第52話 町からの逃走

 「なんで空から逃げないの」


 「障害物がないと的になっちゃうでしょ」


 俺はガウにまたがるガーネットに返答する。数100人、下手したら1000人以上の冒険者がさっきまで俺たちを包囲していた。この逃走経路にも冒険者はいるだろう。


 そのうちの何人が魔法を使えるのか分からないが、空を飛んでいたらその一斉射撃を喰らうことになる。なので地上からは斜線が通らない建物の上を走って逃げることにしたのだ。


 もっともこの町の冒険者たちも建物の上に飛び乗る程度の身体能力と闘気があるので後ろから追ってきているし、建物の破壊を気にせず地上から魔法を撃ってくる奴もいる。空よりは多少マシという程度だ。


 「男爵を生かした自分の詰めの甘さを後悔するんだな」


 後ろから迫ってくる冒険者が言った。男爵っていうと奴隷鉱山の責任者だった男のことか。察するにあの戦いで生き延びた男爵が俺を指名手配したのか。執念深いことで。


 「もうちょっとスピードを上げよう」


 俺はガウとガーネットに”弾性付与”をかける。弾性によってガウの脚力を上げるのが目的だが、物理攻撃への耐性にもなるので一応ガーネットにもかけておいた。リーメルにはいつもとジャンプの加減が変わって逆に迷惑だろうからかけないでおく。


 「なっ、なんだあいつら!速すぎる」


 「追いつけねえぞ。魔法できる奴がなんとかしろよ」


 ガウの移動速度が上がったことで俺たちは後ろから迫る冒険者たちを振り切ることに成功した。


 「あいつらフールに酷いことばかり。これだから冒険者は嫌」


 隣を走るリーメルがポツリと呟いた。


 「あいつらにはあいつらの正義があるんだろうな。国のルールからしたら奴隷を捕まえるのも殺すのも間違ったことじゃなくて、奴隷を解放した俺の方が間違いなんだ」


 「でもフールは私たちのために戦ってくれたのに…」


 リーメルは納得がいっていないようだ。ガーネットは俺たちが元奴隷だったという話すら知らないのでキョトンとした様子だ。


 「万人に支持されなくても、リーメルたち革命軍が味方してくれるなら俺はそれでいいよ。ともかく今はさっさとこの町から逃げよう」


 もう日が暮れる。町の外に出て闇夜に紛れればもう追手は来ないだろう。


 しかしそれをさせまいと街の城壁から上空に向けて半透明の薄い膜のようなものが展開されていく。


 「お前がフールだな!町の周囲には結界を展開した。大人しく観念するんだな」


 門の前にも10人の神聖騎士団がおり、そのうちの一人が俺に勧告してきた。だが俺はそれを無視して結界に突っ込む。リーメルとガーネットも俺に追従してくる。


 「血迷ったか」

 

 地上の神聖騎士団が他の神聖魔法を俺たちに撃ってこようとしているが、俺が結界に触れて破壊する方が早かった。


 「なっ!俺たちの結界を破っただと。しかも一人で」


 さっきの光の鎖を突破された神聖騎士団員たちと全く同じ反応をしているな。光の鎖も結界も複数人で行使していることもあってたしかに強力な魔法だが、ドドガの錬金魔法の方がよっぽど脅威だった。あいつの作った壁は”形状付与”でもほぼ変形しなかったからな。


 それほどに”選ばれし者”の力は特別ということなのだろう。


 「今のうちに捕まっておいた方が身のためだぞ。神敵認定される前にな」


 結界を破られた神聖騎士団が悔しそうに叫んでくる。


 神敵認定か。今の聖教は中央王国の指名手配犯を捕まえる協力をしているという形だが、神敵認定をされると世界中の聖教とその神聖騎士団に狙われるようになるという感じだろうか。


 たしかにそうなれば厄介だが、だからといって今この時点で「はい、じゃあ降参します。逮捕してください」とはならない。捕まって口頭注意だけで済む罪状でもないしな。


 俺は地上の騎士団たちの方を一瞥してから、その勧告を無視して街の城壁の上からそのまま外へ逃げた。ガウとガーネットは”弾性付与”があり、リーメルは猫の獣人なので問題なく着地ができた。


 「なんだったのあの人たちは。なんで急にこんなことになったの」


 「ガーネットがフールって叫んだからだよ」


 「え!」


 町から走って離れながらガーネットの質問にいじわる答える。申し訳なさそうにして可哀そうになったので、俺とリーメルたちが奴隷だった頃の話をしてあげた。


 「そんなことがあったんだね。私はフールが間違ってたとは思わないよ。フールがいなかったら私は白竜に食べられてたし、サフランがいなかったら白竜の民の人たちも全員病気で死んじゃってたからね」


 ガーネットが優しいフォローをしてくれた。


 「そう。フールのおかげで助かった人もたくさんいる。だから悲しまないで」


 「そうだね、ありがとう」


 リーメルに励まされたが、俺は別に悲しんではいなかったと思う。どちらかと言えばリーメルの方が悲しんでいたんだと思うが、それをわざわざツッコむのは野暮というものだろう。


 「この国の法は弱者に厳しい。私たち革命軍はその弱者を救うための組織。あいつらに何を言われても気にしない」


 リーメルは自分の中で納得がいったようだ。


 町からかなり離れたところに川があったので、この辺りで昨日と同じように野営をすることにした。追手が来ている気配はなさそうだ。目的地がバレないように一直線に逃げないようにしていたので、たぶん大丈夫だろう。


 また俺が小屋や壁を作っている間にリーメルとガーネットに木を取ってきてもらう。ガウは魔獣を狩ってきてくれたようだ。


 「ねえ見てフール。私またできることが増えちゃったよ」


 周囲から木を集めてきたガーネットがゴム製のボールのように弾むようにジャンプをしている。炎や空中飛行のようなガーネット本来の魔法ではなく、俺の付与魔法による”弾性付与”だろう。


 といってももう俺がかけた付与は時間的に解けているはずので、サフラン達と同じように俺の”弾性付与”を身に着けてしまったのだろう。


 サフランの”滑性付与”、リーメルの”粘着性付与”、ナッカの”魔力付与”に続いて、”弾性付与”を身につけたガーネットは4人目だ。革命軍全員に俺の能力を使ってもらえればいいのだが、こればかりは適正がなければ身に着かないようなので難しいだろうな。


 「それ楽しそう。私もその能力欲しい」


 「リーメルはベタベタになる奴があるからいいでしょ」


 ”粘着性付与”をベタベタになる奴って言ったのか、こいつは。リーメルも少しショックを受けたのか、ガーネットに軽く蹴りを入れている。


 「ガーネットがこれを覚えてくれたのはありがたいな。空を飛ばなくても移動や回避がしやすくなるだろうし、闘気を纏えなくても打撃なら防げるようになる」


 「うん、フールのおかげだね。がんばるよ」


 今日は雨の村を通って、冒険者の町から逃げてどっと疲れた。明日の昼過ぎにはおそらくオークションが行われる目的のウエストタウンに着くだろう。そしてその日の夜にオークションが始まる。


 オークションで売られてしまう奴隷のためにも、そして葵や楠木さんのために明日も頑張ろう。

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