第10話 奴隷の救世主

 地下から脱出したらナッカが男に切り殺されそうになっていたので、俺はとっさにその男を蹴り飛ばした。死にかけてからの、初めて本気で人を蹴飛ばすという未知の経験の連続でアドレナリンが溢れてくる。心臓がバクバクだ。


 すると近くにいた奴隷が「人狩りがやられたぞ」なんて叫びだす。


 おやおやおや?


 人狩りというと、この施設からの脱出を妨げる最大の要因と言っていた、あの人狩りのことだよな。滅茶苦茶強いともっぱら噂の。


 俺は勢いに任せてとんでもない相手に手を出してしまったのかもしれない。不意打ちという形で蹴りを入れて吹き飛ばせはしたが、反応されて剣でガードされていた。絶対にこんなんで倒し切れているとは思えない。


 「どうせ殺されるくらいなら、俺たちも救世主様と共に戦うぞ!」


 さらに奴隷が騒ぎ出す。


 「ど、奴隷の反乱だーーー!」


 俺を檻に入れていた偉そうな看守が叫んだ。それに呼応して看守たちが剣を抜く。


 これは後戻りできないんじゃないですか。もうやるしかないぞ。


 救世主様ってのは歯がゆいが、そんなことを気にしている状況ではない。俺もこの場の雰囲気に乗せられてそれっぽい言葉を言ってみることにした。


 「み、皆で自由を勝ち取るぞ!」


 奴隷たちが俺の言葉に鼓舞され、オー!と声を上げながら看守や騎士らしき男たちに向かっている。騎士はおそらく領主の護衛だろう。


 剣を持った男たちに捨て身覚悟で丸腰の奴隷が向かっていく。それはいくらなんでも無謀だ。


 俺は全ての奴隷に急いで”身体能力強化”と”魔装付与”をかける。一気には無理なので看守に接敵している外側の奴隷から順にだ。


 そして”軟性付与”で足枷も外してやる。こんな騒動になってしまったらもう奴隷たちにも戦ってもらうしかない。俺はそのサポートをする。


 「おい、足枷が外れるぞ」

 「しかもなんか力が湧いて…」

 「この感覚は車輪回しのときと同じだ」

 「このまま看守たちをぶっ倒すぞ!」


 次は地面に手をつくと新技の”形状付与”で地面の土を槍の形にする。さらに今生み出した新技の”硬性付与”と”靭性付与”で強化する。


 硬性付与は対象を鋼のように硬くし、靭性付与は対象を丈夫にして壊れにくくする魔法だ。この地で初めて覚えたのが”弾性付与”であったこともあってか、もう性質の付与はお手の物だ。


 俺の意図を察した奴隷たちはその強化土槍を拾って看守に立ち向かっていった。”魔装付与”があるので土の剣でもそれなりに戦えるとは思う。


 さらに俺は剣を抜いて奴隷に迫る看守たちの進行方向の地面に、”粘着性付与”と”滑性付与”を施して妨害をする。魔素溜まりに落ちた時にとっさに編み出した新技だ。


 「な、なんだこれは?」

 「全員地面に注意だ!」


 この即席のトラップで看守や騎士は足が地面にくっついたり、滑ってこけたりしている。


 足元が悪くてまともに動けない敵を、奴隷が少し離れた位置から槍で突いていく。


 地下で死にかけたときに思い出した”状態異常耐性付与”のおかげで、俺は魔素中毒になる心配はなくなったので全速力で”魔力付与”による魔力の回復をできるようになった。これなら魔力切れを気にせずに全ての奴隷を強化したり、看守たちの妨害をしたりできる。


 「ジュウリ様。生きてたんですね」


 「ありがとうジュウリ。命を救ってもらって」


 サフランとナッカが俺に近づいてきた。二人と話によると、どうやらここにダンジョン都市を作ることになったため、領主が奴隷を殺処分しようとしてきたのだとか。


 それで俺の登場をきっかけにして、奴隷たち戦う覚悟を決めたのだな。


 「サフランは怪我は大丈夫?」


 「はい。もう回復させました」


 「よし。じゃあナッカがここに少し離れた場所に錬成で壁を作って、サフランがそこで負傷した奴隷の治療をしてくれ。俺の魔法があってもたぶん怪我する人が出てくるから。みんなのために重要な仕事だ」


 「私の魔法で、今度こそみんなを… 任せて!」


 ナッカは自分の錬成魔法の失敗で父親たちを失い、さらにはこの施設の発展にも魔法を利用させられてきた。その力を今度こそ仲間のために使えると思い、張り切っているのだろう。


 俺は抱えていたリーメルをサフランに託す。リーメルは俺より早く魔素中毒の症状が出ていたため、まだ気を失っているのだろう。念のために”魔力付与”でリーメルの体内から魔素を取り出して俺に付与しておく。


 さらにはサフランとナッカの魔力が途中で尽きないように、”状態異常耐性付与”をしたうえで”魔力付与”でできるだけ魔力を与えておく。


 「では私たちは皆のサポートをします。それでジュウリ様はどうするんですか。看守たちの相手に混ざるんですか」


 「いや俺は…」


 ガラッ


 俺の視線の先の瓦礫の山が崩れた。

 その下から出てきたのは、俺が先ほど蹴飛ばした人狩りグルフだ。


 この場でこいつの相手が出来るのは俺だけだろう。勝てるかは分からないが、もうやるしかない。


 自分だけ助かるなら全力で逃げればなんとかなるかもしれない。しかし奴隷たちを焚きつけた責任感からだろうか、俺はこいつと戦う道を選んだ。


 サフラン達は俺がグルフの相手をする気なのだと察して「ご武運を」と言って下がっていった。


 「油断したなぁ。まさかこんな力がある奴隷がいるとは」


 「さっきの不意打ちは大して効いてないか」


 余裕そうに服の埃を払う人狩り。この頑丈さはおそらく闘気によるものだろう。訓練時代の楠木さんの闘気でその有用さは知っている。俺の”身体能力強化”と”魔装付与”を合わせたような効果があるのだ。つまりかなり厄介。


 「ただで死ねると思うなよ」


 「死ぬつもりすらないさ」


 俺と人狩りとの戦いが始まる。

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