第100話 黒竜メアの襲来

 俺の背後遠くに浮かぶ空島がゆっくりと降下を始めている。先ほどまで俺たちが戦場にしていた眼下の小島は、ガーネットがナッカを救助したことでもう人がいなくなり落ちても問題ない。


 だが向こうの竜人の居住区用の巨大な島の上ではまだ多くの人が戦っている。これを放置するのは大問題だ。まさかパレッドが自分の部下ごとわざと島を落とすとは。先ほど浮遊石で部下を救助していたことからも、向こうの神聖騎士団を見捨てるのはパレッドといえ不本意なのだろう。


 それでも落とす決意をしたということは、ここまでの戦闘で俺たちがそれほどにパレッドを追い込めたということか。喜んでいいのか悪いのか。


 「空島の浮遊に充てていた俺の魔力が戻ってきた。ようやく俺の全力を見せれるな」


 「なに!?うっ!」


 先ほどまでの比にならない斥力によって俺は後方に吹き飛ばされる。空島が落下するこの一大事に、パレッドの強化まで加わるとは。どうするべきか。


 「ん?」


 空島の方から何か大きな魔力の波動を感じた。向こうの戦場でも何か大きなことが起きているようだ。俺はこちらで手一杯なので、そちらはリーメル達に任せるしかない。


 「とりあえずガーネットとナッカは周囲を漂う浮遊石を奪って、それでできるだけ多くの仲間と竜人の救出を…」


 「フール!後ろ!」


 ともかく一人でも多くを救おうと思い、俺はガーネットたちに浮遊石を奪う指示を出そうとした。先ほどまでこの戦場にいた神聖騎士団がパレッドに救出されて乗っている浮遊石だ。これを奪うということはすでに乗っている神聖騎士団を叩きだすことになってしまうが、今は敵の命の心配をしている場合ではない。


 だがこの指示をだし切る前に二人から大声で警告を出された。慌てて振り返ると、パレッドが上に向けて片腕をあげていた。そしてその腕の先には、下の小島を丸々飲み込めそうなほどに巨大な、圧縮された魔力の塊が浮かんでいた。


 「島の結界と同じ性質を持つ重力の渦だ。放出するタイプのグラビティコアと思ってくれてもいい。これを今からお前に向けて撃つ」


 「嘘だろ…」


 俺は冷や汗を流しながら、ちらりと背後の島の方を見る。


 俺には”座標付与”によるテレポートがあるし、この攻撃を回避することは不可能ではない。問題は、パレッドと俺の直線上に竜人の居住区の空島があるということだ。


 つまり俺が避ければ、竜人たちやリーメルやロズリッダが消し飛ぶことになる。


 パレッドは俺に選ばせようとしているのだ。自分の命と他人の命、どちらを取るのかを。


 「喰らえ!墜ちる深淵アビスフォール!」


 巨大な魔力の塊から太いレーザーが射出された。まともに喰らえば体がぐちゃぐちゃになる危険な攻撃だ。


 俺はこれを避けずに受け流すことにした。指向性がある技なら、”ベクトル付与”や”斥力強化”で逸らすくらいはできるはずだ。


 だがこの考えは間違っていたと遅れて気づく。想像以上に強力で、俺ではこの攻撃を受け流せない。今から回避も間に合わない。


 これは、死ぬ。


 迫りくる魔力の塊を前に、一瞬絶望しかける俺。その俺の視界の横を巨大な何かが横切った。


 パレッドの攻撃と俺の間に割り込んできたそれは、巨大な隻眼の黒竜だった。


 「なんだこの竜は。まさか遂に覚醒者か出たのか!?」


 「メアか…?」


 突然の乱入者にパレッドは焦っている様子だ。そして俺はそれがメアなのだと直感的に悟った。先ほど居住区の方から伝わってきた魔力の波動、事前にターニャさんから聞いていた竜化の権能の話、そしてこの黒竜が俺をかばう姿が以前ウエストタウンでメアが俺を自爆人間からかばってくれた時と重なりこの結論に至った。


 「ぐらああああああああああ!」


 黒竜は大きく声をあげながら口を開くと、パレッドの攻撃を飲み込んだ。


 「なに!?」


 「すごい…」


 驚き目を見開くパレッドと俺。

 だが黒竜がいくら食べても、パレッドの攻撃が止む気配はない。このままでは処理しきれずに押し切られてしまいそうだ。


 だが攻撃の一部を削ってくれただけでも、俺にとっては十分な援護だ。俺は黒竜の横に移動すると、”ベクトル付与”で残りの攻撃をなんとか上空に逸らした。


 こうしてひとまずの危機は脱することができた。


 「ありがとうメア。助かったよ。…メア?」


 メアと思われる黒竜に礼をするが、それに対しての反応がない。もしかしてメアだと思ったのは気のせいだったかな。


 そう思った次の瞬間、黒竜が口からレーザーの如きビームを吐き出し始めた。1発ではなく何発も連続で、周囲に無差別に撃ちまくっている。


 このブレスに焼かれそうになったパレッドは、舌打ちをしながらとっさにグラビティコアでっ防御をした。浮遊石に乗り居住区の方に移動しようとしていた神聖騎士団たちはこの無差別のブレス攻撃に焼かれながら、浮遊石ごと地上に落っこちていった。炎で焼くだけでなく、石を粉々にするだけの破壊力も秘めているようだ。


 無論この無差別攻撃は俺たちも対象に含まれる。俺は自分に向かって飛んできたブレスを”座標付与”で回避してガーネットとナッカの元まで飛んだ。そして”空壁”でバリアを張る。


 「何あの魔獣は?助けてくれたのかと思ったんだけど」


 「私は一瞬あの黒竜がメアだと思ったんだけどな」


 「俺も同じことは思ってた。だけどこれは…」


 ガーネットも俺と同じ意見だったようだ。俺と同じく、ウエストタウンでメアにかばってもらった過去があるため、この竜の雰囲気なども照らし合わせてその結論に至ったのだろう。


 だがこれがメアだとすると、この行動はどういうことなのだろうか。この疑問はパレッドの呟きによって解明した。


 「こいつまさか…権能に意識を飲まれやがったのか!」



☆ ☆ ☆

https://kakuyomu.jp/works/16818093087804975664

新作上げました。アンチ追放ものです。

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