第99話 竜の怒り sideメア
「ちっ。しとめ損ねたか」
レンダがそう吐き捨てながら、ターニャの腹に刺した手刀を抜く。ターニャの傷口から血が噴き出し、メアの顔にかかる。
「え、あ…。ターニャ様…」
何が起きているのか理解できず、とりあえず倒れるターニャを支えようとするメア。その無防備なメアの首をレンダの炎の手刀が狙う。
その時突如地震が起きた。空島に地震なんてものは存在しないはずなのだが。周囲の戦場の攻撃の余波で一体の地面が揺れているという次元でなく、これは明らかに島全体が揺れている。
態勢を崩したレンダが攻撃を止めて、状況の把握を優先したおかげでメアは助かった。
千里眼で状況を確認したレンダが、目を見開いて叫ぶ。
「パレッドのバカが!あいつこの島を落とすつもりか!」
この空島と竜人族の支配者であるパレッド。彼の能力によってこの空島は浮いていたが、どうやらそれが解除されたようだ。フールとの戦いで追い込まれたパレッドの奥の手だ。
だがその情報は今のメアの耳には入ってこない。自分の腕の中で倒れるターニャにのみ意識が集中している。
レンダは慌てた様子で、早々に決着をつけようと再び炎の手刀を構えた。
しかしこれは駆けつけてきたロズリッダによって防がれた。ゼルドリックを倒したロズリッダは、足を負傷したリーメルを置いて他の戦場の援護に向かうことにした。ゼルドリックの神器によって背中を深く斬られて血が出てきているが、それも恩を返すためと痛みをこらえて戦場を駆けた。
そしてギリギリのところでメアの命を救った。
「くっ!すまねえ間に合わなくて。姫を連れて仲間のとこまで下がってろ」
「くそっ!邪魔をするな魚女がぁ!」
大怪我をしたターニャを見て自分の不甲斐なさを嘆くロズリッダはメアに下がるように指示を出す。自分の戦いに水を差したそのロズリッダにレンダは激高する。
レンダの手刀をロズリッダは槍でなんとかさばく。ゼルドリックとの戦いで魔力は使い果たしてしまったので、水でレンダの炎を消すことはできない。ロズリッダは他の竜人たちの救援が来るまでの時間稼ぎに徹することにした。
メアはロズリッダの声で少し平静を取り戻し、ターニャを抱えて逃げようとした。そのときターニャがメアに話をしだした。
「メア。あなたに言わなければならないことがあるの。実は私は正当な王族の血を継ぐものではないの」
ターニャがかすれた声で大切な話をしだすが、メアにとってそれはどうでもいいことだった。ターニャの命以外に重要なものはないのだ。
「ターニャ様、そんなこと今はいいから。傷口が開くから喋ってダメなのです」
「いいから話を聞きなさい」
またターニャに怒られてしまった。いつもの癖でターニャの指示に従い、話を聞く姿勢になるメア。
「私は王族の分家の血を引く者。本家の血を引く正当な姫はあなたなのよ、メア」
「え?」
ターニャではなくて自分が姫。唐突に告げられた事実に思考が止まりかけるメア。その間にもターニャの話は続く。
「聖教に王族の血が狙われていると判明して、あなたとほぼ同時に生まれた私がその影武者になったの。あなたが私を船まで助けに来た時は肝を冷やしましたが。ようやくあなたの盾になれてよかった」
「王家の血とかどうでもいいのです。メアはターニャ様が死んじゃうのが嫌なの。だから死なないで」
「メア。あなたならきっと竜人族に自由を取り戻せますよ」
ターニャの瞼がゆっくりと落ち、メアが握っていた手から力が抜けていく。
「ターニャ様?ターニャ様!」
メアの叫びを聞いても、ターニャの反応はない。
「さっさと退きな!竜王の血をここで絶やすんだよぉ!」
ロズリッダの肩に手刀が突き刺さる。魔眼でターニャの心を読み、メアが真の王族だと知ったレンダは、今度こそとメアの命を狙いに行く。
