第8話 貴族の来訪 サフランside

 サフランは看守に続いて地上に出た。施設中央の広場には奴隷が集められており、その周囲を囲むように看守が配置されている。


 「お前も早くあそこに混ざるんだ」


 看守に命令されたサフランは奴隷の集団の端にナッカを見つけ、その隣まで走っていった。他の奴隷たちと同じように正座をする。立ったまま領主を迎えるわけにはいかないのだろう。


 「なんで領主が来るんでしょうね」


 「サフランじゃない。あれ?ジュウリとリーメルは?」


 「地下で崩落にあって離れ離れになってしまって。すぐに追うと言っていたのですが…」


 サフランは心配そうに坑道の方を振り向く。


 ジュウリは対象の性質を変える魔法を使える。その力があれば瓦礫を柔らかくして掘り進んで脱出するくらいわけないと思ったのだが、その予想に反して二人はなかなか出てこない。


 「ねえそれって、魔素溜まりの被害にあってたりしないわよね…」


 「そんな!」


 たしかにさっきの崩落で向こう側が魔素溜まりと繋がった可能性は十分にある。それなら二人がいまだに外に出てこないのにも説明がつく。

 サフランは二人の安否を確かめるために急いで坑道に戻ろうとするが、それは看守によって止められてしまった。


 「何をしてる貴様」


 「友達が魔素溜まりの被害にあってるかもしれなくて!助けにいかせてください」


 「ダメだ。それが事実だとして、すでに魔素溜まりの被害にあっているのなら、今さら戻っても手遅れだろうしな。そもそももう領主様が来られるんだ。大人しくしてろ」


 サフランが頭が真っ白になった。ジュウリとリーメルが坑道から戻ってこない。死んでしまったかもしれないのだ。サフランの目からは涙が流れてくる。


 「ジュウリはいろんな魔法が使えるんでしょ?ならきっと大丈夫よ」


 ナッカが背中を擦ってくれる。しかし彼女の慰めの言葉を聞いてもサフランの心は全く晴れない。


 そんな時、この場の空気が変わった。領主が乗った馬車がこの広場に到着したのである。馬車の横には数十人の騎士と長身で剣を装備した浮浪者のような男、人狩りグルフが追従していた。ナッカにとっては父の仇であるため悔しそうに唇を噛みしめている。


 馬車が止まると中から太ったおっさんが出てきた。あれがこの一帯を統治する領主なのだろう。この鉱山採掘も彼が始めた事業であり、つまりは奴隷たちがこの施設で働かされることになった元凶でもある。


 「ご足労いただき感謝いたします。グレイブウッド男爵」


 「うむ。実際に私もグルフの調査の報告が真実か自分の眼で確かめたかったのでな。先ほど見てきたがたしかに入り口があった」


 所長に挨拶されても目を合わせずに偉そうに答える貴族。

 グルフが何かの調査のためにこの施設に滞在していたのか。しかしその内容まではサフランには分からない。ただなんとなく嫌な予感がした。


 「ではこの奴隷たちは…」


 「私から話そう」


 そう言って男爵は所長を遮り、奴隷たちの前に出て話し始めた。いささか無防備な気もするが、奴隷が襲ってきてもグルフや騎士が守ってくれるという自信があるのだろう。


 「君たち奴隷が毎日掘っていた希少な鉱石である魔石だが、あれはどうやって生まれるか知っているかな。普通の岩石が長年かけて大量の魔素を浴びることで魔石に変質するんだ」


 急に石の話をしてどうしたんだろうかとサフランたちは困惑するが、質問をするような愚かな真似はしない。奴隷が男爵の話を遮ったとなれば即処刑されてしまうからだ。他の奴隷たちもただ黙って話を聞き、男爵は淡々と話を進める。


 「この鉱山には異常なほどに濃い魔素が充満している。その原因をここにいるグルフに依頼して調査したところ、なんとこの山の下には巨大なダンジョンが埋まっていることが判明した」


 ダンジョンとは魔獣が巣食う地下迷宮である。古代の人間が人工的に作ったものなのか、はたまた自然に発生するものなのかは分かっていないが、唯一明らかなのはダンジョンが鉱山以上の魔石の宝庫であり、宝物やレアな魔獣もいるため金になるものであるということ。


