第22話 呪い
俺がマジックポーチから取り出したバケツ一杯分ほどの花を見て、驚くサフランと男たち。
「なんでフール様がこの花を?しかもこんなに大量に」
そういえば会議室でリーメルにこの花を分けたときにサフランはあの場にいなかったんだったか。俺はこの花をダンジョンで拾って魔獣避けに使っていたことを話した。
「この花は周囲の魔素を吸う性質があるので、それで魔素を源に活動する魔獣が嫌がったのでしょう。これだけの花があれば、数百人の命を救えますが…」
俺が他人のためにこの花を手放すのか聞いているのだろう。
「もちろん使っていいぞ。人命最優先でしょ」
「え、いいのか…」
ハブラタたちが貴重なものをくれることに驚いている。まあアジトに帰ればリーメルにあげたのがあるしな。
しかしここで台座の下から声が轟いた。
「何をしておる貴様ら。白竜様を殺した人間の言葉に耳を傾けるな。掟に従って最後まで戦い抜け」
「族長…」
族長と呼ばれた男はジャンプで台座の上まで登ってきた。年老いてはいるが体は締まっており、この場ではハブラタの次に強そうだ。
族長の登場に便乗して数人の若い男たちが声を荒げた。自分たちを襲う現象が病とまだ信じられないようだ。
「みんな騙されるな!こんな恐ろしい症状が病なわけないだろ」
「そ、そうだ。適当なことを言って誤魔化そうとしてるんだ。この黒髪の男がさっさと血を流せばそれで終わるんだ」
「花なんていいから血を寄こせよ。そうすれば白竜様が救ってくださるんだ」
族長と若い男たちは武器を構えた。
最強の戦士のハブラタを倒した俺に楯突くとは威勢のいい人たちだ。解決しそうだったのに話の腰を折りやがって。では気が済むまで相手をするしかないか。
しかし俺が動くより先にサフランが激怒した。
「ふざけたことを言うな!」
あまりの気迫に族長たちは萎縮してしまう。俺も敬語で穏やかなサフランしか知らないので驚きを隠せない。
「白竜は神でもなんでもありません。ただの魔獣です」
神を侮辱され「なんだと…?」と怒りを爆発させそうな族長たちを無視して、サフランはさらに言葉を続ける。
「この山脈の向こう側には数年前までとある小国がありました。私の祖国です。様々な種族が暮らす平和な国でしたが、その栄華は一晩で崩れ去りました。白竜の群れに襲撃されたせいで」
白竜によって滅ぼされた国があるとは彼らも知らなかったのだろう。驚いた様子でサフランの話に聞き入っている。
「大昔は知恵のある竜もいたという話ですが、今ではおそらく全ての白竜が理性のない魔獣に成り下がってしまいました。そんな白竜を操ろうとした愚か者が人間の血肉を使って白竜を呼び寄せた結果、国が亡ぶことになったのです。白竜の力を利用しようとする罰があたると隣国は私たちの犠牲から学びました」
人間の血肉を使って白竜を呼び寄せるというのは、この森の民族の生贄の儀式に通ずるものがある。これからも同じように儀式を続けて、サフランの祖国と同じような末路を辿ってほしくないという願いや怒りがサフランの言葉から感じられた。
「滅びゆく祖国から逃げた私はこの国のスラム街へたどり着けました。道中で両親を失った私にスラムでリーメルという友が出来ました。しかしあるときリーメルと二人で人狩りに捕まり奴隷として働かされることになったのです」
ん?
なんか話の本題が分からなくなってきたな。白竜がどうこうって話じゃなかったっけか。ハブラタや男たちは気にせず真剣に聞いているようだが。
「国が滅び、親をなくし、奴隷になり、もう死を待つしかないと思っていました。しかしそんなときに私を助けてくれた救世主がこのフール様なのです」
「…なんの話?」
サフランは声を荒げて俺を手で指し示した。なんで白竜から俺の話になったのだろう。ハブラタたちは困惑気味に俺の方を向いている。
「そんな彼に血を流せと言うなら、今度は私があなたたちの相手をします!無論村が滅ぶまで!」
「何を言い出してんだお前は!白竜は危険な存在だから儀式は止めてねって話じゃなかったのか」
「いえ、そんなことよりフール様に血を流せと言ったことを謝らせたくて。せっかくフール様がリーネの花まで用意してくれたってのに、こいつときたら…」
こんなに頭がおかしい子だったかな。俺は闘気全開で今にも飛び出しそうなサフランを抑える。てかこいつの闘気かなり強いな。ハブラタ以上じゃないか。その気になったら本当に一人でこの民族を滅ぼしかねない。
その様子を見た若い男たちはすっかりさっきまでの勢いを失ってしまったようだ。
しかし引くに引けなくなったのか、それでもなお族長だけが反論してきた。
「しかし村には掟が…」
「もう黙っていてくれ」
そんな族長を諫めたのはハブラタだった。
「族長になんて口の利き方を。我ら白竜の民は800年もの間、同じように生きてきたんですよ。それを今さら…」
「白竜様の儀式は元々、村の近くに白竜様を招くことでその近くに魔獣を寄りつけさせなくするためのものだ。病に対して行う生贄の儀式はただの気休めにしかならないと考える村の者も少なくない。皆も本当は分かっているんじゃないか」
元々は白竜の威を借ることで森に安全圏を生み出す文化だったのだろうか。これには族長と若い男たちも反論できないようだ。
「それに助けの手を差し出してくれない不確定な神に祈るより、俺たちの身を案じてくれる人間の声を聞きたい」
このハブラタの言葉で族長はついに折れ、俺に向かって頭を下げてきた。
「たしかにハブラタの言う通りかもしれないな。私も族長として村のためになる選択をしよう。さっきまでの無礼な態度、大変申し訳なかった外の人。私たちの村をどうか病から救ってください」
俺は赤髪の少女にも謝罪することを条件に村を助けることにした。赤髪の少女もこれで命の危険はなくなったと安心したようだ。
俺はサフランに「あとはよろしく」というと、サフランは族長に声をかけた。
「フール様の慈悲に感謝しなさい。では早速村で薬を作りましょう」
こうして俺たちは彼らの村へ案内されることになった。
「人々の思考を凝り固めてしまう古い掟こそ、呪いなのかもしれないな」
ハブラタがそう呟いた。
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