第30話 逃げる盗賊団を追跡

 地上に降り立つ頃にはゴミの雨は止んでおり、サフランが俺の元へ駆けつけていた。


 「ごめん、ドドガに逃げられた」


 「そうですか。それは残念ですがフール様がご無事で何よりです。しかしまさかフール様が仕損じるとは…」


 ふいにサフランの視線が地面に横たわる気絶した子供たちに移った。ドドガが彼らを盾にすることで俺から逃げ切ったことに気づいたようだ。


 「ゴーレムのことはナッカから聞きました。さらに子供を盾にまでして、許せませんね。今は全員で逃げた盗賊を追跡しています」


 俺たちもすぐに後を追おうとしたがまずは俺の手当だと止められてしまった。俺はサフランに傷を治してもらいながら状況を詳しく説明してもらった。


 俺がドドガと戦っている時、リーメルとナッカはそれぞれ細身剣士と斧使い大男の幹部を相手に善戦していたようだ。盗賊やゴーレムの大半を引き付けていたサフランの元にも他に騎士団員が集まって乱戦になり、こちらも革命軍サイドが優勢になった。


 しかし俺と同じように、ゴミの雨が降ってきたことで戦場が混乱して、盗賊たちに逃げられてしまったようだ。


 今はリーメルとナッカを始めとする騎士団員が逃げる敵の背後を追撃している。


 「雨が敵に味方しちゃったな」


 「そればかりは仕方ないですね。街の外に逃げられて体勢を整えられても厄介です。私たちも追跡しましょう」


 ドドガは完全に見失ったが、部下たち_特に幹部が逃げる先についていけばドドガの元にもたどり着けるのではないかと考えたらしい。


 ドドガが錬成した雨避けトンネルの麓にたどり着くと、一人の騎士団員が待っていた。


 「サフランさん、報告です。ドドガの敗走に気づいた盗賊たちは、穴が開いた壁から逃げると一斉に付近の森に向かい、その後全員が散り散りに森の方々へ逃げていったようです」


 「全員が同じ場所に逃げているわけではないと。それは厄介ですね。幹部の所在は?」


 「リーメルさんたちも見失ってしまったようです。何分全員が我先にと逃げるので、幹部の居場所を推測するのも難しいらしく」


 統率が取れていない逃走ゆえに、幹部がどこに逃げたのか分からないのか。


 「ともかく私とフール様も一緒に森へ向かいましょう。あなたは向こうで倒れている子供たちを保護してあげてください」


 部下は「分かりました」と言って去っていった。


 こうして俺とサフランは走って壁を越えて、盗賊たちが逃げ込んだという森へと向かう。ここは俺たちのアジトもある白竜大森林の一画だ。


 「ここに逃げられるとなると厄介だな。ドドガを捕まえないとゴーレムが元に戻せないし、さらにゴーレムにさせられる被害者が増えるだろうし」


 「準備を整えられて復讐しに来られても面倒です。今回は不意打ちの要素もあったのでドドガまで届きましたが、警戒されたら次は上手くいかないかもしれません」


 俺とサフランは空を飛んで森の上空から様子を見ることにした。


 騎士団が逃げる盗賊を次々と討っている。あの町に全部で何人の盗賊がいたのかは分からないが、すでに森で500人は倒されているように見える。


 騎士団はスラムに20人くらいしか連れてきていないのに、よくこれだけ戦えるものだ。特にナッカの錬成魔法の広範囲攻撃が効いている。この世界での戦いは兵の質が重要なのだろう。さらにナッカは錬成魔法で盗賊の逃げ道を塞いで、できるだけまとめて補足できるように工夫している。


