第53話 ウエストタウンに到着
翌日は朝から昼過ぎまで特にハプニングもなく旅することができた。ガーネットが新しく習得した”弾性付与”の練習も兼ねて地上を走っての移動だった。
「だいぶ慣れてきたんじゃないか」
「うん。これなら闘気がなくても活躍できるね」
足の裏へ”弾性付与”をすることで移動速度が格段に上がり、闘気なしでも俺たちと並走することができるようになっていた。
”滑性付与”を使えるサフランや”粘着性付与”を使えるリーメルもそうだが、ガーネットの”弾性付与”は空間へは付与することができない。これに関してはオリジナルである俺だけの特権のようだな。
しかし自分や周囲の地面に弾力を与えれるようになるだけでも、戦闘の幅が広がるのは間違いないだろう。ガーネットのこれからの活躍に期待だ。
ガーネットの修行をしながらのいくつか山を越えると、ついに目的地であるウエストタウンが遠くに見えてきた。この町が海沿いに作られた港町であることが山の上からだとよくわかる。
「ねえ。あれがウエストタウンじゃない?」
「たぶんそうだな。ようやくここまで来た」
俺とガーネットが町に向かって駆け出そうとする。しかしその浮かれた俺たちのコートのフードを後ろからリーメルに引っ張られてしまった。
「「ぐえっ」」
「ちょっと待って」
俺とガーネットは咳き込みながらリーメルに文句を言う。
「ひどいよリーメル」
「なんでこんなことするんだ」
「フールは指名手配犯なんだから、このまま町に入ったらまた騒動になる」
リーメルが俺の顔を指しながら俺たちを止めた理由を答えた。たしかにこの意見には納得だ。またピークタウンのときのように聖教の神聖騎士団や冒険者に追われることになったら、オークションどころではなくなってしまう。
「じゃあどうするの。変装?」
「俺は変装なんかできないぞ。”形状付与”で顔面を変形させるとか」
「それ元に戻せるの!?」
ガーネットに止められてこの案は没にする。”形状付与”で変形させたものを完璧に元に戻す自身は俺にはない。初日の野営で家の窓を作るときにも思ったが、俺は魔法の細かい操作が苦手なのだ。というか俺のこの付与魔法自体が細かい作業に向いてないのかもしれない。
生まれてから16年間寄り添ってきた顔が変わってしまうような手段はできれば最終手段にしたいものだ。
変装に使えそうな新たな付与魔法を編み出そうかとも考えてみたが、いい案は思いつかない。
「髪色だけでも変えるとかは?」
「おお、それなら簡単にできそうだな」
「いいアイデアだね、リーメル」
リーメルの提案で黒髪を着色して他の色にすることにした。変装にしてはやや頼りない気もするが、手配書の似顔絵との共通点は黒髪であることと左頬の2点くらいだ。髪の色を変えて顔の傷をコートのフードで隠せば、バレる可能性は格段に下がるだろう。
「問題は着色料をどうするかだな」
俺の発言を受けてリーメルとガーネットが仲良く左を向いた。なんだろうと思って俺も左を見ると、そこにはウシ型の魔獣が糞をしている現場だった。
「フール。茶色は好き?」
「嫌いです」
「でもフールなら茶髪も似合うと思うよ」
「嫌です!魔獣の糞で着色しろってか」
リーメルとガーネットが悪魔のような提案をしてきたので速攻で却下する。頭から魔獣の糞の臭いを漂わせていたら、指名手配とか関係なく騒動になるわ。
俺は代案を用意しなければと周囲を見渡す。そして少しこの山道を下ったところに花畑があるのを発見した。
「花で着色しよう」
ということで俺たちは花畑に赴くと着色に使えそうな花を物色する。
「やっぱフールには赤が似合うと思うよ」
「何言ってるの。青の方が似合う」
なんか2人が赤と青の花を持って言い合いをしているが放置しておこう。そのときガウが白い花を見つけて咥えてきてくれた。ガウは白よりの灰色の毛色をしているので、この花で着色したらガウと同じような色になるだろう。
「持ってきてくれたのか。じゃあこれにしようかな」