「しまった!逃げろメア!」
「ゴミ共が邪魔をしやがって!皆殺しだよ」
ゴミ共。この言葉を聞いてメアの中の何かがプツンと切れた。
大切なターニャをゴミと呼ばれた。
こいつのせいでターニャが死んだ。
もっと自分に力があれば。もっと自分が強かったら。
「がああああああああああああああああ!」
メアの魔力が爆発的に膨れ上がった。その風圧でレンダとロズリッダが後ろに跳ばされる。
レンダがメアの姿を見て口を大きく開け、「こ、この姿は…」と狼狽えだした。何か恐ろしい未来を見たようだ。
次の瞬間、メアの肉体が変化しただした。半竜化を経由してなお変化が止まらず、その姿は人からかけ離れていく。
そして遂にはメアは、巨大な黒竜の姿になってしまった。周囲の5階建ての建物と同じくらいのサイズだ。
「あれがメアなのか…」
ロズリッダはレンダにやられた肩の傷を抑えながらメアの変身を見届けた。
「まさか、これが聖教が恐れ欲していた伝説の竜の権能なのかい…」
この世界に複数ある権能の中には、心の在り方が発動条件に含まれたものがある。竜化の権能【力の暴虐】の発動条件は、ただ純粋に力を求めること。
メアは今まで本気で力を追い求めたことはなかった。自分の力でできる範囲で、自分ができることをやればいいと思っていた。
しかし今日この日、ターニャを失ったことで自分の無力さを痛感し、嘆き、悲しみ、怒り、さらなる力を求めた。この願いに権能が応えたのだ。
このメアの変化を見たレンダは、
「素晴らしい力だ!決めた!お前も私の傀儡にしてやるよ。来い、ゼルドリック!」
恐ろしい巨竜を前にしても諦めず、気合を入れ直した。そしてゼルドリックの名を呼ぶ。
すると先ほどロズリッダはやってきた方向から、首のない戦士が駆けつけてきた。
「なんだと!」
「武人族の中には首を落としてもしばらく生きる個体もいるのさ。知能がなくなり多少の戦力ダウンはあっても神器があれば問題ない。その竜を倒しな!半殺しにすれば私の魔眼で操れるはずだ」
驚愕するロズリッダに意気揚々と解説するレンダ。首なしの操り人形とかしたゼルドリックは空高く飛びあがり、質量変化をして彗星のごとく竜化したメアへと急降下した。
「あれは…避けろメア!」
ロズリッダはゼルドリックの降下速度を見て、その威力を察した。先ほどの戦いでは空島への影響を考慮して抑えており、今はそのリミッターが外れていると傍から見て分かった。
このままではメアはおろか、この島も大きく破壊されて甚大な被害を出すだろう。
だがメアは自分に迫りくるゼルドリックを一瞥すると、まるで食べ物にたかるハエをはらうかのように、尻尾でゼルドリックを軽々と叩き飛ばした。
「は…?」
想定外のことが起きて間抜けな声を出すレンダ。そしてメアは次のそのレンダに目を付ける。
「嘘だろ、ちくしょう。この化け物がぁあああ!」
レンダが高速詠唱をして、直径5メートル越えの巨大な火球魔法をメアに向かって撃った。この1発だけを見ればガーネットの攻撃と比べてもそん色ない威力を誇っていそうだ。
メアは目の前まで迫ったその攻撃を、食べた。吸い込むようにして炎の全てを呑み込んだ。もちろん無傷だ。
「「は…?」」
今度はレンダだけでなくロズリッダまで間抜けな声を出してしまった。
「これはダメだ。パレッドじゃないとどうにもならない!」
ようやく事態を理解して取り乱したレンダは、情けなくも背を向けて一心不乱に逃走を始めた。
そしてメアは反撃とばかりに大きく息を吸い込むと、レンダに向けてレーザーの如き破壊光線を撃ち込んだ。
「…っ!」
レンダは断末魔をあげる間もなく消し炭となった。
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