第5話 新たな付与術の練習
看守の命令を受けて俺たちは違う仕事に向かうことになった。
道中で遠くに壁が見えた。サフランの説明によると、あの壁によって奴隷の逃亡を阻んでいるらしい。逃げ出すならあの壁を超えるか、門を通るしかないわけだが、今のところどちらも無理そうだ。
壁の高さは10メートルはくだらないし、門には門番が複数人いる。先の暴動で逃げた奴隷たちというのも、この壁に阻まれて殺されてしまったらしい。
これはどうするかな。
しばらく歩くと横向きに地面に突き刺さった車輪が眼前に現れた。サイズは遊園地のメリーゴーランドくらいの大きさだろうか。それが二つ設置されている。
車輪からは地面と水平に何本も棒が伸びており、その棒を奴隷たちが押して回転させている。
次の俺の仕事はこの車輪回しに参加することのようだ。
ザ・奴隷の仕事といった感じだな。たしかに奴隷って車輪を回してるイメージあるけど、一体何の意味があるんだ。まさか雰囲気のために設置されているわけではないだろうし。
「なんなのこの珍妙な装置は…」
「これは坑道内の魔素を吸収する魔道具らしいです。魔素濃度を下げるためにこれを回すのも奴隷の仕事です」
ようは地下の空気を換気するための装置か。たしかに人が死ぬほどの魔素濃度を下げないと地下での作業が再開できないしな。
ちなみにこの装置で回収された魔素は、地下の明かりや管理棟の冷房の魔道具なんかに使われるらしい。無駄がない。
俺たちは空いているバーを見つけると3人でそこを押し始めた。
複数の看守に見張られており、また鞭で打たれたらたまったもんじゃないと、俺は”魔装付与”で3人を強化する。
ここで俺はあることに気づいた。もう魔力が回復してるのだ。
さっき坑道でピッケルを強化して魔力を使い果たしたはずなのに、なぜかもう魔力が回復しており、付与をかけることができた。
もしや坑道内で魔力の源である魔素を吸ったことで、俺の魔力が回復したのか。
つまり大気中の魔素を通常より多く体内に取り込めば、いつもより比較的早く魔力を回復することができるのだ。
この原理を利用して、自分の付与術で魔力回復をできないだろうか。魔素を回収するこの装置のように、空気中から自分の体内へ魔素を供給するのだ。”魔力付与”といった感じか。
問題はどうやってそれを実現するかということだ。”魔装付与”のように自分の魔力を魔法として発動するのではなく、外の魔力を自分に付与するという無茶苦茶な発想だ。到底できるとは思えない。
だがここで俺は不思議な体験をした。まるで元から習得していたかのようにこの魔法を使うことができたのだ。この感覚には覚えがある。空から落ちてきたときに発動していた”弾性付与”と同じだ。あれもいつの間にか習得して使いこなせるようになっていた。
もしかしたら女帝に殺されかけて、魔法の才能が目覚めだしたか。
他にも何かできるかもしれないが、それは後でいろいろと試して調べるとして、今は”魔力付与”のコントロールだ。一気に大気中の魔素を吸収しようとするとさっきのように魔素中毒になって吐き気や頭痛がする。下手したら死ぬこともあるだろう。体に悪影響がでない範囲で魔力の回復速度を高めていく。
こうして俺は車輪回しをしながら”魔力付与”の練習をし、魔力が少ないという弱点を付与術でカバーすることができるようになった。
といってもまだ実戦で活躍できるほどの魔力量は確保できない。本当はもっと回復速度を上げれるのが理想的なのだが、これ以上は命に係わるので不可能だ。
では使用できる魔力が増えたことだし、自分の付与をいろいろと実験してみることにしよう。早くこの奴隷労働施設から逃げ出すために。
次は”身体能力強化”ができるか試してみよう。これは帝国の訓練で1週間練習してもできなかった、筋力や敏捷性や持久力を補助してくれる付与魔法だ。
俺がもう習得することを諦めていた魔法でもあるのだが、今の俺ならもしかして…
これも普通に成功した。なんだろう。コツでも掴んだのだろうか。どんどん新しい付与術を覚えていける。
俺は”身体能力強化”を二人の少女にもかける。
「あれ?なんか押すのが楽になりましたね」
「ジュウリがまた何かやった?」
「まあね」
二人からも好評なようにかなり有用な魔法だ。パワードスーツを着ているかのように体の力が引き出される。
この魔法をもっと早く習得していたら、女帝に見放されることもなく、こんなところに落とされることもなかったのだろうか。いや今さら考えたところで意味のないことか。
練習として周囲の他の奴隷たちも”身体能力強化”をかけると、なんだか車輪を回すのが楽になったとざわつきだしている。看守たちもいつもよりやる気のある様子の奴隷たちに困惑しているようだ。
失った魔力は”魔力付与”でゆっくりと回復させ、その魔力でさらに周囲の奴隷たちに”身体能力強化”をかけていく。これを繰り返して付与の練習をする。練習台がたくさんいて便利なことだ。お互いに利益があるから勝手に強化してもいいよね。
この仕事がひと段落して坑道内の魔素濃度が下がったので、俺たちは違う仕事に行くことになった。
ちなみにこの後聞いた話によると、管理棟の冷房が効きすぎて所長が嘆いていたらしい。
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