第87話 一ノ瀬との戦い① sideガーネット

 フールたちと別れた後、このガーネット、ガウ、ロズリッダのグループは川を渡って一ノ瀬を追いかけていた。川岸に停泊していた船にガーネットとガウが乗り、それをロズリッダが人魚の姿に戻って後ろから押して移動している。ナッカの作ったパドル付きの船を上回る速さだ。


 「こんなに重いのを押してるのに速いねぇ!」


 「日ごろから鍛えてたからな。急いでイチノセってのに追いつくぞ」


 こうして一行は5分ほどで目的の小島まで目前というとこまで来た。本島の向こう側ということでそれなりに遠かったが、ロズリッダがしばしば水魔法で近道を作って通り、さらには川の流れを利用できたということもあって、これだけの短時間で移動することができたのだ。


 このときガウが吠えた。


 「どうしたんだ。さっきまで大人しかったのに急に吠えて」


 「ご主人の匂いが近づいているんだって」


 ガーネットはガウの意志を読み取った。ガウの主人はフールの友人のアオイという女性だ。つまりアオイの匂いが近づいているということは、それを誘拐したイチノセが迫ってきているということだ。


 「あいつだな」


 ロズリッダが目的の島に人影を見つけた。金髪の男性で、傍には黒髪の女性を連れている。あれがイチノセで間違いないと二人は確信した。


 ここまでは予定通り。予定外なのはイチノセの周囲に数十人の神聖騎士団と竜人がいることか。争っている様子はないようで、全員がこちらの接近に気づいて視線を向けている。


 神聖騎士団が集団で攻撃魔法の用意をしだし、淡い光に包まれた。どうやらガーネットたちをすでに敵と認識しているようだ。

 

 「まずいよ!なんか攻撃しようとしてない!?」


 ここでロズリッダがいち早く判断をした。


 「先手必勝だ!掴まってろよ!」


 ロズリッダが川を龍のように操り船ごと島まで飛んでいった。神聖騎士団の半数がこれに押しつぶされて戦闘不能になった。


 「豪快な挨拶だね。これが異世界人の常識なのかな」


 「てめえらが先に手を出そうとしたんだろうが」


 両陣営ともまだ相手の出方を伺っている。


 ここでガーネットは気づいた。イチノセの隣に立つアオイから自我が奪われ、物言わぬ人形のようになってしまっていることに。魔眼の力で操られているのだろう。港町ウエストタウンの住民から自我を奪って自爆特攻人間に変えたのと同じように。


 ガウも主人の変化に気づいたのか、クゥーンと悲しそうな声を上げている。しかしアオイからの返答はない。


 「君たちが紛争地帯にいるときから千里眼で見させてもらっていたよ。まさか古谷があそこまでの力を手に入れた上に、仲間を連れてこんなとこまで追ってくるとは想定外だった」


 「そのわりには焦ってねえな。急いで国に逃げかえればいいのに、こんなとこに突っ立ってやがって。観念して捕まる気になったのか」


 ロズリッダの問いと同じ疑問をガーネットも抱いた。まるでわざとここで誰かを待っているかのようだった。この予想はあたっていた。


 「まさか。僕は捕まるためじゃなくて、捕まえるためにここで待っていたんだ。太陽の巫女。君をね」

 

 「え、私!?」


 イチノセの視線がガーネットに向くのと同時に、竜人族が襲い掛かってきた。どうやら彼らも操られているようだ。ざっと50人くらいはいる。地上で傭兵をしているものを連れてきたのではなく、大半はこの空島に来てから兵士として調達したのだろう。


 竜人族たちの一部はウエストタウンにいたのと同じように自爆の魔法を唱えている。それを他のものが援護しながらガーネットたちに突っ込ませる戦略のようだ。


 ガウはこの場から離れさせて、また攻撃魔法の準備を始めた神聖騎士団の相手をしてもらう。


 「太陽の権能の持ち主がこの人形たちの爆炎如きではくたばらないだろう。ある程度弱らせてから操らせてもらうよ。君を連れて帰れば帝国での地位もさらに向上するだろう」


 フールがオークションで捕らえた盗賊から聞いた話によると、イチノセはアオイの誘拐の他に太陽の巫女の確保の目的もあったらしい。タイミングが悪くて諦めたのかと思っていたが、どうやらまだチャンスを狙っていたようだ。


 「気を付けてロズリッダ。こいつらが唱えてるの自爆の魔法だから」


 「マジかよ。じゃあどうせ死ぬんなら、悪いけどこいつらは俺たちの手で殺させてもらうぞ」


 ロズリッダの判断は早い。ガーネットが竜人を傷つけるべきでないか迷っている間に、合理的に倒してしまう判断をした。たしかにどうせ爆破して死んでしまうなら、その前に殺した方がこちらの被害は抑えることができる。


 任務のため、そして自分の命の安全のためにも、竜人族には悪いが犠牲になってもらおう。


 自爆魔法を唱えながら突っ込んできた竜人の心臓にロズリッダの槍が刺さる。


 「すまねえな…何っ!?」


 驚くべきことに、心臓を槍で刺されても竜人は止まらず突き進み、そのままロズリッダの目の前で自爆魔法を発動した。爆風がガーネットの元まで届き、そのすさまじい威力を肌で感じ取った。


 「ロズリッダ!」


 「大丈夫だ。なんとかな」


 ロズリッダは水のドームで体を覆い、爆風を和らげることに成功していた。所々火傷があるが致命傷ではない。


 「油断したな。このタフネスもあいつの魔眼の力か」


 「よく耐えたね。残念ながらこの頑丈さは僕の力じゃなくて竜人本来の特性さ。頭を潰すまでは油断できないよ」


 心臓を突き刺しても戦い続けるというなら、やはり殺す以外の対処法はなさそうだ。


 しかしこの頑丈さ以外は厄介ではない。爆発も近距離でないと効果を発揮しないし、操られているだけだから動きも単調だ。竜人を掻い潜ってイチノセを制圧することもできるだろう。ガーネットはそう考えた。


 「ガーネット。お前の炎で竜人を引き付けてくれ。俺がイチノセをやる」


 ロズリッダも同じ考えに至ったようだ。この作戦への期待が高まる。


 だがここでイチノセがさらなる手札を切ってきた。


 「操っている本体の僕を狙おうと考えているね。悪いけどお見通しだよ」


 これも魔眼の力なのか考えを読まれてしまった。そしてイチノセは服の内ポケットから丸められた4枚の紙を取り出した。


 広げるとどれもイチノセの胴の丈くらいのサイズがあり、そこにはなにやら魔法陣が描かれている。イチノセが魔力を込めることでその魔法陣が激しく光った。


 「召喚!リビングアーマー!リビングスター!」


 光の中から剣と盾を持った背丈5メートルほどの鎧騎士が3体と、通常のものより一回り大きいモーニングスターが現れた。


 「召喚魔法か…!」


 「さあ太陽の巫女。一緒に帝国に来てもらうよ」

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