第6話 脱出の希望

 「今から魔素溜まりで亡くなった人たちの回収作業があるので、私たちは違う場所で働きましょう」


 サフランに言われて次の現場に向かう道中で崖下を見ると、奴隷が収容される区画が眼下に広がっていた。大型トラック程のサイズの檻が40個以上設置されている。


 リーメル曰く、一つの檻に30人が入るので、この施設ではおよそ1000人もの奴隷が働かされているということになる。


 見た感じでは看守は奴隷の10分の1くらいしかいないようだが、奴隷は全員弱っている上に丸腰なので戦うのは無謀だろう。


 夜中は全ての奴隷がここに集められるらしいので逃げるとしたらその時だな。見張りも特にいないらしいし。


 しばらく歩くと地下に続く大階段が現れた。人の手で掘ったにしては綺麗に舗装されている。


 大階段を下りた先には講堂のような開けた空間があり、その奥の方から次々と小さめの段ボールサイズの石ブロックを持った奴隷が出てきている。


 「ここは新しく作ってる坑道。ある程度整備したらこっちでも石堀りをするようになる」


 「錬成魔法でブロック状にくり抜かれた石を外に運び出すんですよ」


 「錬成魔法って?」


 行けば分かると言われて後をついていく。

 坑道の奥まで行くと長い金髪の少女が壁からブロックをくり抜いている現場が見えた。なるほど、あれが錬成魔法とやらか。舗装された大階段もこの魔法で形作られたものだったのだろう。


 「彼女はナッカという私たちの友達です。彼女の錬成魔法は物の形を変えることができて、その力で坑道を広げる役目を与えられてるんですよ」


 俺たちはその女性の近くまで行き軽く挨拶をすることになった。


 「おはようナッカ。ちゃんと寝れてますか?」


 「あ、サフランじゃない。前よりはマシになったわよ。その隣の人は?」


 「この人はジュウリ。私たちの命の恩人」


 「よろしくナッカさん」


 ナッカはその特徴的な金髪こそ手入れされていなくボサボサだが、サフラン達に負けずとも劣らない美少女だった。


 「ナッカでいいわよ。じゃああなたが噂になってる空から落ちてきたって人ね。うーん、思ったよりも普通ね」


 「普通の人間なんで」


 「ふーん。看守たちに目を付けられないよう気を付けなさいね」


 「き、気を付けます」


 「あマズい、じゃあそろそろ行きましょうか。」


 お喋りしているのに気づいた看守が近づいてきたので会話を止めて仕事に戻ることにした。どうやらナッカは専属の看守が一人見張っているようだ。錬成魔法が使えることで警戒されているのだろう。俺も付与術の存在がバレないようにしないとな。さっきの車輪では調子に乗りすぎたし。


 ナッカとの会話を切り上げると、地下の奥に積み上げられたブロックを持って外まで運んでいく。これがなかなか重いので、3人に”身体能力強化”をかける。バレない程度の効果のを周囲の奴隷にもかけて、付与術の練習をするのも忘れない。


 「これ魔法の補助がないとかなりきつくないか。よく二人は運べるな」


 俺でも重く感じたのだから、女子の二人にとってはなおさらだろう。


 「これが運べなくてこの前看守に殺されかけた」


 「そのときにジュウリ様が降ってきたんですよ」


 普通に大変な重さだったみたいだ。


 ここで俺は新技のアイデアを思い付いた。車輪を回しながら考えた結果、俺の付与術は自分望んだ効果を実現できる特性を持っているという仮説を立てた。これなら落下の衝撃から救われたくて”弾性付与”が発現したことのつじつまもあう。


