第92話 パレッドの本気
パレッドは殴られた箇所を右手で抑えながら、フワッと後ろに後退した。
俺が過去に戦った盗賊ドドガは錬金魔法で自分の体を金属に変えて身を守っていたが、パレッドは重力魔法で何やら空気の抵抗力のようなバリアが張って身を守っているようだ。
だが俺の強化した攻撃は、その抵抗力を押し切ってパレッドの腹に到達した。
「いいのが入っただろ」
「こ、この野郎ぉ!調子にのりやがって!」
決定打には至らないがそれなりのダメージにはなったようで、先ほどまで余裕がパレッドから消え失せる。格下だと見下していた相手に一撃入れられたのが気に食わなかったなかったのだろう。
パレッドを中心に外側方向に変わっていた重力も元に戻り、ナッカは地面にベタンと落ちて、ガーネットは空中でバランスを崩してワタワタしている。
俺はここで一気に畳みかけることにした。
先ほどまでの横向きの重力変化のせいでリベリオンは射程の外の、小島の淵の方まで移動してしまったので引き続き素手での攻撃だ。
だがその試みは目の前に生えてきた土壁によって阻止されてしまった。ナッカが錬成した壁だろうが、どういうつもりだ。
「フール!上よ!」
ナッカの警告が聞こえるのと同時に俺の体が上に引っ張られだした。引っ張られる先に視線を移すと、その先には何やらこぶし大の黒い塊が浮がんでいた。
「グラビティコア…」
パレッドがそう呟くと、黒点が俺を吸い込む力が数段増した。パレッドの重力魔法による攻撃だったか。
俺の足が地面から離れる。常人ではここでなすすべがなくなるだろうが、俺はこの吸い込む力に”ベクトル付与”で抗う。
黒点には戦闘で生じた瓦礫も吸い寄せられている。それが黒点に触れた瞬間、押しつぶされて粉々にされて跡形もなくなった。パレッドはまだこんな攻撃特化の技を隠し持っていたのか。
「とんでもない攻撃をだしやがったな…」
ブラックホールみたいな技だろうか。そういえば初戦で俺が放ったリベリオンの炎を奴は手のひら一つで無効化していた。それがこの技だったわけか。
「達成感がなくなるから、こういうチートすぎるのはあんま攻撃で使いたくないんだけどな。お前たちの頑張りに敬意を表して使うことにした。手を抜くのは失礼だろ」
できれば俺たちに倒されるまでずっと手を抜いててほしかったな。
ここでパレッドの体が一瞬フワッと浮かび、黒点の引力がさらに強まった。
これにより空中で待機していたガーネットにまで効果範囲が及んでしまった。ガーネットが「うわぁー!」と悲鳴を上げながら黒点目掛けて落っこちてくる。火球を連発して放ってどうにかしようとしているようだが、その全てはパレッドの元に辿り着く前に黒点に吸われて消えてしまう。
「まずは赤髪の女か…」
このままではガーネットが粉々になってしまう。
「そうはさせるかよ」
俺は”座標付与”でガーネットの元に飛んだ。そしてガーネットに触れて再度”座標付与”で一緒に飛ぶ。こうして俺たちは壁の後ろで身を守っていたナッカの元まで避難することに成功した。
「うう…死ぬかと思った。ありがとうフール」
「今の攻撃は危なかったわね。パレッド自身はあの攻撃の影響を受けないのかしら」
”座標付与”の練習をしてきておいて正解だった。これがなかったらあのグラビティコアで俺もガーネットもピンチだったな。
もっともナッカは地面から土の腕を生やしてガーネットを受け止めようとしていたようなので、”座標付与”がなくてもどうにかなったかもしれないが。
「まだ油断はできないぞ」
俺は安堵する二人に声を掛ける。
パレッドがグラビティコアは解除して、こちらに向かって飛行してきた。ナッカが操る石の腕による攻撃を回避、ないし叩き割りながらだ。
グラビティコアは発動した位置から移動させられないのか、長時間維持できないから解除したのか。俺はグラビティコアについての考察をする。
