第62話 vs.海賊ルスキュール

 ロズリッダが助太刀に入ってくれたのはありがたい。俺は先ほど喰らった飛ぶ斬撃で両腕を負傷してしまった。俺は付与魔法を腕や手を起点にして発動することが多いので、これは大きな戦力ダウンだったのだ。


 足で魔法を発動する練習をもっとしとくんだったな。それと回復の付与魔法を発明しておくんだった。今の俺の”自己治癒力強化”ではこの両腕の傷を完治させることはできない。


 「その腕じゃ戦えねえか。治す手段は?」


 「俺の仲間が持ってる」


 この口ぶりからしてロズリッダは回復魔法は使えないのだろう。だとするとリーメルが持つ回復魔法が込められた魔法剣が頼みだ。


 だがそうやすやすと回復させてくれるほど、ルスキュールは甘くない。


 「回復まで待つと思うか!ドドガへの手向けだ。フール、貴様にはさらなる恐怖を与えて殺してやる」


 ルスキュールが剣を構え直した。この場の空気が凍るような錯覚を覚えた。いや、錯覚ではない。


 「神器解放」


 ルスキュールがそう呟くと、周囲が急激にさらなる冷気で満たされた。この冷気の発生源はどうやらルスキュールが持つ剣のようだ。ドライアイスのように白い霧を吐き出している。


 「こいつは神器雪摘。大昔に統一王と呼ばれた錬金魔法の使い手が作った特殊な剣だ。その威力、とくと味わえ!」


 嬉々としてルスキュールが剣を振るうとその軌道上の海水が一瞬にして氷柱の山と化していく。俺とロズリッダはなりふり構わず回避した。


 「なんて威力だ。あんな威力の魔法剣は見たことないぜ」


 「神器って言ってたな。魔法剣とは違うのか」


 おそらく先ほど船の壁を貫いたの氷柱もこの剣によるものだったのだろう。だがこれだけ大技を撃ってもルスキュールの剣が冷気を収める素振りはない。もしや魔法剣のような使用回数の制限がないのだろうか。


 ルスキュールは氷柱でさらに追撃を加えてくる。奴に簡単に凍らされる海水に浸かったままでいるのは不利なので、俺は浮遊して戦うことにした。ロズリッダは水魔法で自分の周囲は守れているようなのでまだ手助けはいらないだろう。


 「おい空を飛ぶんじゃねえよ!しらけるだろ。早く俺の剣のさびになれ」


 「嫌に決まってんだろ」


 俺とルスキュールが軽口を叩いていると、周囲の海水が渦を巻きだしはじめた。ロズリッダの魔法のようだ。


 「フール。飛び込め!」


 ロズリッダが俺の目を見て叫んだ。どういうつもりかは分からないが、今は彼女を信じてみよう。


 「血迷ったかぁ!」


 ルスキュールが海水を渦ごと凍らせようとしてくるが、それよりロズリッダの動きの方が早かった。彼女は渦の勢いを利用して俺をリーメルの元まで飛ばしたのだ。


 俺はゾンビ兵から奴隷を守るリーメルの元へ着地した。


 「あ、フール。っ!ひどい傷…すぐに回復を」


 リーメルは俺の腕を見るや否や持っていた魔法剣の回復魔法を使用してくれた。完治するまでの間に話を聞く。


 「戦況は?」


 「海賊の相手はガーネットの炎でなんとかなってるんだけど。向かうから盗賊たちも来ちゃって」


 扉の方から騒ぎを聞きつけた盗賊たちも入ってきてゾンビ兵と乱戦を始めている。もうぐちゃぐちゃだ。


 「ともかく奴隷に被害が出る前に脱出しないとな」


 リーメル、ガーネット、メア、メアの知り合いがゾンビ兵との前線を保ち、その後方で奴隷たちは一塊になって震えながら戦況を見守っていた。俺は治った腕で球状の”空壁”を作り、それで彼らを包んだ。そして天井に向かって飛んだ。


 「うわー!」


 「なんだこれは!」

 

 奴隷たちが戸惑っているようだが構っている暇はない。この空壁で船の天井を突き破り続けて彼らを船の甲板の片隅まで逃がした。このままではあの部屋は海に沈んでいたからな。


 「なんだあれは!」


 「あれが襲撃者か。商品の奴隷を連れてるぞ」


 「増援を呼んで来い!捕らえるぞ!」


 だが船の上にも盗賊がいた。盗賊の船だから当たり前か。さらにわらわらと増援まで来た。


 「お待たせフール!」


 そこにガーネットが俺が開けた穴から飛んで追いついてきた。リーメル達もフロアを跳躍しながら、その後に続いているようだ。


 「ここで奴隷を守ってあげて。俺はまた下に行くから」


 「任せてよ」


 ガーネットに奴隷を託すと俺は再び先ほどの部屋まで降りる。ロズリッダを助けるためだ。


 「ごめん待たせた。俺たちも退避しよう」


 「遅えぞ。もう限界だ」


 急いで戻ったのだが、一人でルスキュールの相手をしていたロズリッダは体中に傷を負っていた。どれも致命傷でないのが幸いだ。


 「なんだ逃げるのか。この宝を盗りにきたんじゃねえのか」


 ドドガの宝も魅力的だが奴隷の命が最優先だ。この宝は盗賊と海賊で奪い合えばいい。


 ルスキュールが再び海水を凍らせて攻撃してきたが、俺は形状付与でそれらを逸らした。腕を怪我しなければもっと早い段階でこれができていたのだが。


 俺はロズリッダを抱えて上に戻ろうとする。


 「おい、変なとこ触るなよ」


 「触らないって…」


 次の瞬間、氷柱が刺さり海賊が入ってきた船の壁が大爆発を起こした。俺はとっさに”空壁”でガードする。


 「なんだこれは!」

 

 ルスキュールにはこんな攻撃手段もあったのか。いや違う。奴もこの攻撃から氷で自分の身を守っている。部屋の遠くで争っていた盗賊やゾンビ兵にも被害が出ている。


 だとすると誰の攻撃だ。俺たち革命軍、ドドガ盗賊団、ルスキュール海賊団のどの陣営でもない第4勢力の仕業か。


 爆発で壊れた大きく破損した壁からさっきまでよりも大量の海水が入ってくる。そう危惧したのもつかの間。船が大きく揺れ出し、宙に浮かびだした。


 先ほどまで海中にあったこの部屋が水上に出たのか、部屋中の海水が流れ出ていく。


 「なんだこの船。浮いてんのか?」


 「さっきから一体何が起きてるんだ」


 ロズリッダも俺も驚きを隠せない。

 とんでもない魔法使いが他にいるのは明らかだ。


 浮かぶ船の壊れた壁から俺は外を見た。そこには2人の人間が宙に浮かんでいた。


 さきほどガーネットとぶつかったおじいさんとその従者の青年だった。

 

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