第23話 村を救った礼

 白竜の民の村に案内される道中、生贄にされかけていた赤髪の少女と話をした。


 どうやら彼女は記憶を失っているらしい。自分がどこから来たのかはもちろん、自分の名前すら忘れているらしい。嘘をついている感じでもなさそうだ。


 「名前も分からないのか。それだとなんて呼べばいいか困っちゃうな」


 「じゃあフールが名前を付けて」


 それを聞いてサフランが割り込んできた。


 「フール様に名前を付けてもらうなんて、なんて羨まし…じゃなくて、なんて傲慢な。私がつけてあげましょう」


 「嫌だ。私を救ってくれたフールにつけてもらいたいの」


 「年下相手に何をむきになってるんだサフランは。それにしても名前か… じゃあ綺麗な赤い髪をしてるからガーネットにしよう」


 ということでその宝石のように赤い髪の色から、ガーネットと名付けた。ガーネットは自分の長い赤髪を触りながら嬉しそうにしていたが、サフランはなんだか不満そうだ。


 そんな折にハブラタがよってきてガーネットに関する話を俺だけにしてくれた。


 どうやら彼女は魔獣が巣食うこの森の中で倒れていたらしい。魔獣を狩っている最中の村人が爆音を聞き、駆けつけた先で気絶したガーネットを見つけたようだ。


 その周囲には焼き焦げた魔獣の死体がいくつも転がっていたらしい。もしかしたら彼女の仕業なのだろうか。こんな森の中で一人でいたというころは名の知れた冒険者なのかもしれない。


 一体彼女が何者で、彼女の身に何が起きたのかはまだ分からないが、ここで見捨てるわけにもいかないしな。俺に懐いているようなので俺が保護することになった。


 白竜の民の集落に招かれた俺たちは、サフランが調合した薬を急いで村中の人々に飲ませた。リーネの花さえあれば簡単に作れる薬だったようだ。

 

 そして翌日。病気が蔓延して暗い空気が漂っていた昨日とは打って変わって、村中から楽し気な声が聞こえてくるようになった。まさに特効薬といった感じだな。


 俺は今、サフランとガーネットと共に村の中心に向かっている。道中では村中の人々に感謝の言葉をかけられた。最初は村の人々に怯えていたガーネットも、少しずつ慣れてきているようで安心だ。


 「フールか。よく来てくれた」


 村の中心には台座があり、その前でハブラタと族長が待っていた。すると二人が突然土下座をしてきた。


 「この村を救ってくれてありがとう」


 「感謝してもしたりませぬ」


 「いや待ってよ!そんな土下座なんて大袈裟な。気まずいって」


 「これは我々のけじめです。あなた方に刃を向けた我らを救ってくださったそのお慈悲に深く感謝します」


 「村を、俺の家族たちを救ってくれて本当にありがとう」


 俺とサフランへ感謝と謝罪、そして生贄にしようとしていたガーネットにも謝罪をした。

 

 ハブラタはともかく、頑固そうな族長のじいさんまで頭を下げるとは意外だった。それほどにこの病は危険なものだったんだな。それこそ部族が滅びかけるほどに。


 白竜の加護を信じる彼らでも正直なところ今回の病はどうしようもないと心の奥では思っていたようだ。ガーネットを生贄に捧げても解決しなかった場合は、これも白竜の思し召しだとして受け止めるつもりでいたらしい。


 「まあここで病を食い止めなかったら俺らのアジトにまで広まってたかもしれないし、自分たちのためにやったって部分もあるからさ。困るからもう頭は上げてよ」

 

 大の大人2人に土下座をされて困惑した俺は、こうしてどうにか土下座をやめさせることに成功した。しかし2人の感謝の気持ちは土下座だけでは済まなかったようだ。 


 「この森にアジトがあるのか。では今回の礼にその周辺の警護を俺たちが請け負おう」


 ということで、白竜の民が俺らのアジトを守ってくれることになった。騎士団が少数しかいない今、このせっかくの申し出を断る理由もないだろう。お礼として受け取っておこう。


 「それとこれも差し上げます」


 族長が指し示したのは石の台座の上に載った白い石だった。バスケットボール以上、バランスボール以下のサイズだ。とてつもない存在感を放っており、それが特別な石であることはすぐに分かった。


