第94話 最終手段

 ガーネットがさらに火球を無数に放つ。ボウリングサイズからバランスサイズの火球が雨のように降ってくる。今の1発の火球が俺の”引力強化”で上手くパレッドに当たったことで、この連携に勝機を見出したようだ。


 俺はガーネットの攻撃とパレッドの間の引力を強化して、パレッドへの追撃を試みる。この雨を俺の付与でパレッドへの必中攻撃へと変えるのだ。


 だがもちろんパレッドも無抵抗でこの攻撃を待つほど悠長ではない。


 「バカの一つ覚えみたいに連発しやがって。相当必死じゃねえか」


 「そっちもだろ」


 パレッドは斥力操作によりガーネットの攻撃を跳ね返そうとする。俺も負けじと引力を強化する。パレッドは俺たちの攻撃の全てを防げているわけではないが、このガードのせいで決め手には欠ける。


 ここでパレッドが動きを変えた。斥力バリアによって自分の身をガードするだけでなく、引力操作をしてガーネットの攻撃を俺にぶつけようとしてきた。


 「仲間の攻撃でやられちまえ」

 

 パレッドが勝ち誇った笑みを浮かべる。パレッドより魔法の発動速度が遅い俺は、この火球への対処が間に合っていない。パレッドはそう思ったのだろう。


 残念ながらそれは違う。俺はあえてこの火球を防御していないのだ。


 ここで俺はわざと火球へのガードを捨てて、パレッドと俺を”引力強化”で引き付けた。俺が火球へのガードに気を取られている内に攻撃を入れようと企んでいたパレッドには、俺のこの動きは予想外だったようで反応が遅れる。


 パレッドがとっさに両手を前に出したところを、俺は両手で握り捕まえた。これでもう逃がさない。火球が俺たちの元へ飛んでくる。


 「お前まさか!俺を道連れにするつもりか!?」


 「まさか。俺は付与で炎が効かないんでね。お前だけやられてもらうさ」


 パレッドは驚き目を見開き、悔しそうに歯ぎしりをした。慌てて斥力操作で俺や火球を弾き飛ばそうとするが、俺も負けじと”引力強化”で自分へ火球とパレッドを引き付ける。


 ここでパレッドが重力操作までしただし。物体間の引力や斥力の細かな操作をしつつ、周囲の広範囲の空間の重力の変換まで同時にできるのか。


 重力の向きは上。俺たちは頭から上方向に落ち始めた。そのせいで火球攻撃が若干それて、パレッドに当たらず地面に炸裂してしまう。


 「まずは赤髪のからやるか」


 パレッドはこのまま重力を操作して、手を掴んでいる俺ごとガーネットの方に向かおうとしている。俺のベクトル付与でも中和できないほどに重力が加速している。このままではガーネットの元へ落ちて行ってしまう。


 ガーネットも逃げようとしているが、進行方向に衝撃波弾を撃たれて妨害されている。このままではまずい。手数の多さでパレッドに押し切られそうだ。


 そこへ地面から土の触手が生えてきて、俺とパレッドの足を拘束した。もちろんナッカが錬成したものだ。


 「チョロチョロと往生際が悪いわね」


 ナッカが右腕の痛みをこらえながら援護をしてくれた。


 これによって俺とパレッドの動きが止まる。


 「ガーネット!今だ!」


 「任せて!しっかり耐えてよぉ!」


 ガーネットが巨大火炎を俺たち目掛けて撃ち落とした。


 「ぐわぁあああああああ!」


 「っう!」


 俺の目の前でパレッドが悲鳴を上げる。俺は火炎が飛んできた衝撃こそ受けたものの、”火炎耐性付与”のおかげで火炎自体の熱によるダメージはない。


 パレッドの大気圧変化への対策で内臓、体の内側の強化もできるようになったので、熱風の影響で体の中から焼かれるということもない。


 「だああああ!」


 次の瞬間、パレッドの掛け声と共に炎は上空に流れて一か所に凝縮されていった。ガーネットの技ではない。パレッドが重力魔法で凝縮したのだ。空気を固めて衝撃波弾を作るときの応用か。


 炎の中からは現れたパレッドは、すでに全身がかなり焼け焦げていた。だがそれでもまだ決定打には至っていない。斥力バリアが想定以上に粘ったか。


 「ハアハア…やるじゃねえか。まさかここまで俺を苦戦させるとはな。これは悔しいが、奥の手を使うしかなくなったな」


 パレッドが不穏なフレーズを出した。奥の手だと。グラビティコアが奥の手ではなかったのか。


 「え、ちょっと!」


 地上でナッカが困惑する声が聞こえた。どうやらナッカが立っている浮遊島が揺れているようだ。


 いや違う。今さら揺れ程度でナッカがあんなに動揺するはずがない。


 「フール!向こうの島が!」


 ガーネットが指したのは竜人族の居住区、リーメルやロズリッダが向かった浮遊島だ。それがゆっくりと下へ落ちていっている。


 「浮遊島の無重力を解除した。このままじゃ大勢死ぬ。どうする救世主?」


 パレッドが無表情に少しだけ口元を緩ませ、冷酷に告げた。追い詰められたパレッドは大胆な一手を打ってきたようだ。


 「お前の力なら島の落下を止められるかもしれんが、そんな隙を見せたら俺が殺す。もちろん、仲間や竜人を見殺しにして俺と戦うってんならそれでもいいが」


 「この野郎…」


 先ほどまでこちらが優勢だったのに、この一手で一気に後手に回ってしまった。


 パレッドを倒したら島の浮遊が解けて落下するというのは予想していた。その場合俺の力なら一部の島はなんとか守れるかもと高をくくっていた。


 それに気を取られて、パレッドが戦闘中に浮遊を解くのは予想していなかった。わざわざ20年も維持していた自分の拠点を簡単に捨てるわけがないと思っていた。


 その甘い見通しが今になって俺の首を絞めてくる。

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