俺は白い髪に変装することにした。リーメルの話によるとこの花は、俺たち革命軍の白いコートを着色するのにも使われているものらしい。普通の白い花から色素を得ようとしても半透明の液体になってしまい上手くいかないらしいが、この花は白い色素を簡単に抽出することができるらしい。
俺たちは池から水を調達し、それに白い花を浸して着色料を作った。これだけでは髪に定着させるのは難しいので、”粘着性付与”を適度に混ぜることで髪に馴染むように調整する。
こうして俺は白い髪に変装することに成功した。
「似合ってる」
「いいと思うよ」
「ガウ」
2人と1匹からも好評のようでよかった。
憂いがなくなった俺たちは、ようやくウエストタウンの門をくぐった。ウエストタウンは山の上から見た通りかなり大きい港町のようで、冒険者の町のピークタウン以上に活気がある。闇オークションがあるというからもっと寂れていて、ゴロツキが大量に徘徊しているような小汚い街を想像していたのだが。
気になるのは街を歩く人々が仮面をつけている点だ。どういう意図なのだろうか。
ガウの鼻なら葵たちの匂いを追跡できるかもと期待したが、どうやらこの町はピークタウンと違って魔獣の連れ込みが禁止で門番に止められてしまった。こればかりは仕方ないのでガウは街の外で待機させている。
「これからオークションが始まるまでどうする?」
「入場パスが宿屋の予約券も兼ねているらしい。とりあえずその宿屋に行ってみよう」
俺たちは道路の端に掲示された地図でその宿屋の位置を把握して向かった。
宿は3階建ての綺麗な木製の建物だった。中に入ると綺麗な身だしなみをした男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。予約はされていますか」
入場パスを提示すると俺たちは部屋へ案内された。入場パスには、これ1枚につき付き添いを4人までつけることができると書かれているので、リーメルとガーネットも問題なく客として扱われた。部屋の内装も外装と同じように綺麗だった。
部屋のドアを閉じると男性が改まって挨拶を始めた。
「本日は当店をご利用いただきありがとうございます。オークションは今日の夜に港に寄る船で行われますので、夕暮れ時までに港の方にお越しください。そこでも入場パスが必要になりますので、お忘れなきようお願いいたします」
知らずに盗賊たちに利用されているわけではなく、この宿屋の男性もオークションのことを知っているのか。ドドガ盗賊団の一員なのだろうか。人は見た目によらないな。
オークション会場はこの町の建物ではなく船のようだ。どこにあるか分からないので今から侵入することはできなさそうだ。
「あとはこのオークションにはドレスコードがございます。オークションに参加するお客様の中には身分や素顔を隠したい方がおれられますので、参加者は全員仮面をつけることになっております。港の近くに仮面屋を用意しておりますので、もしなければそこでご用意ください」
俺たちは今着ているコートしか持ってないのでドレスコードと聞いて心配になったが、そんな難しい条件ではなかったようで安心だ。仮面を買ってつければいいだけと。
男性に他に何か質問があるか聞かれたが、余計なことを言って不正に入場パスを手に入れたことがバレても面倒なので質問はやめておいた。
こうして説明を終えた男性は部屋を後にした。
「ふー、ようやくここまで来たな」
「あとはオークションに行くだけだね」
「会場が分かれば夜になる前に潜入できたんだけど」
会場が船なのでそれはできない。こういう侵入者から商品を守る目的もあって、オークションは船で行うのかもしれないな。
葵と楠木さんがこの町にもういると思うのだが、この範囲をノーヒントで探すのは難しそうなので、俺たちはまず仮面屋に行くことにした。葵たちがもしオークションに出るつもりなら、彼女たちも仮面屋で買い物をした可能性があるからだ。
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