 この仮説が正しければもっと違う付与もできるはずだ。


 俺は手元の石を魔力で持ち上げるイメージをする。”魔力付与”や”身体能力付与”でコツを掴んでいたのもあってか、今回はかなりあっさりと成功した。


 「こんな感じか…」


 手放しても石が落下しない。魔力で作った不可視の腕によって上方向に力を込めている感じだ。これを利用すれば遠くにあるものを取ったり、石などを飛ばして攻撃したりできると思う。”ベクトル付与”と名付けた。上方向限定の場合は”浮力付与”といってもいいかもしれない。

 

 早速この新技を二人のブロックにもかけてやる。


 「二人とも石の重さはどう?」


 「なんか軽くなりましたよ」


 「これもジュウリの力?」


 二人も驚いた様子だが、俺もかなり驚いている。というのもこの力があれば、自分を浮かせて壁を越え、この施設から脱出することが可能になるだろう。脱出への希望が見えてきたのだ。


 ブロックを運びを何往復かして、次はまたさっきと同じ坑道での石堀りだ。俺はここで二人に施設からの脱出についての話をすることにした。


 「坑道内なら看守も来ないし、密談に持って来いだな。いきなりだけど俺はこの施設から出ようと思っている」


 え!?と驚く二人を尻目に俺は話を続ける。


 「さっきの浮力の付与の力があれば、この鉱山からの脱出を阻む壁も乗り越えられるだろう。自由を奪うこの足枷もこうすれば外せる」


 俺はしゃがんで足枷を外した。”弾性付与”で枷をゴムのようにして、伸ばして脱いだのだ。


 これらの力があれば何人かの奴隷を逃がすことはできるだろう。


 一人でさっさと逃げることも考えた。その方が確実で安全だろう。


 だがこの付与の力があれば、他の奴隷も助けられるかもしれないのだ。


 魔力の回復速度の関係で1000人以上いるであろう奴隷全員を助けるのは流石に無理だろうが、自分が助けれる人間は助けたい。特にこれだけ会話をしてしまったサフランとリーメルは。


 こういう性格ですぐに問題に首を突っ込むから、骨折なんてしてクラスに馴染むのが遅れたんだけどな。まあ今は魔法が使えるし、逃げるくらいならそこまで危険じゃないでしょ。


 「これだけの手段を見て、脱出できる可能性はどれくらいあると思う?二人やナッカに、できれば他の奴隷も一緒に脱出できたらと思ってるんだけど」


 俺はこれで逃げれると確信していた。話を聞く限りでは、夜中に奴隷の檻を見張る人間なんかもいないようだし、”弾性付与”で檻と足枷さえ出てしまえばどうにかなると思った。


 しかし二人の反応はあまりよくなかった。何か問題でもあるだろうか。

 

 「正直これでも準備しても無事に逃げ切れるかは賭けだと思います。最近あった暴動から壁の周囲の警備が厳重になっていますし。そして何より問題なのが、元A級冒険者のグルフという手練れの男が脱走を阻んでいるんです」


 「こいつは私たちをここまで攫った人狩りでもある」


 どうやら見張りのせいで壁を超えるのに戦いは避けられないし、戦いになったらグルフという強者がいるのだとか。地下を掘るのはさらに愚策で、魔素溜まりに突っ込んで死ぬのが関の山らしい。


 「戦わないと出れないってのはかなりリスキーだな」


 できれば戦闘は避けたいところだ。俺自身もまだ帝国で基礎訓練をしただけで実戦経験がないので、いくら魔法が強化されたとて油断はできない。


 やはり危険を冒さず一人で逃げるか。それとも犠牲を覚悟で他の奴隷を巻き込むか。


 「それに前の暴動から奴隷たちの脱出の気持ちも薄れてきてるから、協力してもらうのも厳しいかも」


 そういえば二人も脱出には否定的だったな。


 「前から言ってるその暴動ってのは具体的に何があったの」


 「それは…」


 リーメルは言いにくそうな顔をしている。そんなリーメルと目を見て頷きあったサフランが意を決したように話し出した。


 「この暴動はナッカの錬成魔法で数人の奴隷が脱走しようとしたのが始まりでした」

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