 「そこで我が国はこの魔石採掘を取りやめ、ここにダンジョン都市を作ることにした。山の整地などは宮廷魔術師がやってくれるそうだ」


 サフランは嫌な予感がした。自分たちがやらされている魔石採掘を止めるのなら、一体自分たちはどうなるのかと。


 「ということなので、お前ら奴隷は本日をもって殺処分することにする」


 男爵は冷酷に告げた。

 奴隷たちがざわめきだした。まさかこんな唐突に殺されることになるとは誰も思っていなかったのだ。


 そんな中で一部の奴隷が男爵に歯向かった。


 「ふ、ふざけんじゃねえ!今まで従順に働いてきたのに殺処分だと?」

 「そ、そうだ!逃がしてくれたっていいだろ」

 「やるってんならタダで殺されるわけにはいかねえぞ」


 それに呼応してさらに大勢の奴隷が追従する。だが次の瞬間には彼らは胴体を真っ二つに切られ、沈黙していた。人狩りグルフの斬撃によるものだ。


 「お前らを逃がしてどうなるんだ。盗みでもして生きながらえるつもりか。領内の治安が悪くなり、私の民が迷惑を被るだろう。そんなに生き延びたいならグルフに挑んでみたらどうだ」


 「次はどいつだ。早く終わらせよう」


 男爵とグルフは冷たく吐き捨てた。


 領主の言い分も分かるが、それにしたって死ぬのは嫌だ。しかしもう誰もグルフに挑むだけの勇気はない。彼は一人で中級の白竜を撃破したと言われる男だ。そんなのに丸腰で挑んだところで勝てるわけがない。


 誰も動けなかった。やはりこいつがいる限り自分たちは脱出なんてできないとサフランは再認識した。


 「なんだ来ないのか?」


 「ではもう全員殺処分してしまえ」


 「任せてください。そういえばこの前の暴動で一人だけ生かされた錬成魔法の使い手がいたな」


 そう言ってグルフは集団の端にいたナッカを黙視すると、その目の前まで跳躍した。


 「お前だな。俺は今まで狙った獲物は逃がしたことがない。それなのにこの前はお前だけ生かせと命令されて、それからずっと気持ち悪かったんだ。お前を殺さないとこの気持ち悪さは晴れねえよな」


 剣先がナッカに向けられる。


 「や、やめて…」


 ナッカではない。この言葉はサフランから出ていた。自分でもなぜ口走ってしまったのか分からなかったが、勢いに任せて立ち上がりそのままグルフに立ち向かった。


 「もう私から友達を奪わないで!」


 「なんだてめえ!」


 サフランはグルフに蹴っ飛ばされてしまった。あばらに激痛が走る。


 「サフラン!」


 「こいつをやったらすぐに全員送ってやるからよ。だがまずはお前からだ。これでようやく平穏な日常に戻れるぜ」


 ナッカは動けなかった。グルフに対する恐怖もあるが、自分の失敗のせいで父親たちが死んだことを再認識し、自分は死んだ方がいいのではとさえ考えていた。


 サフランもナッカもこの世に救いはないのだと絶望した。ただもし奇跡が起きるならと、叶わぬことと分かっていても祈り、小さく呟いた。


 「誰か助けて…」と。


 次の瞬間。


 ドーーーン!


 広場から少し離れたところの地面が突如として爆ぜた。地下まで続く大穴が空いている。


 この場にいる全員が、何が起きたのだとその方向を見る。ナッカに斬りかかろうとしていたグルフも手を止めてそちらに見入っている。


 一番最初にに気づいたのはサフランだった。


 「あれは…」


 大穴の真上に一人の男が浮いていた。左手に青髪の少女を抱えた黒髪の少年。ジュウリがそこにいた。


 どうやったのかは分からないが、地下から二人が戻ってきたのだ。


 次いでナッカもジュウリの姿を確認する。太陽の逆行を浴びながら宙に浮かぶその神々しい男を見て、二人はとっさに叫んでいた。


 「「ジュウリ!!」」


 次の瞬間、目にもとまらぬ速さで飛んできたジュウリが人狩りを蹴り飛ばした。


 「くっ!」


 「え、なっ!ぎゃー!」


 飛ばされたグルフは男爵も巻き込みながら、乗ってきた馬車に突っ込み大破させ、それでもなお勢いが止まらず後方に詰まれた石ブロックに突っ込んで砕き割っていった。


 ここでようやく他の奴隷もジュウリを認識する。


 「人狩りがやられたぞ」

 「あの黒髪は何者なんだ」

 「おいあいつ、昼間に空から落ちてきた奴じゃないか?」

 「あの方は救世主様だったんだ!」

 「俺らも救世主様に続け!殺されるくらいなら戦うぞ」


 ジュウリが絶望の象徴たるグルフを吹き飛ばしたのを契機に、先の暴動で折れた彼らの闘志に火が付いた。


 「ど、奴隷の反乱だー!」


 一連の出来事をようやく理解した所長が叫び、戦いの火ぶたが切られた。

 

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