第55話 竜人メア

 「こっちなのです」


 竜人の女の子に手を引かれて俺たちは細道を駆ける。この子が何者なのかはまだ分からないが、悪意はなさそうだな。


 「後ろのがかなり迫ってきてる」


 リーメルに言われて振り向くと、たしかに先ほど俺たちを挟み撃ちしていた自爆人間の集団が追いかけてきていた。徐々に俺たちとの距離が縮まってきている。細道にはみ出す建物の窓などに顔や四肢を引っかかれて血を流しているが、それに一切怯むことなく一心不乱に俺たちに向かってきているのだ。


 いや、俺たちといより俺に向かってきているのか。やはり彼らは葵と楠木さんを追う何者かに魔法で操られているのだろう。


 「もうすぐ大通りなのです」


 竜人の女の子の叫びを受けて再び前を向くと、正面に大通りの光が差し込んできているのが分かった。


 「ここまで来ればなんとか逃げ切れそうだね」


 ガーネットの言葉に少しだけ気が緩む。そのせいもあって、大通りに出た先ですでに待ち構えていた他の自爆人間たちへの反応が遅れた。まさかまだいたとは。


 こいつらもすでに魔法の詠唱を終えており、気づいたときには辺りが光で包まれていた。


 「しまった!」


 急いで”空壁”でガードはしたが、発動が遅れたため無傷では済まないだろう。


 しかしそんな俺の予想に反して俺たちは傷一つ付けずにこの爆破を乗り切った。俺たちの正面に立つ竜人の女の子が身を挺して守ってくれたのだ。


 「大丈夫なのです?」


 彼女は先ほどまでと見た目が変わり、顔や体が竜の鱗で覆われていた。これによって彼女は爆破から俺たちを守ることができたのだろう。


 あれだけの爆発を受けたのに無傷で平然としている。これが竜人族の力なのか。とてつもない防御力だ。


 俺たちは大通りを走りながら彼女に感謝の言葉を伝える。


 「ありがとう。えっと、名前を聞いてもいいかな」


 「メアなのです!」


 メアさんはすでに先ほどの変身を解いて、人間の姿に戻っている。こちらが通常時なのだろうか。俺たちは自爆人間の追跡から逃れ、家屋の屋根上に避難した。ここならバレないだろう。


 「おかげで助かったよー」


 「でもなんで見ず知らずの私たちを助けてくれたの」


 リーメルの問いにメアは笑顔で答える。


 「メアの目的のためにあなたたちを利用するためなのです。メアはオークションに捕まった知り合いを助けたいのです。でもオークションをやってる盗賊を倒しまくって話を聞いたら、どうやらオークションは船でやる上に、その船に乗るのにチケットがいるらしいのです」


 オークションを取り仕切っているのが盗賊だと調べた上に、暴力で情報を聞き出したのか。とてつもない行動力だな。


 「そこで困っている参加者に恩を売って、一緒に連れて行ってもらうことにしたのです」


 「なるほど。つまり助けてやったからオークションに連れて行けと。そういうことか」


 「そういうことなのです!」


 満面の笑みで答えているが、おそらく断ったら暴力で脅してくるのではないだろうか。


 「いいんじゃない。悪い人じゃなさそうだし」


 「私もいいと思うよ。オークションに捕まった人を助けに行くなら私たちと目的も同じだし」


 2人の合意も得て、俺も別に問題ないのでメアの願いを聞き入れることにした。入場パスの付き添い枠はまだ空いているし、この子は悪いことを企めるような子じゃなさそうだしな。悪くいえば、嘘をついて俺たちを騙せるほど頭のいい子ではなさそうなのだ。


 「よろしくなのです!」


 「それでメアさん」


 「メアでいいのです」


 「メアに聞きたいことがあるんだけど。さっきの爆発する人間については何か知ってるの」


 あの人間たちを操っていた黒幕の正体を知りたい。メアの仲間ということはないだろうが、町で盗賊を倒し歩いていた彼女なら何かを見ていたかもしれない。


 「メアは見ていたのです。金髪の男が目を紫に光らせながら、町中の人に話しかけていたのを」


 「たぶんその人がさっきの人たちを操ってたんだね」


 「でもなんのために?」


 メアの話を聞いてガーネットとリーメルが黒幕のことを考察をしている。だが俺はもうそいつの正体が分かってしまった。金髪で紫の魔眼を使い、葵と楠木さんを探す動機がある人間。


 「そいつはたぶん俺の知り合いだな。帝国で俺を殺そうとした一ノ瀬って男だ」


 3人共驚いた様子だ。黒幕が俺の知り合いということに対してかもしれないし、俺が帝国で殺されかけたということに対してかもしれない。


 「フールを殺そうとした奴がいたなんて。見つけたら私が殺す」


 リーメルは一ノ瀬への殺意をたぎらせているようだ。


 「葵から楠木さんに送られた手紙には追手から逃げているという話もあった。たぶんそれが一ノ瀬だったんだと思う。なんで葵たちを追っているあいつが町の人を操って自爆させてるのかは分からないけど」


 状況から察するに、自爆人間たちは一ノ瀬を探す人物を襲うようにプログラムされていた。葵たちを追う自分のことを、さらに追う人間がいると想定して仕掛けていたということだろうか。


 もしかして俺がここに来ることを知っていて、俺を殺すための罠だったのか。確証はないし、これ以上は考えても無駄か。


 「これからどうするの?」


 ガーネットが聞いてきた。仮面を購入することはできたが、葵たちの情報は得れなかった上にさらなる問題が出てきてしまった。計画の調整が必要だろう。


 町にはまだ自爆人間が残っているし、さっきの騒ぎを町の人にも見られてしまった。なのでオークションが始まる夜中までどこかで隠れているのも手だ。


 だが自爆魔法を唱えて徘徊している自爆人間を夜まで放置しておくというのは、あまりに危険すぎる。


 「まだ夜まで時間がある。それまで俺の魔法で自爆人間にかけられた魔法を解除しようと思う」


 俺の”分離”があれば、おそらく自爆人間にかけられた魔法を外すことができる。それで彼らを元に戻して、自爆も未然に防ぎたい。元に戻した人から一ノ瀬の情報を聞けるかもしれないしな。


 「それがいいと思う」


 「あれを放置するのは危ないしね」


 俺の提案にリーメルとガーネットは当然のごとく賛成してくれた。


 問題はメアだ。彼女の目的はオークションへの潜入であり、彼女は俺の部下や仲間でもなく、俺を利用したいだけ人間だ。彼女はこんな面倒な仕事に付き合ってくれるのだろうか。


 「もちろんメアも手伝うのです。あんなのを放置していたら町が大変なことになるのです」


 俺の心配は杞憂に終わり、メアも俺の提案を飲んでくれた。打算だけで動く人間なのではなく、シンプルにいい子なのだろう。

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