第66話 無限の魔力

 アザレアの皮膚の表面が砕けた。これは氷か。体表を氷で覆うことで俺の攻撃を防ごうとしたのだろう。


 だが俺のリベリオンはその程度のバリアをものともせず、彼女の肩を斬りつけた。彼女の美しい銀髪が血で汚れる。致命傷には至らなかったが、戦闘不能になるだけのダメージにはなっただろう。


 「俺の勝ちだな」


 「そうだな…」


 俺は氷の大地に仰向けに倒れるアザレアに勝利を宣言した。まさか噂に聞いていた宮廷魔術師を倒せるとは、俺も強くなったもんだ。奴隷施設でその名を聞いたときは遠い存在だと思っていたが、俺も強くなったものだな。


 アザレアはその瞳に薄っすらと涙を浮かべている。死ぬのが怖いのだろうか。


 「その傷は俺の仲間の魔法剣で回復させてやる。だから”選ばれし者”や”覚醒者”について教えてくれないか」


 自分の能力のことを知ることがこれから戦いに活きるだろう。今回の戦いでも、この世界で生きるためには力が必要だと感じた。情報はできるだけ集めておきたい。


 アザレアは中央王国の内部のことも知っているだろうし、彼女は貴重な情報源になるだろう。ここで見殺しにするのは惜しい。

 

 だがアザレアからの返答は期待外れなものだった。


 「すまないが私は覚醒者について詳しい情報は与えられていない。お前が望む情報は話せないだろう」


 「与えられていないって、誰に」


 「この国の宮廷魔術師だ。私は彼女の無限の魔力を分け与えられた駒の一つにすぎない」


 「アザレアが駒の一つ…?」


 「少なくとも同じような駒がまだ2人はいるな」


 俺はこのアザレアの発言を聞いてめまいがした。


 無限の魔力を持つということは、それを他人に与えることもできるということか。理解はできる。無限なのだから与えても減らないのだから。


 だが信じたくないな。こんなに苦労してなんとか倒した相手がただの駒だったとは。宮廷魔術師を倒したというさっきまでの感動を返してほしい。


 サフランは大量の奴隷を抱える中央王国に喧嘩を売ろうとしていたが、それは避けた方がいいかもしれないな。少なくとも今はまだ戦力が足りなすぎる。俺と互角のアザレアみたいな兵が何人もいたら勝ち目がないぞ。


 「その情報を聞けただけでもありがたいよ。下手に中央王国に絡んで返り討ちになるところだったから。じゃあ他の話は後でいいや」


 アザレアが嘘をついているようには思えないし、おそらくこの話は本当なのだろう。”選ばれし者”の情報を聞き出せないと分かったので、もうリーメルにアザレアを回復してもらうことにする。


 だがリーメルの元へ向かおうと振り向いたところで、アザレアに呼び止められてしまった。


 「待て。まだ話がある。私は無限の魔力と同時に、王への絶対服従の呪いもかけられた。これによって私は王の命令に逆らえなくなった」


 「そんな呪いが。まあ無限の魔力なんかを信用のない奴に渡したら何をしでかすか分からないからな。それでそれがどうしたの」


 「私は王から与えられたこの船での任務に失敗した」


 ここまで言ったところでアザレアの魔力が突然爆発的に膨れ上がり、体がまばゆく発光しだした。


 「これは!?」


 「無限の魔力の暴走だ。先ほど王は去り際に、任務に失敗するようなら命と引き換えに自爆するようにと命令されていかれた。お前はすぐに仲間とこの場から離れろ」


 「自爆…」


 自分の護衛をしていた兵にこんなおぞましい命令をするとは、性根の腐った王だな。どうにかこの自爆を抑えることはできないだろうか。


 「俺がなんとかしてみるよ。”封印付与”ってのもあるんだ」


 これは対象に錠をかけるイメージの魔法だ。滅多に使う機会がないので今の今まで忘れていたが。


 アザレアの魔力を内部に押し込むイメージで魔法を発動する。だが”封印付与”をしてもすぐに解除されてしまう。無限の魔力が膨れ上がる力が強すぎるのだ。半永久的に強くなる魔力を完全に抑えつけることはできない。


 「無理だ諦めろ。早く逃げないとお前まで吹き飛ぶぞ」


 「そうだ”分離”ならいけるんじゃないか」


 ガーネットのバカでかい炎の魔力も分離することができたのだ、この無限の魔力も分離できるかもしれない。俺はリベリオンを地面に放ると、アザレアの胸に手を置いて魔法を発動した。焦って変なところを触ってしまったが、そんなことを気にして一々リアクションしている場合じゃないだろう。


 ”分離”は成功した。付与とその応用の分離に関しては、宮廷魔術師より俺の方が上手だったのだろう。


 俺は手元に煌々と輝く魔力の塊を取り出した。アザレアの体の発光が収まる。


 問題は俺の手の上に浮かぶ魔力の塊が依然膨らみ続けているということだ。”分離”をしてもなお自爆するつもりらしい。これは俺が爆発するのか。冗談じゃないぞ。


 「魔力を切り離したのか。なんかすごいことをやっているようだが、それでその魔力の塊はどうするつもりだ」


 「どうしようか」


 投げてどうにかなるか。だが手元を離れて制御が効かなくなった瞬間にいきなり爆発することも考えられる。あまりにリスキーだ。深く考えずに行動しないほうがよかったかな。”分離”したら自爆も止まると思ったんだけど。


 「そうだ」


 俺は近くに放置していたリベリオンを引き寄せ、無限の魔力をそこへ付与した。ガーネットの炎の魔力を込めたときと同じ要領だ。


 リベリオンが輝きだした。耐えてくれよ。


 しばらくするとリベリオンの光が止んだ。無限の魔力を吸収することに成功したのだ。


 内部では魔力が膨張し続けているだろうから、無理のない範囲で魔力を垂れ流すようにする。これですぐに破裂するなんてこともないだろう。


 「無限の魔力を処理したのか?そんなことが」


 「なんたって俺も”選ばれし者”ですから」


 こうして俺のリベリオンはさらなる魔力を得て強化された。

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