第61話 海賊の襲撃

 ものすごい数の海賊たちが船外から流れこんできている。100人はいるのではないか。


 さらに問題なのは流れ込んでくる大量の海水だ。この部屋は海中に位置しているのに、この海賊たちは穴を開けて侵入してきたのだ。このまま放置していたらこの部屋は海水で満たされ、船は沈むだろう。


 「ここにあるものありったけ奪っていけ!奴隷も宝物も全部だ」


 海賊の一人が仲間に向けて叫んだ。

 やはり海賊の狙いはこのオークションに出される商品だったようだ。奴隷を守らなければならない。


 「人魚がいるぞ!その横の奴らごと捕らえろ!」


 数人の海賊が俺たち狙ってきたので、俺は天井を無数の針のように変形させて迎撃する。ドドガが存命のときにやっていたという防衛方法だな。


 海賊たちはなすすべもなく四肢がちぎれ、頭を貫かれた。兵の質はそこまで高くないようだな。


 と思ったのもつかの間。俺に攻撃された海賊たちはなおも怯むことなく前進を続けた。頭を貫かれた者までもだ。


 「なに!」


 この海賊たちは不死身なのだろうか。俺は次なる一手を出そうと構える。


 次の瞬間。後方から飛来した炎が敵を焼いた。ガーネットの魔法だ。こいつらは炎で消し炭になったところから再生するような能力はもっていないようだな。ゾンビのようなものだろうか。


 「なんなのこいつらは」


 「分からないけど炎には弱いみたいだな。ガーネットはリーメルと合流してこいつらから奴隷を守ってきて。俺はこの穴を塞ぐから」


 「分かった」


 ガーネットは竜魔鉱石をその場に置いてリーメルの元へ向かっていった。メアとその知り合いもどうやら奴隷の元へ向かったようだ。


 リーメルは今ごろ部屋の前の方で奴隷たちをここに連れてきているだろう。そのままガーネットと協力して海賊たちから奴隷を守ってもらう。その間に俺はまずこの穴を塞がなければ。


 俺は壁に突き刺さった氷の元へ向かい、氷を変形させて蓋にしようとした。


 だがそのとき、海から他の海賊とは纏う雰囲気が違う黒ひげの男が現れた。


 「ドドガくーーーーん!遊びに来たぞぉ!っていないんだよな。ダッハッハ!」


 戦場にそぐわない異様なテンションと存在感。こいつがこの海賊団の船長ルスキュールだとすぐに察した。


 「いささか信じられなかったが、どうやらドドガが死んだって報告は真実だったようだな。この船にこんな簡単に穴が開くとはな。奴が遺していったものは全部貰っていっちまおう。ん、お前は…」


 ルスキュールは俺と目が合うなり、剣を抜いて襲い掛かってきた。


 「なっ!いきなりか!」


 「その見た目。お前がドドガを殺ったフールだな!お前にも会いたかったぜぇ」


 俺は海水を浴びて髪色が戻っていたようだ。そのせいでフールだとバレたのだろう。


 俺はルスキュールの剣を硬化した腕で受け止める。付与魔法でガードしているのに骨まで響く高威力の攻撃だ。


 俺は一度後ろに跳んで体勢を立て直す。奴隷たちが閉じ込められていた、ガーネットが一部溶かした牢屋を変形させて簡易の槍を作る。素手で戦うのは危険だ。


 「まさかお前もここの宝を狙っているとは。それにしてもドドガに似た魔法を使うな。やつの”権能”がお前に宿ったのか?」


 「権能?」


 選ばれし者と関連がありそうなワードだ。ルスキュールはドドガと肩を並べる世界的な犯罪者。こいつも選ばれし者に知っていてもおかしくはない。


 「それは選ばれし者ってのと関係があるのか」


 「なんだそんなことも知らないのか。知りたかったら俺を倒して聞き出すことだな」


 再びルスキュールの攻撃だ。俺は”ベクトル付与”を使ってセミオートで迎撃する。魔法探知によって周囲の敵の動きを読み、それに合わせて体を動かすのだ。盗賊ルギンのボスの相手をしたときに身に着けた技だな。


 ルスキュールの剣戟に合わせて俺の体も動く。


 「なかなかやるな」


 「そっちこそ」


 斬撃を受け止められても余裕そうなルスキュール。というか戦闘を楽しんでいる節がある。


 「どういう権能だ。ドドガのとは別のもののようだが」


 やはり権能とは、選ばれし者が持っている能力のことのようだな。


 間近で撃ち合って分かったが、おそらくこいつも俺のように魔法で動きを補助しているいるらしい。ガードに精一杯で反撃することができない。


 こうやってルスキュールの相手をしている間にも部屋には海水がどんどんと流れ込んできている。早くこいつを倒して穴を塞ぎに行かなければという焦りが生じ、ルスキュールの後ろの氷をちらちらと見てしまう。


 その俺の隙をルスキュールは見逃さなかった。


 「この程度でドドガを倒したのか。笑わせるな」


 先ほどまで剣の達人のような動きをしていたルスキュールが、突然格闘家のような回し蹴りを繰り出してきた。オート運転でも対応が間に合わず、腹に思いっきり入ってしまった。


 「うぐっ」


 俺は後方に吹き飛ばされた。”魔装付与”によってダメージはほぼないが、せっかく作った槍を落としてしまった。


 「おおかた不意打ちをしたとかだろう。その程度の実力で調子に乗ってこんなとこまで忍び込んでくるとは。とんだ愚か者だな」


 全て読まれている。ドドガに勝ったのも”座標付与”による奇襲で首に致命傷を与えてドドガが弱ったのが勝因だ。あれがなければ負けていたかもしれない。


 「まずいな…」


 蹴り飛ばされてまた穴から離れてしまった。海水は膝下まで上がってきており、心なしかこの巨大な船が傾いてきている気がする。


 ルスキュールが追撃に紫の飛ぶ斬撃を放ってきた。素手で受け止め切れるか。いや、念のために回避しとこう。


 しかしここで俺は気づいてしまった。この飛ぶ斬撃の軌道に未だに囚われたままのロズリッダがいることに。


 俺はやむを得ず硬化した腕を交差させて斬撃を受け止めた。防ぎきることができず両腕に深々とした切り傷が入る。


 「があああ」


 「人魚を助けたか。殊勝なことだな」


 ルスキュールが勝ち誇った様子で追撃の準備をしている。さらには穴から入ってきたゾンビ兵も俺に向かってきている。万事休すか。


 「おいフール」


 そんなとき声が掛けられた。ロズリッダだ。彼女は無事なようだな。


 「俺の鎖を壊せ。力を貸してやる」


 「でも…」


 「いいから早くしろ」


 俺は言われるがままにロズリッダの入った水槽に飛び込み、彼女の首と手にされた枷を魔法で破壊した。傷口がしみて痛む。


 「女に頼るとは。みっともないなフール。今度はその頑丈な両腕を切断してやる」


 ルスキュールが再び紫の飛ぶ斬撃を放った。ゾンビ兵も迫ってきている。


 だがその全てをロズリッダの水魔法が押し流した。鎖から解き放たれたロズリッダの両手から激流の魔法が発動したのだ。


 「すごい魔力だな」


 「これくらいは朝飯前だ。解放してもらった借りは返すぜ!」


 ロズリッダが参戦した。

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