第67話 姑息な海賊王
これでアザレアは無限の魔力を失い、自爆の脅威もなくなった。治療しても問題ないだろう。
「これで王や宮廷魔術師の呪いも解けて、晴れて自由の身だな。その怪我は治すから、その代わり色々と国の話を聞かせてもらうよ」
俺はアザレアの怪我をしてない方の腕を引っ張って立たせる。
「構わない。助けられた命だし、生かすも殺すも好きにしてくれ。王にも忠義があったわけじゃないしな」
物騒なことを言うな。別に悪人ってわけじゃないだろうから、殺しまではしないつもりなんだけど。
しかし自爆の呪縛から助かったにしては、アザレアはまだ暗い表情をしている。生きることを諦めているような感じだ。まだ何か懸念していることがあるのだろうか。
「誰かを人質に取られてるとか?」
「…!?どうしてそれを」
アザレアが驚いた様子で目を見開いた。図星だったようだな。
「もしかして俺がアザレアを倒したせいで人質がどうにかなるのか。だとしたら俺は仇ってことになっちゃうんだけど」
「いや、それはまだなんとも。紛争地帯に隠れ住む私の一族を、私が命令を聞いている限りは守ってくれるという話だったから」
紛争地帯というとリーメルの出身地でもあるという場所だな。
アザレアが裏切るなり死ぬなりしても、ただ一族を守る約束がなくなるだけで、即座に始末されるというわけではないのか。
「まあそのことは追々考えよう。まずはこの戦いの後始末をしないと」
申し訳ないが今はアザレアのことよりも、リーメル達や葵のことを優先させてもらおう。
こうしてひとまず話を終えた俺たちは歩いて船へと戻った。こちらの戦いはすでに終結していて、オークションの参加客は氷の大地を渡って陸地まで逃げ、リーメルたちと戦った盗賊たちはその全員が殺されるか拘束されるかしている。拘束された盗賊の中には、この盗賊団のナンバー2の女の姿もあった。
俺たちはガーネットに出迎えられた。
「お疲れフール。メアたちが凄い戦いぶりだったよ。それでえっとこの人は…」
メアとその知り合いの2人の竜人族が大活躍だったようだ。半竜化したメアは山のように積み重なった盗賊の亡骸の上に立ち尽くしていた。あれは敵に回したくないものだ。
俺はガーネットにアザレアを紹介する。さっきぶつかったお爺さんが王様だったとかは言わないでおく。まだあのとき聞いた”太陽の巫女”に関することはトラウマだと思うから。
「捕虜のアザレアだ。貴重な情報源だからリーメルの魔法剣で回復したいんだけど」
しかし肝心のリーメルが見当たらない。あいつに限って負けたなんてことはないと思うが。
「リーメルなら船の中に残ってる人がいないか見にいってくれてるよ」
ガーネットがリーメルの行先を教えてくれた。逃げるオークション客の中に葵がいるかは一応戦闘中も気にかけていたが、おそらくあの中に彼女はいなかったと思う。
となると船の中に残っているか、騒ぎが起きる前から船を降りていたかか。そんなことを考えながら俺は船の方を見た。その時だった。
氷の大地に大きな亀裂が入り、海中から巨大な帆船が出てきた。年季が入っており至る所がボロボロで、海藻にまみれている。一言で形容するならゴーストシップのようだ。
これと同じ船を先ほどの戦闘中に海に潜ったときにも見かけた。
「これはルスキュールの…」
「いい戦いだったよフールくん」
俺が言いかけたところで、船の上から声がかけられた。ルスキュールだ。こいつまだこの近くに残っていたのか。
「勝負に勝ったのはお前だが、お宝は俺が貰っていくことにする。悪く思わないでくれ」
こいつ、漁夫の利狙いだったのか。それで途中で一時戦線離脱をしたと。
「させるかよ!」
俺はリベリオンを構えてルスキュールに特攻をしかけた。すると俺と奴の間に先ほどの巨大タコの脚が海中から伸びて割って入ってきた。
俺はその脚をリベリオンで両断する。想像以上に手ごたえがなかったが、そんなことよりルスキュールだ。次の一手はルスキュールに届くだろう。
だがルスキュールの船はすでに巨大タコの他の脚に巻き付けられており、凄まじい勢いで海中へ引きずり込まれていった。戻ってきたと思ったらまたすぐ消えて。あいつはわざわざ俺をおちょくるためにまた姿を出したのか。
いや違う。
「フール!あれ!」
ガーネットの叫びを受けて振り向くと、オークション船が巨大タコの4本の脚に巻き付かれていた。ルスキュールはタコがこれをするための時間稼ぎのために、わざわざ危険を冒して俺の注意を引いたのか。
次の瞬間にはルスキュールの帆船と同じように、オークション船も海の中に引きずり込まれていってしまった。
「しまった!リーメルが」
俺は慌てて海に飛び込み後を追う。この際宝はどうでもいいが、このままではリーメルが溺死してしまう。猫の獣人なんて泳ぎが得意とは思えないし。
船を抱えた巨大タコがものすごい速さで遠ざかっていく。追い付こうとするが水中での”ベクトル付与”は苦手な上に、ルスキュールの氷の妨害が飛んでくる。呼吸にも限界がある。これは無理かもしれない。
そのときだった。タコに掴まれたオークション船から2つの人影が出てきた。1人は青髪の獣人リーメルだ。そしてその彼女を抱えているのが金髪の人魚ロズリッダだった。
彼女が遠ざかる船からリーメルを助けてくれたようだ。
俺たちは再びガーネットたちがいる氷の上まで戻った。
「ケホッケホッ。よかった無事で」
「ありがとう人魚さん」
「ロズリッダだ。礼には及ばないぜ。奴隷の身から解放してくれたお前らへの恩を返しただけだからな」
人魚というだけあってロズリッダの遊泳速度と技術は凄まじいものだった。彼女がいなかったらリーメルがどうなっていたか分からない。
そのリーメルが俺に話しかけてくる。
「そういえば、船には誰も残ってなかった。全部屋確かめたけど、フールの友達の黒髪の人も見当たらなかったよ」
死にかけたところだというのにもう任務の報告をしてきた。すごい精神力だ。
「そうか。ならよかった」
宝こそ奪われてしまったが、奴隷は助けることができたし、なんとか仲間も生き延びることができた。
最低限の勝利でこの戦いは幕を閉じた。
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