第51話 指名手配犯
冒険者ギルドで自分の指名手配書を見つけてしまった。背中に悪寒が走る。
手配書に書かれた似顔絵が俺にそこまで似ていないのがせめてもの救いか。あ、でも左頬の傷跡は同じだな。お姉さんにバレないようにこっそりコートで隠しておく。
リーメルは表情を崩さず事の成り行きを見守っている。
「そういえばお兄さんも黒髪ですね」
「ほんとですね。いい迷惑ですよ。こいつは何をやらかした人間なんですか」
お姉さんの発言に対してかぶせ気味に質問した。
「なんでも2か月前くらいに奴隷施設を襲撃した凶悪犯らしいですよ。正義のヒーローぶって迷惑な奴ですよね」
「はは…そうですね」
俺はお姉さんの発言を軽く受け流す。俺はあのときの判断はあれで正しかったと結論づけたのだ。逃げた奴隷のせいで周囲の治安が悪くなっているかもしれないが、自分や友達の命を捨てるわけにはいかなかったからな。
問題があるというなら奴隷ではなく奴隷制度自体だろう。
しかしリーメルはこのお姉さんの発言にピキッときてしまっているようで、目からは光が失われている。こいつがお姉さんに何かする前に早く退散しないと。
俺がそう思っている間もお姉さんの話は続く。
「ほんと参っちゃいますよね。この町の荒くれ冒険者たちの元締めにグルフって凄腕剣士がいたんですけど、お兄さんも名前くらい聞いたことありますよね。そんな彼がこのフールの騒乱で命を落としたらしくて、町の荒くれたちが覇権争いなんかを始めちゃって」
思っていたよりもグルフは重要な人物だったようだ。俺がグルフを殺したことによる余波がこんな遠く離れた町にまで及んでいるとは。
「まあ覇権争いは起きてますけど、全員グルフを殺したフールを殺したいって思いは変わらないんですよ。ようはフールはこの町中の冒険者を敵に回してるんです」
「へ、へえ…そのグルフってのはよっぽど慕われていたんですね」
そのわりには全員酒や談笑に夢中で俺に気づく素振りはないが。
「おかげで町中が殺気立っちゃって。フールも奴隷なんか放っておけばいいのに、迷惑なことをしてくれましたよ。さっさと捕まればいいのに」
リーメルが剣に手をかけた。こいつお姉さんを斬るつもりか。
俺が慌ててリーメルをなだめようとした次の瞬間、ギルドのドアが勢いよく開かれた。俺の正体に気づいた衛兵とかではない。
そこには頬をふくらませ怒った様子のガーネットが立っていた。
「もうフールたち!早く宿に行こうよ!」
先ほどまで騒がしかったギルドが一瞬にして静寂に包まれる。気づけばギルド中の冒険者がこちらを見ている。
「ハ、ハハ…ごめんごめん。すぐ行くよ。ほらリーメルも。あ、お姉さんも回復ありがとうございました」
俺は何事もなかったかのようにこの場から離れようとする。俺の様子がおかしいと察したガーネットが「どうしたの?」と心配そうにするが、俺は「いいからいいから」とその彼女の背中を押してギルドから出る。
「じゃっ、ありがとうございました!」
俺はバタンとドアを閉めた。次の瞬間。
「奴がフールだぁ!ひっ捕らえろ!」
ギルド中の冒険者たちが叫びながらドタドタと追いかけてきた。
「え、何が起きてるの!フールが何かやっちゃったの」
「いいから逃げるぞ」
俺だけでなく今この状況はガーネットのせいでもある気がするが、責任の押し付け合いをここでしてもしょうがない。ともかく今は逃げよう。
俺たちはさっき来た道を引き返して門を目指す。
しかし逃げた先の大通りの交差点はすでに3方向が大勢の人間が包囲網を敷いていた。後ろからはギルドにいた冒険者たちが迫ってきている。このままじゃ囲まれるな。
どうしてギルドにいた冒険者以外の人間がすでに動けているのかはすぐに分かった。包囲網の先頭に門番の男が立っていたのだ。