奴はこの攻撃は強すぎて戦闘に面白味がなくなるため使うのを控えていると言っていた。だがもしかしたら実際は、扱いが難しいほど強力だから、できれば使いたくなかったというのもあるのかもしれない。扱い方を間違えたら自分にも被害が及ぶとか。
グラビティコアの引力を強めた時にパレッドの体が少し浮いたことからも、奴にも影響のある技だとは思うのだが。もしかしたらグラビティコアを利用してパレッドを倒すこともできるかもしれない。
「ともかく俺が前線で戦うから、2人はあのグラビティコアに注意しながら援護して」
二人は「了解」と言いながら俺から距離を取る。ガーネットは先ほどよりも高度を上げて経過しているようだ。
「そんな逃げ回らずに、全員でかかって来いよ」
パレッドが笑いながらそういうと、今度は俺たちはパレッドの向かって落下を始めた。先ほどパレッドを中心に外側に落っこちていったのとは逆で、今度はパレッドが中心になるように重力が発生しているようだ。
これはグラビティコアのように攻撃力が高い技ではないためか広範囲にまで、高度を上げたガーネットにまで影響が及んだ。
まず一番パレッドの近くにいた俺がパレッドの元へ接近した。そしてその勢いのまま、パレッドは俺の腹に蹴りを入れる。
「ぐはっ!」
俺は体を魔法で強化しているというのに、とてつもなく重いダメージだ。俺が纏っていた薄いゴーレムスーツが粉々に砕ける。
そして俺は上空に吹き飛ばされて迫りくるガーネットとぶつかった。それでも勢いが収まらずに2人してそのまま上方向に吹っ飛んでいく。
パレッドは俺たちに向かって圧縮衝撃波を放とうとしている。
そこへ先ほどまでの2メートルサイズのゴーレムスーツから、10メートル越えの巨大ゴーレムスーツに乗り換えたナッカが妨害に入った。俺とガーネットをかばってくれるようだ。あの分厚い装甲なら衝撃波を耐えきれるだろう。
だがパレッドは衝撃波をナッカに向けて放たなかった。その代わりに別の技を発動する。巨大ゴーレムスーツで的を広げたうえで、パレッドの接近したナッカにこれを避ける手段はなかった。
「グラビティコア」
ナッカとパレッドの横に再び黒点が現れる。やはりパレッドの体にもグラビティコアの影響があるようだが、細かな重力変化をしているのか吸い込まれずに堪えている。
だがナッカはそうはいかない。ゴーレムスーツの足を変形させて地面と一体化して耐えようとしたのもむなしく、黒点に引きずりこまれていく。
次の瞬間ゴーレムスーツの半身が粉々になっていった。
「いやああああ!」
「ナッカ!」
俺は再び”座標付与”を使い、今度はナッカの元へ飛んだ。そしてすぐに黒点の攻撃範囲から救出する。
「大丈夫か。…っ!」
ゴーレムスーツが解除しされm中から出てきたナッカには右腕の肘から下がなかった。ゴーレムスーツの半身ごとグラビティコアで粉々になってしまったようだ。
「ごめん。俺の援護が遅れてばかりに」
「気にしないで。腕だけで済んで幸運だったわ」
ナッカは歯を食いしばって痛みをこらえながら、無傷の左手で右肩を抑えると、錬金魔法を発動した。すると傷口がみるみるうちに塞がっていく。錬金魔法は人体の形状も変えれるのか。しかし腕を生やすまではできない。
ナッカは地面の石から簡易的な義手を製作すると、それを腕に装着した。錬金魔法で適宜変形させて手の機能を再現するつもりなのだろう。
「錬金魔法があって助かったわ。でもこのダメージでさっきまでより動きは悪くなるから、期待しないでね」
自分で応急処置を済ませたナッカだが、その顔色は非常に悪い。片腕が消し飛んだのだから当たり前だ。
「無理しなくていいから。あとは俺に任せて」
ナッカの犠牲や、パレッドが何度も手の内を見せたこともあり、俺はあのグラビティコアを攻略する新たな付与を編み出した。
俺は未だに付与の射程200メートルの外に落ちているリベリオンを、その新たな付与で手元に手繰り寄せ、こちらの様子を余裕気に伺うパレッドと相対した。
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