第7話 魔素溜まり

 どうやらサフランの話では、先の暴動とはナッカの錬成魔法を利用した数十人の奴隷の脱走劇だったらしい。


 ナッカは元々、錬成魔法のことをここで友達になったサフランとリーメル、それと一緒にこの施設に来た父親にしか教えていなかった。


 だがある日、坑道が崩れてサフランとリーメルが生き埋めになったときに、二人を助けるために錬成魔法を使った。この様子を一人の奴隷に見られてしまったらしい。


 こうしてナッカの能力は施設中の奴隷たちの噂になり、この力を利用して脱獄しようという話になってしまった。鎖も檻も、さらには壁すらも無力化できる能力が手に入ったのだから、脱出に利用したいと思う奴隷が出てくるのは当然だろう。


 ナッカやその父親は危険だからと乗り気でなかった。特にナッカは作戦の逃走経路上、友達のサフランとリーメルの入った檻は解放できないので、二人を置いて自分だけ逃げたくないという気持ちもあったのだろう。


 だが結局この作戦は決行することになってしまった。


 作戦が始まるとリーメルは自分の入った檻と、逃走経路上にある3つの檻を錬成魔法で破壊した。一つの檻にだいたい30人が入っているので、約120人の奴隷を解放したことになる。


 しかし問題が起きた。

 看守にバレずに壁までたどり着けたが、彼女の錬成魔法でも壁に穴を開けることはできなかったのだ。これはこの国の宮廷魔導士が魔法で作った壁だからだと、捕まった後で看守に聞かされたらしい。


 壁に穴を開けて逃げる作戦が失敗した奴隷たちは予定を変更し、壁の下を掘ることにした。しかしナッカの錬成魔法があっても時間がかかってしまい、駐在していた元A級冒険者の人狩りグルフに感づかれてしまったらしい。


 他の看守も来て乱戦になり、一方的な展開でこの反乱は鎮圧されてしまった。


 ナッカはその魔法の有用性から生かされたが、それ以外の奴隷は全員グルフに殺されてしまった。もちろんナッカの父までも。


 この話は最近になってようやく心の整理がついたナッカがサフランに教えてくれたらしい。


 「ナッカはそんなつらいことがあったのか。それにその話通りなら人狩りグルフっていうのも厄介そうだ」


 自分の魔法で壁を突破できなかったせいで、父親と100人以上の奴隷が死ぬはめになった。その精神的苦痛は計り知れない。


 衰弱しているとはいえ奴隷たちはナッカが石から錬成した武器を持っていたらしい。その大半を人狩りグルフは一人で制圧したということから尋常でない強さだということが伺える。


 こいつの存在がサフラン達が脱出に否定的になる最大の要因だろう。こいつをどうにかする必要があるな。


 「じゃあ脱出する方法はまた考え直す必要があるな…」


 「でももう奴隷たちに脱出をするだけの勇気はありませんよ」


 「おいお前たち!」


 会話の途中で突如遠くから声をかけられた。看守だ。坑道内は危険だから入ってこないと油断していた。もしや脱出の話を聞かれたかと俺たちの間に緊張が走る。


 だが幸いなことに看守が切り出したのは別の話だった。


 「お前らが最後だな。今日はもう地上に戻れ」


 「え、もうですか?」


 突然のことでサフランが質問してしまい慌ててハッとしたが、看守は奴隷のくせに質問するなと怒ったりせずに理由を教えてくれた。


 「どうやら今から領主様が視察に来るんだとよ。それを奴隷のお前らも整列してお出迎えするってわけだ。分かったら早く走って上に戻れ。もう門の前まで来られているぞ」


 そう言って看守は去っていった。

 なんだか面倒なイベントが発生しそうな予感だ。


 「領主が来るなんて何事でしょうか」


 「嫌な予感がする」


 「でもとりあえず外に戻ろうか。行かなかったら後で懲罰くらうかもしれないし」


 俺がそこまで言いかけたところで坑道の天井と壁が崩れてきた。リーメルに岩石が当たりそうだったので、とっさに俺はリーメルを突き飛ばした。おかげで怪我人は出なかったが、リーメルと俺側とサフラン側で瓦礫によって分断されてしまった。


 「二人とも大丈夫ですか!」


 「大丈夫だ!怪我はしてない!」


 「おいお前ら何をしてる!早く上に戻れ!」


 音を聞いた看守が引き返してきたようだ。


 「あの、天井が崩れて友達が奥に取り残されちゃったんですけど」


 「そんなことより領主様をお出迎えする方が重要だろ!助けるなら後にするんだな。お前だけでも早く来い!」


 そんなこととはひどい言いようだな。看守は俺とリーメルを助けるつもりはないようだ。


 「サフランたちは先に行っててくれ。俺らは自分で抜け出して、すぐに後を追うから」


 「…分かりました。気をつけてくださいね。連鎖して周囲も崩れることがありますから」


 そう言って二人の足音は遠ざかっていった。


 「よしリーメル。この岩を柔らかくしてみるから、一緒に掘っていってくれ… リーメル?」


 返事が聞こえないので振り向いてリーメルの様子を確認すると、呼吸を荒げて体調が悪そうにしている。


 「どうしたリーメル?体調が悪いのか?」


 「ケホッケホッ。頭が痛い」


 咳と頭痛か。風邪でも引いていたのだろうか。栄養のある食事をちゃんと食べれていないし、屋外に設置された檻で寝ているからな。


 リーメルはそのままその場に座り込んでしまった。


 「おい、大丈夫か…」


 いや待てよ。というかこの症状ってもしかして…


 ここであることに気づく。リーメルが座り込んだ地面の横にさっきまではなかった穴ができているのだ。おそらくさっき天井が崩れた時に現れたのだろう。どうやら下に空間があり、そこと繋がっているようだ。


 いやな予感がするので、リーメルを抱えて離れようとしたが、直後にその穴が広がって俺たちは下の空間に落っこちてしまった。建物1階分ほどの高さしか落下しなかった上に、付与術で強化してあるのでケガはない。


 だがもっと重大な問題が発生した。


 「ケホッケホッ。これは… まずいな」


 俺もリーメルと同じ症状が出た。この頭痛はこの施設に来てすぐにも味わったことがある。初めての石堀りの最中に奥で魔素溜まりが出てきてしまったときだ。


 俺たちは魔素溜まりに落っこちてしまったようだ。


 魔素溜まりに突っ込んだ時の致死率は、ほぼ100パーセントである。


 「リーメル、大丈夫か…」


 返事はない。俺の意識も薄れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る