おそらく彼は俺が指名手配犯と分かっていて、わざと町の中に入れたのだ。外で声をかけて逃げられないように、町の中で確実に捕まえるために。俺の顔をジロジロ見ていたと思ったが、俺が指名手配犯だからというなら納得だ。
「フールどうする。全員倒す?」
「ごめんフール。私まだ魔力が回復してないよ」
「倒す意味がない。逃げよう」
この町に何万人の人間が住んでいて、そのうちの何人が俺を狙ってくるか分からないが、その全てを倒したとしても得られるものはない。逃げの一択だろう。
しかしその前に敵に先手を取られてしまった。
周囲から伸びた10本の光の鎖が俺を拘束したのだ。
「よくやった!フールを捕まえたぞ!」
「さすが聖教の神聖騎士団だ!」
「その犯罪者に罰を与えてくれ!」
人ごみの中から金色のローブを纏った人々が前に出てきた。全員フードを被っていて顔が見えない。周囲の冒険者の話から察するに、こいつらは聖教の神聖騎士団という武力組織なのだろう。俺を縛る無数の光の鎖は全て彼らの手元から伸びているようだ。
「その髪色。そしてその頬の傷。反逆者フールで間違いないな」
「そうだけど」
この状況で嘘をついても「はいそうですか」と引き下がってもらえそうにないで、俺は正直に答えた。
「我ら聖教はこの中央王国と協約を結びし存在。王国の敵は我らの敵だ」
光の鎖がさらに強くギュッと締め付けてくる。
この魔法についても帝国で習ったな。たしか神聖魔法という聖教が使う魔法で、集団で使う強力な魔法が多く存在するんだとか。
「騎士様。後ろの女たちも拘束してくださいよ」
「指名手配犯以外は協約の範囲外だ。捕まえたいなら自分たちでやるんだな」
リーメルとガーネットは今はまだ狙われないらしい。冒険者たちも俺と神聖騎士団との成り行きを見守っている。下手に暴れて俺を取り逃がさないためか。
「なぜグルフさんを殺したんだ」
冒険者の誰かが聞いてきた。勝利を確信して尋問のフェーズに移っているようだ。俺は声を張って答える。
「俺の友達を傷つけようとしたからだ。逃げる選択肢も与えたが、あいつは自分のプライドのために最後まで戦って死ぬ選択をした」
グルフにはもう奴隷を傷つけないなら逃げしてやるという選択肢を与えたが、奴は一度狙った獲物は逃がさないという自分の矜持のためにナッカを殺すことを諦めらず、俺に殺された。
「友達だと。どうせ奴隷のことだろう。奴隷をどうしようとグルフさんの勝手だろう」
「そうだ。この国の法を犯したわけじゃない」
「間違ってるのはお前だ!」
言いたいことを散々言ってくれるな。
そういえばこいつら冒険者はスラムで人狩りをするような野蛮な連中だったな。これ以上話しても無駄だろう。
「自分や自分の知り合いが奴隷になっても同じことを言えるの?」
突如リーメルが冒険者たちに説いた。人狩りなんてやってる冒険者のせいでサフランと共に奴隷になり、苦しい生活を強いられていたリーメルだ。言い返したくて仕方なかったのだろう。
この言葉に何人かの冒険者がハッと怯んだ様子だ。神聖騎士団の中にも動揺した人間がいるようだった。
俺はこのタイミングで”形状付与”で光の鎖を砕く。
「な!聖教の鎖が」
「あれを一人で断ち切るなんて!」
冒険者たちが驚愕する。
神聖騎士団もこれは想定外で戸惑っている様子だ。発動に準備がいるのか、次の攻撃は飛んでこない。
先ほどまでの勝利を確信した雰囲気が薄れていく。
「俺は、俺たち革命軍は自分の信じた道を進む。これが間違っているとは思わない」
俺はそう言い残すと、リーメルとガーネットとガウと共に建物の上からの脱出を図る。
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