第9話 走馬灯
サフランと別れ、リーメルと共に魔素溜まりに落ちてしまった。意識が遠のいていく。
打開策を見つけるために”粘着性付与”や”滑性付与”や”軟性付与”など様々な新技を編み出すが、どれも現状を打破するだけの性能はない。万策尽きたか。
おそらくこのままでは魔素に侵されて死ぬだろう。
しかし意識がなくなるまでの時間は圧縮されたように遅く感じ、この間に俺の脳内では走馬灯が駆け巡っていた。
教育熱心な両親の束縛が苦手だったせいか、思い出すのは日本のときのことでなく、この世界に来てからのことだった。
女帝カーラの召喚魔法でこの世界に来た時に、剣と魔法の世界と言われて信じられなかった俺たちだったが、カーラが魔法で骨折した俺の脚を治癒したことで信じざるをえなくなった。
そしてカーラに才能を鑑定してもらうことになった。才能とは具体的には職業の適正を表すらしい。
戦闘職以外にも非戦闘職の才能までこの世には存在しているらしいが、全ての人間が持っているわけではない。調べる方法が限定的なので、みな自分に才能があるのか、どんな才能なのかを手探りで調べていくのが一般的らしい。これは元いた世界と同じだな。
だがカーラによって異世界から召喚された英雄の俺たちには全員に戦闘職系の才能が与えられ、しかもカーラの水晶によってどんな才能があるのかを調べてもらえるので、一般人よりも格段に速い速度で成長することができるんだとか。
まあ俺の才能の”付与術師”は並みより少ない魔力量と相まって無能と評されるものだったが。
「私はビーストテイマーだったよ。飼育員さんみたいだね」と葵が嬉しそうに話しかけてきたな。魔獣と心を通わせ、使役することができる強力な才能らしいが、俺はなんと反応したんだったか。
才能鑑定が終わると戦闘訓練が始まった。
女教官に3人組を組めと言われて絶望していた俺に「一緒にやろう」と声をかけてくれたのが葵だった。いい奴だなとは思っていたが、一ノ瀬が言うには俺に気があるらしい。俺は彼女の事をどう思っていたのだろうか。今となってはどうでもいいことだが。
訓練のもう一人の仲間は楠木凛。茶髪のハーフツインが可愛らしい女性で、葵の友達らしい。楠木さんの才能は”魔法剣士”。魔法職らしく魔法操ることができる上に、物理職らしく闘気という、魔力による自己強化技術も使えるハイブリッドな才能だ。
グループ内で一番早く魔力の扱いを掴んだ彼女は、俺と葵にそのコツを指導してくれた。
「違うわよ!もっと”流れ”を感じるの!血みたいに」
「凛ちゃん、そんなこと言われても… そもそも血の流れすら感じられないし」
「うん、全く分からない」
楠木さんが感覚派なのが問題だったな。それでもなんとか俺と葵も魔力を認識することができるようになった。それからは各々の才能にあった特訓だ。教官のアドバイスを受けて、葵は狼とネズミの魔獣をそれぞれ使役できるようになり、楠木さんは闘気と火炎魔法を覚えた。
「見てみてこれ!大車輪斬り!」
「どんな身体能力してるの凛ちゃん」
二人とも楽しそうだったな。そんな中俺だけ魔法の習得が遅くて、二人には練習に付き合ってもらった。
付与術師の基本魔法のうち、”魔装付与”はどうにか覚えれたが、”身体能力強化”はどうしても習得できなかった。そこで別の魔法を覚えようと二人は提案してくれた。
そして葵の麻痺毒持ちのネズミ魔獣との手合わせの中で”状態異常耐性付与”を、楠木さんとの手合わせの中で”火炎耐性付与”を覚えた。あのときは嬉しかったな。3人で喜びを分かち合ったものだ。
でもその努力も女帝と一ノ瀬の前では無駄になってしまったんだが。
そう。もう全て手遅れ。俺はここで死ぬ。全て無駄だった…
違う。
薄れゆく俺の意識が覚醒する。
「そうだ。この力なら」
俺は急いで自分とリーメルに”状態異常耐性付与”をかけた。体をむしばむ魔素のせいで魔力なら無尽蔵に湧いてくる。できるだけ多くの魔力を使って強力なのをかける。
この魔素はある種の毒のようなものである。大量の魔素が体内に入ると初期症状として頭痛や吐き気がし、そしてやがて死に至る。”状態異常耐性付与”ならこの毒から体を守ることができるのではないかと思いついたのだ。
「よし…治った!」
結果は成功だ。体内にはまだ魔素が満ちているが、これが俺の体を害することはもうない。
葵たちとの努力の結晶が、彼女たちの絆が俺の命を救ってくれたのだ。
リーメルは気を失っているが、呼吸も安定して命に別状はないだろう。
では次はここからの脱出だ。
瓦礫や天井にさっき編み出した”軟性付与”をかけても、柔らかい石が溶け落ちてくるだけで脱出は難しい。そこで俺はナッカの錬成魔法から着想を得た”形状付与”という新技を編み出した。対象に新たな”形”を与える付与術だ。
この魔法で地上まで続く大穴を開けた。
次に自分の体を”ベクトル付与”で操作し、一気に地上まで飛び出たのだった。思っていた通りこの技なら空も飛べる。
地上に出ると何やら不穏な空気が漂っていた。そういえば領主が来るとか言っていたか。
視界には倒れるサフランと、剣を向けられたナッカ。そんな二人が泣きそうな顔で俺を見て「ジュウリ!」と叫んだ。何が起きているのか具体的な事情は分からないが、友達が傷つけられているのは分かった。
俺は”ベクトル付与”で飛翔すると、ナッカに剣を向けている男に蹴りを入れた。
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