第95話 立ち上がる竜人族 sideリーメル

 空島が落ち始めるよりも少し前。


 襲撃してきた神聖騎士団の相手をナッカに任せたリーメルは、メアとターニャとアルトと共に竜人族たちの元へ駆けつけていた。


 竜人たちの居住区は整然と石作りの住居が所せましと並んでおり、飲食店などはほとんど見当たらない。ただ休息するだけの空間といった感じだ。ナッカが作った移動要塞よりも広いのに、活気はほとんどない。


 ターニャ曰く、この空にはこれと同じような居住区が本島を挟んで反対側にもあるそうだ。どちらも竜人が2000人くらいずつ住んでいる。


 だが反対側の島には今は誰もいない。全員今は地上の紛争地帯で傭兵として戦わされているのだ。彼らが空に帰還したら、今度はこちらの居住区に住まう竜人たちが傭兵として働かされることになる。


 家族はこの二つの居住区にバラバラに割り当てられており、もしこの傭兵命令に逆らえば、反対側の居住区に住む人質が殺されてしまうというわけだ。


 「あそこが居住区です。もう後には引けません。彼らの力を借りて、今本島で戦っている者たちと共にパレッドたちを打ち倒します」


 ターニャの目には覚悟の火が灯っている。


 長年の酷使によって竜人族たちは限界近くまで疲弊している。そうして無謀な反乱を本島で起こすものまで出てきてしまった。


 幸いなことにこのタイミングで革命軍の協力を得ることができた。権能持ちがいる彼らを仲間にできた今こそが、パレッドたちの支配からされる最高のチャンスなのだ。


 「私たちの力のことも忘れないでよ」


 竜人でこの戦いをどうにかしようという思いが強いターニャに対して、リーメルは自分たち革命軍のことも頼ってほしい旨を伝える。


 あの日、奴隷施設で失いかけた命をフールに救われた。今度は自分がその命を他の人々のために使いたい。リーメルはそう考えているのだ。


 「それはもちろんです」


 「メアもリーメルたちのこと頼りにしてるのです」


 ターニャたちはこのリーメルの心遣いに感謝した。


 そうして居住区が目の前に迫ったところで、問題が発生した。目的の居住区から爆撃音が鳴り響き、人々の悲鳴が聞こえてきたのだ。


 「なにやら問題ですか。急ぎましょう」


 アルトの発言を受けてリーメル達はさらに移動の速度を上げる。


 どうやら騒ぎは街の端、この居住区島の端で起きているようだ。そちらは本島がある方角でもある。嫌な予感がする。


 一行は急いでその場へと急行する。しばらく走ると人だかりができた広場に出た。


 そこには一か所に山のように積まれた数百人の竜人の遺体と、その周囲に並ぶ神聖騎士団がいた。リーメル達はこの惨状に目を見開いた。


 彼らの周囲の建物には乱雑に浮遊石が突っ込んでいる。あの浮遊石でここまでやってきて、雑に着地したのか。


 竜人族がざわめく中、神聖騎士団の中から一人の女が歩み出た。赤く輝く美しい目をしている。


 「私はパレッド様の側近レンダ。お前たちの中から出た愚かな反逆者どもは、この通り始末した」


 周囲がどよめいた。仲間がこんな暴挙に出たうえにすでに始末されてしまっていたのだ。


 リーメル達も同様に、これから助けに行こうとしていた反乱軍がすでに制圧されてしまった事実を知り、動揺してしまった。


 「あれは…魔眼使いの…」


 メアが歯を食いしばりながら呟いた。


 そうか。あのレンダという女がメアの目に魔眼を付与し、竜人族の偵察に利用していた人物なのだろう。彼女のせいでメアを通してターニャの身元がバレて殺されかけたのだ。これほど怒りと憎しみをたぎらせるのも納得である。


 「今さら姫一人を消されたくらいで無駄死にしやがって。さて、連帯責任だ。こちらにも被害が出たからな。この島にいる住人を今から500人見せしめで殺す」


 レンダが剣を抜いて近くで腰を抜かしている女の子に歩み寄る。


 だが竜人の誰もそれを助けようとしない。


 全員諦め、この罰を受け入れようとしている。支配されることに慣れ、姫という希望まで失った竜人たちでは、聖教に抗うだけの気持ちが残っていなかった。ここで500人を見捨てれば、他の者たちだけは生きながらえれる。そのような判断の元、全員が諦めてしまっている。


 そんな中、群衆の中から一人の竜人が飛び出て、レンダに襲い掛かった。メアだ。


 「お前はメアがやるのです!」


 「っ!貴様は魔眼の…!」


 あまりに早い奇襲にレンダの反応が遅れて、メアの蹴りをもろに喰らって建物に吹き飛ばされていった。メアはさらに追撃を入れようと追いかけていった。


 神聖騎士団からも竜人族たちからもどよめきの声が上がる。一部の神聖騎士団たちはレンダの援護に向かった。竜人族は事情を呑み込めずに立ち尽くしている。


 この騒ぎに乗じてまた一人の竜人が前に出た。ターニャだ。


 彼女は先ほどまでレンダが立っていた場所に立つと竜人族たちに声をかける。


 「聞け竜人たちよ!諦めるのはまだ早い!王族の血はまだここで生き延び、強力な援軍も引き連れてきた!再び立ち上がり、竜人の誇りを示すぞ!」


 竜人族たちから「ターニャ様だ」や「ターニャ様が生きていた」という声が広がりだし、彼らの目にも闘志が宿る。


 ターニャが竜人族の戦意に火をつけつつあると察した一部の神聖騎士団が、目の前で背を向けるターニャに襲い掛かる。


 しかし彼らの刃はターニャには届かない。彼らの背後で積まれていた竜人族の遺体、もとい死んだふりをしていた一部の戦士たちが背後から神聖騎士団を襲ったのだ。


 「二度もターニャ様を失ってたまるか」


 死んだふりをしていた竜人が声を上げる。これに鼓舞され、ついに観衆たちが神聖騎士団に牙をむいた。


 「こ、こいつら…全員で反乱を起こすつもりか」


 「ゼルドリックさん!応戦お願いします!」


 そこへ大剣を担いだゼルドリックという重鎧の巨漢が神聖騎士団の後ろの方からやってきた。おそらく幹部格だろう。


 「この姫を殺せばまた戦意がなくなんだろ」


 ゼルドリックは大剣でターニャを叩き切ろうとする。


 だがそれは飛来してきたリーメルによって阻止された。リーメルはゼルドリックの目を狙って剣をふるい、ゼルドリックはそれを慌てて回避した。


 「獣人?こいつがさっき言ってた援軍ってのか」


 「あなたは私が相手をする」


 こうして竜人族と神聖騎士団の全面対決が始まった。

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