 「綺麗な石だね」


 「それと不思議な力を感じます」


 ガーネットとサフランが感想を述べた。


 「でも村の中心に飾ってあるのを見るに、この石は大切なものなんじゃ…」


 「たしかに大切なものではありますが、村で最も大切なのは掟と村人の命です。まあ掟はおざなりになってしまいましたが、フール様のおかげで村人の命は救われました。そのお礼となれば喜んで差し上げます」


 「これは俺たちからの感謝の気持ちだ。村人全員で決めた」


 村にとって大切なものであるだろうに、村人たちは俺にくれる気満々のようだ。


 村長の話によると、どうやら大昔はこの台座には何者かの石像が飾られており、この部族はその石像の人物を祀るために存在していたらしい。


 しかし800年前の大地震でその石像が失われ、村人たちは心のよりどころを失った。さらに大地震の影響で魔獣が活発化し、それよって村が滅びかけた。


 そこに現れたのが1匹の白竜だ。その白竜が村を襲っていた魔獣たちを食べるために襲い掛かってくれたおかげで村は助かった。


 そして魔獣を食いつくして満足したその白竜は去り際にこの白い鉱石を吐き出した。周囲の魔素を吸収する効果のあるこの鉱石によって、それ以降村に魔獣が近づくことが減り、その白竜への感謝の念から彼らは自らを白竜の民と名乗るようになった。


 「そんな伝説があるなら白竜を殺されて怒るのも無理はないか。いやちょっと待ってよ。その石は魔素を吸う効果で村を守ってるって言った?そんなのやっぱり受け取れないんだけど」


 石の重要性を知り、俺はこれを受け取ることを拒否した。しかしハブラタたちはこの石の代わりに心当たりがあるようだ。


 「お前たちに貰った予備のリーネの花があるだろう。あれにも魔素を吸って魔獣を退ける効果があると聞いた。これからはあの花にこの村を守ってもらうことにするつもりだ」


 薬作りで余った花は全てこの村にあげることにした。どうやらそれをこの台座の周囲に植えて、石の代わりに村を守ってもらうことにするようだ。


 「彼らがいいと言ってるんですから、貰ってしまいましょうよ。こういうのはお礼を受け取って貰えない方が困ってしまいますよ」


 ハブラタと族長がうんうんと頷いた。

 ということで俺は不思議な鉱石を貰った。リーネの花を全て取り出してすっからかんになったマジックポーチに入れる。


 ハブラタにさらなる礼として娘を嫁にと提案されたが、それは流石に丁重にお断りした。これに関してはサフランとガーネットも受け取るのに断固反対していた。


 こうして俺たちは村人からの感謝の言葉を受け取りながら村を後にした。ガーネットも村に残らずに俺たちと来ることになった。


 ガーネットは闘気を纏えないようなので、俺がおんぶして走る。


 アジトに帰る前に俺たちは白竜の死体を見に行った。調査した結果、白竜には人を食べた痕跡はなかった。


 「私が被害者第1号になっちゃうとこだったね」


 「死にかけたのに、もうそんな冗談を言えるんだ…」


 「たびたび山脈からこの森の方へ降りてきていた白竜は全て同一だと村人たちが言っていたので、おそらく白竜はスラムの失踪事件とは関係がなかったんでしょうね。早く私たちもスラムに向かいましょう」

 

 スラムの神隠しの原因解明という目的こそ果たせなかったが、ガーネットと白竜の民を救い、さらに高価そうな鉱石を貰うことができたので、完全に無駄な寄り道だったというわけでもないだろう。


 白竜の調査を終えた俺たちはアジトに向かって再び走り出した。


 ちなみにこの白竜の死体は後で騎士団に回収してもらって、素材を有効活用する予定だ。魔獣に荒らされないように土のドームで保護もしておいた。


 素材の剥ぎ取りなんて一見すると白竜を信仰する白竜の民に怒られてしまいそうな行為だが、ちゃんと村で許可は貰ってある。


 そもそもなんと彼らにも白竜の死体を白竜からの恵みだとして有効活用する文化があるらしい。おそらく白竜の死体を放置したら魔獣が寄ってきてしまい、村が危険になるからという理由でできた文化なのだろう。


 ということで俺たちは堂々と白竜の素材を手に入れることができたのだ。

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