第54話 仮面屋

 「フールの友達はもうこの町のどこかにいるのかな」


 「たぶんね。でもかなり広いから無策で探すのは厳しいだろうな。だから仮面屋に仮面を買うついでにそこで聞き込みをしようと思う」


 「なるほど。オークションに参加するつもりなら彼女たちも仮面を買いに行くから」


 「そういうこと」


 こうして俺たちはシャワーや食事などの小休止をしてから軽く作戦会議を済ますと、仮面屋に向かうことにした。粘着性付与”は水に弱いらしく、髪の塗料が落ちてしまったので全員塗り直しになった。水には注意しなければな。町中やオークション船で変装がバレたら騒ぎになってしまう。


 港の近くの海沿いの通りには大きめのテントが1つだけ建てられており、どうやらその中で仮面が売られているようだ。


 「いらっしゃいませ。どれも値段は同じなので、お好きなデザインのをお買い上げください」


 店員の男の人に説明された。俺たちがオークション参加者である前提で接客をしてくる。


 俺は頬の傷を隠すために顔全体が隠れるような仮面を、リーメルとガーネットは目元だけ隠れるタイプの仮面を購入した。2人は顔が小さいからか仮面が少々大きく感じて不恰好だが、視界面や変装面では問題ないのでよしとしよう。


 値段は仮面一つにつき銀貨5枚と高めだった。オークションに参加する人相手の商売なのでお祭り価格なのだろう。俺はそれを彼のボスから盗んだ硬貨で支払う。


 「お客さんたちは今回が初めての参加ですか。常連さんは基本的に仮面を持参するんでね」


 店員が先ほどまでよりやや砕けた口調で話しかけてきた。これはちょうどいい。このまま葵たちのことを知らないか聞き出すとしよう。


 「そうなんですよ。他には何人くらい仮面を買いに来たんですか」


 「そうさなぁ。たしか5組くらいだったか。基本的にみなさん仮面は持参して、この店は仮面を忘れた人用の保険みたいなもんだから、毎年こんなもんですね」


 5組。その中に葵と楠木さんはいたのだろうか。俺は引き続き質問を続ける。


 「じゃあ僕の知り合いもお世話になったかもしれませんね。黒髪と茶髪の若い女性2人組がいたでしょう」


 いましたかという聞き方では怪しまれると思ったので、いたでしょうという断定の形で聞くことにした。果たして葵たちはここに来たのだろうか。


 「いや、そういった方は見てないですね。自分女性には目がないので、来ていたら覚えてるはずですし」


 当てが外れたか。2人がオークションに出るはずならこの仮面屋には寄っていると思ったのだが。ということは2人はまだこの町に着けていないのだろうか。


 2人の行方について考えていると、仮面屋の店員が気になる発言をした。


 「でもそういえばお兄さんと同じことを聞いてきた男性ならいましたよ」


 「僕と同じことを?」


 俺以外に葵と楠木さんを探す人間がいたということだろうか。そんな人物に覚えはないのが。たんなる偶然か。


 しかし念のために俺はそれがどんな人物だったのかを聞くことにした。


 「じゃあそれも僕の知り合いかもしれませんね。どんな見た目をしてましたか」


 店員が目線を上に向けながら思い出そうとしている。


 しかし次の瞬間、店員の目の焦点がブレ出した。そして何やら苦しむ素振りをした後に何かを呟きだした。まるで壊れたロボットのように奇妙で不気味だ。


 「何事?」


 「どうしちゃったのこの人は」


 「分からないけど急に。あの、大丈夫ですか」


 俺は声をかけるために店員の近くに寄った。


 このときに気づいてしまった。彼が呟いていたのが魔法の詠唱だということに。


 「これはっ!」


 周囲が光で包まれ爆音が響き渡り、魔法の爆発によってテントが吹き飛んだ。詠唱していたのはどうやら爆発の魔法だったようだ。


 かなりの威力だったが、俺たちは球状にした”空壁”で身を守ったので至近距離の爆破でもなんとか無傷で済んだ。


 魔法を発動した当人は爆発によってテントと共に木っ端みじんになってしまったようだ。


 「フールがやっちゃったの?」


 「違うよ!これは一体…」


 ガーネットにあらぬ疑惑をかけられたので即座に否定する。俺が敵の攻撃への反撃で殺したと思ったのだろうが、これはあの店員が魔法で自爆したのだろう。しかしなぜこんな事態になったのかが分からない。


 たしか葵と楠木さんのことを探す俺以外の人物について聞いた瞬間に店員の様子がおかしくなったが、それが原因だろうか。それが発動条件で何者かに操られているのか。


 「フール、あれ」


 リーメルに声をかけられて後ろを振り向くと、先ほどの店員と同じように意識が朦朧としている数十人の人間が走って近づいてきていた。その全てがブツブツと魔法の詠唱をしている。こいつらも自爆人間か。


 「ねえ、あっちからも来てるよ」


 さらに反対側からも同じような集団が近づいてきているのにガーネットが気づく。ここは海沿いの道で前後は海と建物に挟まれている。これは葵たちを探していた何者かが仕掛けたトラップか。


 「こっちなのです!」


 目まぐるしく変わる状況に困惑していると、建物と建物の間の細道から声が掛けられた。そこには紫のショートヘアの若い女性がいた。さらには頭には2本の角が生えている。


 「あれは竜人族…」


 「空島に住んでるっていう種族か。なんでこんなとこに」


 「あの人もこの人たちの仲間なのかな」


 この状況で急に声を掛けられて警戒する俺たち。


 「何をモタモタしてるのです?早く逃げるのです」


 しびれを切らした竜人の少女が細道から飛び出てきて、俺の腕を掴んで道に引きずり込んだ。これは俺たちを逃がしてくれるってことでいいのか。リーメルとガーネットも俺の後ろを着いてきているようだ。


 「君は一体…逃がしてくれるの?」


 「詳しい話は逃げ切ってからなのです」


 細道の後ろからしっかりと爆破人間が追ってきている。今はこの子に従って逃げるとしよう。

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