第16話 地下から戻った救世主
古谷柔理がダンジョンに落とされてから、伊織葵と楠木凛が帝国の城を抜け出してから実に約2か月もの月日が経った。
ここはかつて奴隷たちが労働させられていた中央王国の採掘場。かつて古谷柔理によって反乱が起き、奴隷が解放された地だ。
2か月前の反乱が起きてから鉱山運営は中止になっており、すでに人の気配は全くなく、至る所に雑草が生え始めている。
そのはるか上空に突如、一人の男が現れた。
まるで最初からそこにいたかのように、いきなり現れたのだ。
その男はボロボロの服を纏った、左頬に傷跡がある黒髪の少年だった。
◇ ◇ ◇
「うわっ!」
目が眩んだ俺は反射的に目を細める。
だが悪い気はしない。久しぶりの太陽の光だ。
ようやく目が慣れて下を見渡すと、かつて自分が働いていた奴隷施設の光景が広がっていた。
「や、やっと地上に出れた…」
俺は今、空を落下しているようだ。女帝に飛ばされたときと同じ状況だが、今はあの時より使える魔法も増えているので安全に着地できるだろう。
地下から無事に生還できたことで思わず笑みがこぼれる。
一体どれくらいの間地下にいたのだろうか。1か月はくだらないだろう。気が狂いそうになるほどにひどい地下生活だった。
まずあの日、赤髪によって落とされたのは、この土地の下に眠るダンジョンの最下層だった。なんとか”弾性付与”をして無事に着地した俺は、地上に帰るためにダンジョンの攻略を開始した。
残念ながら”形状付与”でダンジョンの床や天井に穴を開けることはできなかった。おそらくズル防止のためになんらかの術が施されていたのだろう。
そんなダンジョンに巨大な穴を開けた赤髪の魔導士は一体何者だったのかはまだ分からない。ただ規格外のとんでもない魔導士であったことはたしかだ。
ダンジョンでは常に”魔力付与”をかけて臨戦態勢を維持しつづけ、あらゆる罠や環境を耐性の付与を駆使して乗り越え、倒した魔獣を喰らってひたすらに地上を目指した。
”状態異常耐性付与”のおかげで魔獣の肉を食べても死ぬことはなかった。新たに作った”摩擦付与”で火を起こして焼いて食べたが、あまりおいしくはなかった。
だがどれだけ上の階層に登っても一向に地上に出れる気配がなく、一度は脱出を諦めかけた。
そうして気力を失い、ボーっと横になっているときに、俺をここに突き落とした犯人である赤髪の魔導士の魔法のことをふと思い出す。
あいつはあの日、突如として俺の横に現れ、ダンジョンを最下層までくり抜いた。さらに俺が最下層にたどり着いた直後にくり抜いた部分が元に戻っていた。
ここから俺は奴の力が”空間魔法”のようなものであることに気づく。ダンジョンを一時的にくり抜いたのも空間魔法なら納得がいく。
俺の警戒網を搔い潜って俺の横に急に現れたのも、テレポートの類の魔法だったに違いない。そこで俺はある天才的なアイデアを思い付いた。
じゃあ俺もテレポートを使ってみよう!と。
この答えに思い至った俺は新たに”
「なかなか大変な地下生活だった。だがおかげでかなり強くなることができたな」
地下での生活で分かったことは、俺の付与術は俺が必要だと思ったことならある程度なんでもできるということ。発想次第でいろんなことができる最高に自由な能力なのだ。
ただし”付与”や”強化”の解釈から極端に外れたことはできない。
まあ座標という概念を上書き付与することで、違う座標にテレポートするなんていう解釈が許されるわけだから、かなりなんでもありではあるが。
なぜ突然こんな力に目覚めのか分からないが、別に知る必要もないだろう。この世界で生き延びて元の世界に帰るためにただ利用するだけだ。
それにしても俺をこんな目に合わせたあの赤髪の魔導士は一体何者だったんだ。次会ったら容赦はしない。
俺は地下生活のことを振り返り終えると、ゆっくりと地上に降り立った。
「まずは水だ。水!」
ダンジョンにも水場はあったが、基本的に汚れていてとても苦痛だった。生きるために我慢して飲みはしたが、綺麗な水を欲してやまなかったのだ。
四元素の魔法の内、土魔法は”形状付与”で、風魔法は”ベクトル付与”で、火魔法は”摩擦付与”で再現できるんだけど、水だけはどうにもならなかったんだよな。
「水ならこれどうぞ」
突如背後から声を掛けられた。
「お、ありがと…って出たぁ!」
俺はとっさに臨戦態勢を取り、空に浮かび距離を取る。またこの前の赤髪が現れたか。背後を取られることが若干トラウマになってるっていうのに。今度はやられる前にこっちが倒してやる!
