なものなのだ。このパレッドの発言は事実なのだろう。


 「危険すぎる…」


 「俺はまだお前らに恩を返せてねえ。さっきの戦いでもリーメルに大怪我をさせちまったし。俺も命をかけないとダメなんだ」


 俺の言葉を遮ってロズリッダが鬼気迫った様子で訴えてきた。自分がこの戦いで活躍できていないと責任を感じているようだな。背中に深い傷を受けてダラダラと血を流しており、相当頑張ったのだと思うが本人は納得していない様子。


 「やりましょうフール。どっちにしても私たちにそれ以外の選択肢はない。私もすでに権能を持っちゃってるし。全滅かロズリッダに賭けるか、二つに一つよ」


 俺はナッカの言葉に納得した。俺と彼女たち二人なら空を飛んで落下の衝撃から逃げることはできるが、それでは他の竜人や、この場にいないメア、そして島の下でいまだ奮闘しているメアを見捨てることになる。


 今はこのロズリッダの言葉と覚悟を信じて、全てを任せるしかないな。


 「分かった。じゃあやるぞ」


 俺は自分の肩に置かれたロズリッダの手に触れると、再び重力の権能を分離してロズリッダへと付与する。


 「ぐっ」


 ロズリッダが口から血を吐いた。しかもそのうえ唇からも血が出ている。自我を失うまいと自分で唇を強くかんで正気を保っているようだ。


 頑張ってくれロズリッダ。この島の命運はお前にかかっているんだ。


 目から血の涙を流しながらロズリッダは俺から離れると、地面に手を置いて叫んだ。


 「うおお負けるか。止まれーーーー!!!」


 ロズリッダの体から魔力の波動が溢れ出る。


 そして次の瞬間、再びズシーンという音が鳴り響き、今度こそ空島の落下が止まった。空島はすでに下から支えるメアの足が海にギリギリ触れるところまで落ちてきていた。


 俺たちは間一髪で助かったようだ。

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