第64話 2人の氷使い
アザレアがナイフのような氷の弾丸を無差別に飛ばしてきた。まるで殺傷力の高い吹雪のようだ。
俺は”空壁”でそれらを受け流すが、一向に弾丸が止む気配はない。彼は無限の魔力を持っているのだから当然か。
付け入る隙があるとしたら、彼が魔法の発動のために詠唱を必要としていることだろうか。
ルスキュールは自分の氷でアザレアの攻撃を相殺しながら、アザレアに向かって突き進んでいく。この弾幕を派手に相殺してもなお奴の刀に込められた魔力は尽きないようだ。
できることなら今すぐにこの戦いから離脱したい。俺は別にこいつらほど船の財宝に執着がないし、奴隷を助けるという最低限の任務はすでに達成したからだ。船まで逃げて仲間と奴隷を回収して陸まで逃げたい。
だが葵の行方が分からない以上、船を諦めてこいつらに渡すわけにはいかない。楠木さんがいたのだから葵もこの船には来たはずだ。となるともしかしたらまだこの船に乗っているかもしれないのだ。
一ノ瀬に捕まっている可能性もある。その場合は俺が船に駆けつけて大声で呼びかけても返事ができないかもしれない。葵を探そうとモタモタしていたらこの2人も船に来てさらに混沌な戦場になるかもしれない。
今船ではリーメル達が奴隷を守りながら盗賊や海賊と戦ってくれている。
それなら今俺がすべきことはここでこいつらを倒すこと。そしてその後にリーメル達が制圧した船に戻り、ゆっくりと葵を探す。これがベストか。
ここまで考えた俺は攻めに転じることにした。飛来する氷の弾丸から身を守りつつ状況を整理していたこの間に、”位置付与”の準備をしておいたのだ。俺はこれでアザレアの背後に飛んだ。
「なにっ!?」
突然俺の姿が消えて動揺するアザレアの背中に、膝蹴りを叩きこんだ。
「ぐはっ!」
アザレアは前方に吹き飛び、氷魔法の威力が弱まった。ルスキュールの接近の勢いが増す。
俺は地面から錬成した氷の刃でアザレアに追撃を加えようとする。しかしここで俺の思考が一瞬停止した。
俺の方へ振り向いたアザレアからは仮面が外れていた。蹴られた衝撃で外れたのだろう。
問題はその顔が想定外だったこと。彼、いや彼女は女性だったのだ。
この衝撃で一瞬攻撃を躊躇ってしまい、その隙にアザレアが抜刀した刀で斬りかかられてしまった。俺は後ろに跳んでこれを回避するが、腕にかすってしまった。
「なんだフール。女は傷つけられないってか。とんだ甘ちゃんだな」
ルスキュールが俺をあざ笑いながら、アザレアに斬りかかった。こいつは女相手でも容赦ないようだ。
「戦場で男だ女だなどと。実にくだらんな」
アザレアはルスキュールの剣を受け止めた。魔法だけでなく剣も使えるのか。
ここでアザレアを倒せなければ、仲間や葵が危険にさらされる。俺は気持ちの整理をすると、意を決してアザレアに攻撃をした。
氷の大地から錬成した無数の氷の槍が剣戟を繰り広げるアザレアとルスキュールに襲い掛かる。だがこれはルスキュールの氷で防がれてしまった。
この隙にアザレアは風の魔法を爆発させてルスキュールから距離を取った。詠唱していないのを見るに、風魔法は彼女の魔法剣に込められていたものだろう。
そして再び詠唱をして、今度は巨大な氷の塊の魔法で攻撃してきた。小さな氷山のような魔法で、殺傷力はさることながら、触れたら自分の手足まで氷結させられてしまいそうだ。それを連発してくる。
俺はこの氷を”空壁”で受け止めて直撃は避けれるが、周囲を氷で閉じ込められてしまい脱出に時を要する。その間に次の氷の攻撃が飛んできて、ガードが間に合わずに傷が増えていく。これの繰り返しでじり貧だ。
ルスキュールはこの規模のアザレアの氷でもうまく相殺して立ち回っている。なんなら俺への氷でのけん制も欠かしていない。
この2人の氷使いの戦いに俺だけワンテンポ遅れている。せめて炎使いが相手だったら”火炎耐性付与”で有利に戦えたんだが…
「そうだ炎を使えばいいのか」
俺たち3人の戦場の中心は徐々に動いていて、俺はいつの間にか船のすぐ近くまで来ていた。オークションの客なんかは船から降りて氷の地面を走って陸地へ逃げ始めているようだ。その中に葵の姿は見えないが。
俺は氷から脱出すると、次の氷が飛んでくる前に船に向かって叫んだ。
「ガーネット!炎を」
ガーネットの炎があればこの氷相手にも有利に戦えるとおう思惑だ。だが返事の内容は残念なものだった。
「ごめんフール。もう炎を出すだけの魔力が残ってないよ!」
マジか。頼みの綱だったんだけど。
再び襲い掛かる氷を回避しながら、次の手を考える。ガーネットは燃費のいい”弾性付与”で立ち回っているようで、どうやら炎の援護は期待できない。炎さえあれば氷に対抗できると思ったんだが。もう手はないか。
そうだあれなら。
俺は再び両者の氷を受けて氷漬けにされると、今度は下に穴をあけて海中へと脱出した。海中ではロズリッダが海に落ちた奴隷の救出をしていた。遠くには海中に沈むボロイ帆船が見えるが、あれがおそらくルスキュールの海賊船だろう。不思議な船に乗っているもんだな。
いかん、そんなことを気にしている場合じゃない。
俺は”ベクトル付与”で海中を移動し、さきほどの商品保管部屋まで戻ってきた。目当てはオークションの商品でも氷漬けになった盗賊や海賊でもない。さっき楠木さんをマジックポーチに入れるときに取り出した竜魔鉱石だ。
俺は”形状付与”で氷の中を進んで、竜魔鉱石を回収した。
この石の中にはガーネットの炎の魔法が入っている。この炎を使えば氷使い2人相手に苦戦することがなくなるはずだ。
俺は再び海中から、アザレアとルスキュールの戦場の下に戻ると、竜魔鉱石に込められた炎の一部を解放する。
炎の柱となって上昇し、氷の大地を溶かして空まで飛んでいった。俺は自分に”火炎耐性付与”をかけると、この炎の柱を通って戦場に戻る。
「なんて威力の炎だ」
「あいつ、炎を纏って…」
2人は攻撃の手を止めて炎から身を守っている。
俺は”ベクトル付与”をかけて自分の周囲に渦巻かせた。炎の竜巻に守ってもらっている形だ。これなら氷相手に優位に立ち回れるだろう。
「さあ。ここからは俺のターンだ」
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