第85話 戦線離脱
急降下による気圧の変化でさらに体内に異常が起きる。内臓が押しつぶされ吐き気がし、頭痛も先ほどよりさらにひどくなる。意識が飛びそうだ。
せめて落下ダメージをなくすために”弾性付与”だけでもかけてなくては。
俺は最後の力を振り絞って自分の体に付与魔法を施すと、意識を失ってそのまま地上に墜落した。
どれくらいの間意識を失っていたのかは分からない。目が覚めると目の前にサフランがいた。どうやら俺は紛争地帯に落ちて、サフランが回収して回復魔法をかけてくれていたようだ。
ここは紛争地帯に用意した、ナッカが錬金魔法で土から錬成した天幕らしいな。負傷者が運び込まれる場所なのだろうが、今は俺以外の負傷者はいない。ゴーレムスーツの防御力とサフランの回復魔法でここに留まるほどの怪我人は出ていないのだろう。頼もしいことだ。
「あ、目が覚めたようですね」
「治療ありがとう。俺はどれくらい寝てた?」
「フール様が戦場に落ちてからかれこれ5分くらいですかね。戦場の真ん中に落ちたフール様をアザレアたちが回収してこの天幕まで運んでくれたんです」
「5分か…」
俺は5分間も意識を失っていたのか。平常時ならたったの5分と思うところだが、今はパレッドを自由に動かせてしまっている5分だ。空島で誰かが犠牲になっていてもおかしくはない。メアやターニャさんが心配だ。
「フール様がこんなことになるなんて、空島で一体何があったんですか。内臓もボロボロでしたし」
俺はサフランに空島でのことを掻い摘んで説明した。聖教の幹部パレッドが空島の支配者だったこと、そのパレッドが重力魔法に関する覚醒者だったこと、そしてそのパレッドに俺が破れたこと。
「聖教がそんなことを…」
サフランは聖教の悪事に驚いた様子だ。地上では悪い評判がない宗教なのだろうか。
ともかく回復が終わったなら休んではいられない。俺はまた空に戻るために、地面に敷かれた布から起き上がった。
「それじゃあ俺はまた空に戻るから。地上は任せたよ」
「今度は何か策はあるんですか」
「一応ある。付与魔法を上手く使えば、パレッドの重力魔法相手でもなんとかなると思う」
まずは酸素の確保。これができないと生命活動ができなくなる死活問題だ。
俺は大気中の魔力をかき集める”魔力付与”の応用で、大気中から酸素をかき集めて呼吸を整える。呼吸自体が難しくなっても最悪皮膚から酸素を付与してしまえばいい。
よし、これなら空で酸素が薄くなっても対応できそうだな。
次に大気圧による体内の不調の問題。内臓や血管にかかる圧力が急激に変化してさっきは様々な異常をきたした。そこで俺は体の内側を付与で強化することにした。”身体能力強化”で筋肉や骨を強化していたのを、今回は内臓や血管の隅々まで魔力を行き渡らせる。これで圧力の変化に大きく左右されることはなくなるだろう。あとは”空壁”で自分の周囲を囲ってしまえば、気圧の影響自体を受けにくくできるかもしれない。
重力のせいで血の流れが悪くなる感覚もあったので、これは”ベクトル付与”で無理やり流してやればいいだろう。
これだけ準備していけば、先ほどのような遅れは取らないだろう。
だがサフランはそれでもまだ心配なようだ。
「パレッドの能力を直接見たわけではありませんが、今のままではフール様に勝ち目はないのではないですか。奴隷施設のときのような白い魔力もまだ使えないんですよね」
白い魔力とは人狩りグルフとの戦闘で使った限界を超えた”魔力付与”のことだ。パレッドが言っていた封印している俺の力というのもこれのことを指しているのだろう。
「それは使えないけど、これ以上俺の付与でできることが思いつかないし、パレッドの相手は俺がするしかないんだからしょうがないでしょ」
俺の発言にサフランはやれやれと首を横に振って答える。
「分かってないですね。一人で全て背負おうとするからダメなんです。我々部下の力も借りればいいじゃないですか」
サフランの言葉に俺はハッとした。自分で全て解決しようというというのが思い上がりだったか。
「まだドドガの隠れ家にあった石碑の解読は途中ですが、おそらくガーネットの炎の力もフール様と同じ権能によるものです。ナッカとガーネットの力を借りて3人の覚醒者で挑めば、熟練の覚醒者相手でもきっと勝てますよ」
薄々勘づいてはいたがやはりガーネットの力も権能なのか。
「そうか。俺は全部自分一人でやろうと視野が狭くなっていたかな」
パレッドは40年も覚醒者をやっていて俺と練度が桁違いだが、覚醒者3人の力を合わせればなんとかなるかもしれない。
今思えばパレッドが俺に奇襲をしかけたタイミングに違和感がある。言動からしてパレッドは戦闘を楽しむタイプのようだが、それならナッカやガーネットも一緒にいたときに攻めてこればもっとスリリングな戦闘が楽しめたはずだ。
あいつはメアの魔眼を通して状況を見守り、戦力が分散するのを待っていたのではないか。
俺はサフランの提案に勝機を見出した。
「あと下のこの紛争地帯に空島が落ちてくるかもしれないから、人の退避を頼みたいんだ。もう竜人族が反乱を企ててることはバレてるから、戦闘を長引かせるのは止めて」
「ではこのまま紛争地帯を一気に平定して内地へ移動させておきますね」
空島の大半は紛争地帯より北の海の遥か上空に位置している。だが俺たちが最初に上陸した浮遊石の発着場がある小島や、俺がパレッドの敗れた川は紛争地帯の上空にかかっている。それゆえに俺は先ほど戦場のど真ん中に落っこちた。
もしパレッドが島にかけた魔法を解除したら今度は俺でなく島が戦場に落ちてくるのだ。なのでサフランとアザレアにはこの被害をなくす働きをお願いする。サフランは状況を理解して快諾してくれた。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい、お気をつけて。地上は任せてください」
サフランは微笑んで俺を見送ると、再び戦場に駆けていった。
こうして俺は今度は自分の魔法で空島へと急上昇し、戦線へと戻っていった。今度こそパレッドに勝つ。
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