 しかし圧倒的にこちらの数が足りていない。盗賊の逃走する方向をカバーしきれていないのだ。ドドガや幹部に巡り合えるかは運次第になってしまうだろう。


 「ナッカの妨害を受けても特に意思のある逃走にはなりませんね。下っ端には逃げ先がの指示がされていないのでしょうか」


 下っ端がボスの方へ逃げたらボスの命が危うくなるからな。ボスを守るのは少数精鋭のみなのかもしれない。


 「しかしこいつらとんでもない大勢力だな。盗賊っていうからもっとチンピラ集団みたいなのかと思ってたのに」


 「ドドガ盗賊団は世界に名を轟かす巨大組織ですよ。陸のドドガと海のルスキュール。この二人が世界の2大犯罪者と言われています」


 「そんなヤバいとこにいきなりカチコミかけたの!?もっと慎重にいこうよ」


 「まあフール様ならドドガをなんとかしてくれると思いましたし。ドドガさえ封じればあとはなんとかなると思ったんで。盗賊とは訓練がてらに何度か戦って、幹部レベルまでは力の底が見えてましたから」


 それならいいのだろうか。だとしても作戦が雑な気がするが。


 サフランの俺への期待もデカすぎるし。部下の命もかかってるんだから、もうちょっと慎重になってもいいと思う。


 さっきの戦いだって一歩間違えれば俺は生き埋めになって負けていたのだ。地下ダンジョン生活で俺もかなり強くなったと慢心していたが、世界にはまだ強者がいるんだなと痛感した。


 「いやでも、事前に相手がどれくらいヤバい奴なのかとかは教えてね。ドドガが思っていたよりも強くて、今の戦いもギリギリだったから」


 「分かりました。でも今の戦いがギリギリだったっていうのは嘘ですよね。フール様本気で戦ってなかったじゃないですか」


 何を言い出してんだこの子は。どこぞの野菜戦闘民族の息子かな。


 「それはサフランが強くなったから俺が弱く見えるって話じゃなくて?」


 「そうじゃなくて。今の戦いでフール様は採掘場で使ってた白いオーラを纏ってなかったじゃないですか。あれを使えばもっと強くなれるのでは?それを基準に戦力差の分析をしたのですが」


 白いオーラというと、俺の過剰な”魔力付与”のことだろう。たしかにあの技を使えば一度に消費できる魔力量が上がり、全ての魔法の出力が大幅パワーアップする。その力を使った俺なら確実にドドガを倒せるとサフランは考えていたようだ。


 「よくそんなの覚えてるね」


 「もちろんです。あの光景は目に焼き付いてますから。このコートを白にしたのも、あの姿に憧れたからですし」


 そんな事情があったのか。それは気恥ずかしいが、嬉しくもあるな。


 「そうだったんだ。でも今はあの技は使えないんだ。なんていうか、負担が大きすぎて。だからあんま期待しないで」


 「じゃあドドガにも勝てないですか」


 サフランが心配そうに聞いてくる。弱気な発言をしすぎてしまったか。


 「それは大丈夫。俺に任せてくれ」


 サフランが笑顔で「さすがフール様です」と言ってくる。


 そんなことを話していると地上にナッカが見えたので、俺たちはそこへ急降下する。


 「あ、二人とも。ごめん、幹部を逃がしちゃって。私の魔法で西への道を塞いで、今は南でリーメルが強敵と当たったらしいから、二人はそこの援護に行ってあげて。私は北の包囲に向かうから」


 リーメルがドドガか幹部を補足したのだろうか。俺とサフランは走ってリーメルの元へ向かう。


 しばらくするると剣戟の音が聞こえてきた。リーメルとここまで渡り合えるほどの手練れと言うことは幹部格だろう。そいつを捕らえてドドガの逃走先を聞きだそう。


 「援護に来たぞリーメ…ル」


 「フール、ちょうどいいとこに。この敵が強くて苦戦してた」


 リーメルと戦っている相手は見たことがある人物だった。


 リーメルはすでに何人か倒してしまったようだが、この人たちは盗賊の幹部ではない。


 「あれ、ハブラタさんじゃないですか」


 「よう。お前たちの戦いを手伝いに来たぞ」


 白竜の民の戦士団が援軍に来てくれていた。

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