第21話 病
「ハブラタさん!?」と男たちは慌てている。おそらく彼らの中で一番強いであろう戦士ハブラタが負けるとは想定外だったのだろう。俺は上空からゆっくりと降下して台座の上に戻ると彼らに声を掛ける。
「もう降参しろ。こいつもこれくらいでは死んではいないだろうが、もう戦闘不能だろ」
しかし当のハブラタはヨロヨロしながらと立ち上がった。それでも満身創痍といった感じだが。とてつもないタフネスだ。
「このままでは村が滅んでしまう。家族のためにもここで確実にお前を…ゴホッ」
ハブラタが吐血した。内臓をやられたのだろうか。
「もうやめてください!あんたの体ももう呪いに侵されてるんですから」
「うるせえ。お前らじゃああいつに勝てねえだろが」
どうやらこの人たちの村は呪いとやらに苦しめられているようだ。よく見たらたしかに顔や胸部の皮膚の色が黒色っぽく変色しており、呼吸を荒げている。他の男たちの体にも同じような症状が出ていた。そんな相手を痛めつけたとなると少し申し訳ない気持ちになるな。
「クソッ、呪いさえなければハブラタさんがあんた奴に負けるはずないのに…」
「戦士が言い訳をするんじゃねえ!みっともない。おいあんた」
「え、俺?」
急に矛先が俺に向いた。
「勝敗は決した。俺に止めをさせ。足りないかもしれないが、少しは白竜様の怒りも静まるだろ」
「ハブラタさん!?」
なんか止めを刺すお願いをされてしまった。嫌だなー。この人たちには人狩りと違って恨みもないし。
ハブラタの眼はもう焦点が合っていないし、立っていられず座り込んでしまった。他の男たちも、「ハブラタさんを戦士として死なせてやってくれ」と懇願してくる。もう俺が楽にしてやるしかないのか。
「わ、分かったよ。やればいいんだろ」
俺は渋々構えた。使う技は”風刃”。”形状付与”で鋭利に形成した空気の塊を”ベクトル付与”で飛ばす技だ。先ほど白竜の首を切り落としたのもこの技である。
「お疲れ様ですフール様」
そんな男たちの修羅場にサフランが割って入ってきた。サフランの後ろにいる生贄の少女を見て槍を構え直しそうになる男たちだったが、俺が睨みつけるとすぐに姿勢を正した。
「この人たちはもしや石化病じゃないですか?」
「石化病…これが病だと言うのか」
サフランの発言に真っ先に反応したのはハブラタだった。俺も他の男たちも病という発言に驚いている。知識がなければ、人間の皮膚が黒くなる現象なんて呪いと判断してもしょうがないと思う。
俺は病気と聞いて、急いでこの場にいる全員に”状態異常耐性付与”をした。これは予防の魔法なのでもう発症しているハブラタたちには意味がないと思うがついでにかけておいた。
俺はサフランに詳しい説明を求めた。
どうやらこの石化病はこの大陸ではかなり有名な奇病らしい。数十年前に流行った病で、発症者の魔力を元にして体が黒色の石になっていくというものなんだとか。まずは体表から石化しはじめ、徐々に体の内側の筋肉や臓器が石化して死に至る。
ハブラタは胸部が黒く石化しているので、もしかしたら心臓が石化しかけていて苦しんでいるのかもしれない。そう考えた俺は、ハブラタの胸に手を当てた。
「止めを刺す気になったか?」
「この流れで急に殺すわけないでしょうが」
俺はハブラタの胸部に付与術をかけた。次の瞬間ハブラタはひどく咳き込んだが、しばらくすると顔色が良くなり出した。
「ハブラタさん大丈夫なんですか?」
「ああ…さっきよりも呼吸が楽になった。何をしたんだ」
ハブラタが驚いた様子で俺に問いかけてきた。
「俺の魔法で石化した部分に”弾性”を付与したんだ。これで臓器の機能が多少マシになったんだと思う」
「お前を殺そうとした俺になんでそんなことを…」
「死なれたら後味が悪いでしょ。村のために戦っていたわけで悪意があったわけじゃないだろうし。まあだからと言って、俺が死ぬわけにも、この子を殺させるわけにもいかないんだけど」
男たちが俺に向けていた警戒心が和らいでいく気がする。サフランはなぜか自分が褒められているかの如く自慢げに胸を張っている。赤髪の少女はそんなサフランを不思議そうに見ている。
「でもこれは単なる応急処置にしかならないと思う。俺の付与が解けたら元通りだから」
それを聞いて男たちの表情が再び曇る。俺はこの病の治療法を知っているであろうサフランに尋ねた。
「正直、治療は難しいですね…」
この石化病を治す特効薬は存在するらしいが、それの調達が困難らしい。
というのも特効薬に必要な”リーネの花”という花が自然界には存在せず、遠く離れた帝国で人工的に栽培されているものしかないらしい。数十年前にこの病が大陸中で流行ったときに、カーラはその花で作った特効薬を各国に高値で売り付け、それを元手にして今の帝国を作り上げたらしい。
もしかしたらこの石化病もリーネの花もカーラが召喚したもので、一連の騒動がカーラのマッチポンプだった可能性も否めないな。
「帝国から取り寄せるにしても時間がかかりますし、そもそも必要な数だけ買えるのかも分かりません…」
俺たちは項垂れた。
彼らの村は300人近い住民がいるらしいが、その半数近くが病で臥せっているらしいし、他の人間もまだ発症していないだけで感染はしているかもしれない。その全てを救うとなるとかなりの数の薬が必要になるだろう。
「この森は大昔から様々な魔獣や植物が繁栄している。自然に咲いている可能性はないだろうか」
男の一人がサフランに聞いた。
「青い花弁に白い2本線が入っている花です。誰か見たことは?」
サフランが花の特徴を伝えたが、この場の誰も見覚えがないようだ。ただ一人俺を除いて。
「あのー。その花なら持ってるんですけど」
「「「え!?」」」
俺はマジックポーチから大量の花を取り出した。先ほどリーメルにおすそ分けした例のあれだ。
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