だが振り向いた俺の目に入ったのは赤髪の男ではなく、薄緑の髪をしたエルフの女性だった。以前よりさらに美人になっているが、その顔を忘れるはずがない。
「サフラン?」
「そうですよ。なんですか人を化け物みたいに」
「ごめん…久しぶりだね」
「2か月ぶりですよ」
こうして俺は情けない姿をさらしつつも、数か月ぶりにサフランと再会することができた。地上に出れた喜びのあまり周囲への警戒を怠っていたな。サフランは俺が醜態を晒したのを気にせずに、ニコニコしている。
しかしまさか俺が地下にいた間に2か月も経っていたとは。
サフランは以前より背も伸び、髪も綺麗になっている。さらには汚れ一つない黒い服と白いコートに身を包んでいる。とてもスラム住みの人間とは思えない見た目だ。どこか違うところへ移住したのだろうか。
「また会えて嬉しいよ。背伸びた?」
「私も嬉しいですよ。でも私の背も伸びましたけど、フール様の方が伸びていますよ」
さっきから感じる違和感はこれか。サフランの等身が高くなっている気がするのに、目線の高さが以前より少し開いた気がしたのだ。どうやらこの数か月の間で、サフランだけでなく俺も体が成長していたらしい。地下で健康的とは言えない生活をしていたというのに伸びるものなんだな。これが成長期か。
「長いこと会えなかったからなぁ。サフランは髪も服も綺麗になっちゃって。一瞬誰か分からなかったよ」
「ふふ、ありがとうございます。あ、そうでした。こちらがフール様の分の服です。私たちと同じデザインのものしかないんですけど」
「服?ありがとう」
サフランと同じ白いコートと黒い服を手渡された。まさか俺の分も用意してくれているとは用意周到だな。今の俺は数か月間地下で着続けたボロボロの服なので、この綺麗な服はありがたい。
サフランが後ろを向いてくれている間にささっと着替えて、受け取った水筒から水を飲んだ。
しかしそもそもなんでサフランがここにいたのだろうか。2か月間もずっとここにいたわけでもないだろうに。しかし質問をしようとしたところで、サフランが何やら魔法の詠唱を始めてしまった。
「お互い積もる話もありますが、まずはみんなと合流してからにしましょう」
空に向けたサフランの手から光の玉が打ち上げられ、上空で小さく爆ぜた。信号弾か。
この合図を受けて周囲から数十人もの人間が集まってきた。種族は様々だが全員が女性だ。大勢の知らない人の中にはリーメルとナッカもおり、微笑みながらアイコンタクトを取ってくる。
気になるのは、全員が俺とサフランと同じ服装をしていること。何かの制服なのだろうか。
「思ったよりも人が多いんだけど。それにこの人たちは?」
俺の疑問にサフランが自慢げに答える。
「私たちはフール様の意志を継いで弱者を助ける、革命軍のメンバーです」
「かく、めいぐん?」
何をやっているのだろうか、この子たちは。
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