第2話 奴隷施設に落っこちて

 次の瞬間、俺は背中に空気抵抗を受けていた。目の前は真っ青だ。

 カーラの召喚術でどこかへ飛ばされたのは確実だろうが、この景色は一体なんだろうか。消滅するわけではなかったのが救いだな。


 あれ?視界の端に映るあの光は太陽では?


 ここまで気づいて、ようやく俺は自分の現状を理解する。

 これあれだ。空から落ちてるわ。


 「ひゃーーーーーーーー!!!」


 一瞬で殺すのではなく、空から落ちる間に自らの過ちを振り返させるという意図があるのだろうか。そういう説明をされたわけではないが、俺はそう受け取った。

 

 あのクソ女め!人の命をなんだと思ってるんだ。まさかこんな殺され方をするとは思わなかった。

 最後の一言を罵倒じゃなくて命乞いに使っていれば、この状況が少しでも変わっただろうか。


 いや後悔はない。ないはずだ。召喚した当初から偉そうだった女帝を罵倒出来てスカッとしたし。しかもどっちみち後悔してももう遅いし。


 (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


 一言放ってスカッとはしたが、やはり死ぬのは嫌だ!

 そんな俺の願いとは裏腹に徐々に地上が近づいてくる。


 俺は何とか助かろうと自分へ付与術をかける。”魔装付与”だ。これは魔力を体の表面に鎧のように纏わせる魔法で、攻撃や守備の性能をあげることができる。


 だがこんなもので落下の衝撃を相殺できるとはとても思えない。


 他に覚えているのは”状態異常耐性付与”と”火炎耐性付与”の2つだが、この状況で必要なものじゃない。これは本格的にまずいな。


 俺はさらに魔力を込めて、全力の出力の”魔装付与”を上書きするが、これでも現状は何も変わらない。


 これは詰みか。体をいくら硬く強化したところで、落下の衝撃を防ぐことはできない。そんなことを考えていると、どんどんと地面が近づいてくる。もうちょっとしたマンション程の高さまで落ちてきただろう。


 訓練で習得できなかった他の付与術を覚えていたとしても、この状況はどうしようもなかっただろう。


 体を柔らかくする能力があれば、落ちた衝撃も無効化できるかもしれないのに…


 そんなことを考えながら俺は意識が消失した。



◇ ◇ ◇



 目が覚めると俺は土の上で寝ていた。周囲には鉄の棒がズラリと並んでいる。


 これ檻じゃね?


 俺はたしか女帝カーラの召喚術で空に転移させられて、そのまま地上に叩きつけられたはず。ここがあの世とはとても思えない。


 ではなぜまだ生きているのだろうか。


 体は全くの無傷。操られたときに剣でついた左頬の切り傷から血が垂れているくらいだ。こういう切り傷ってずっと痛いから早く治ってほしいな。


 ここで俺は自分の服装が変わっていることに気が付いた。さっきまで帝国の訓練着を着ていたはずなのに、今はただのボロキレに変わっている。あまりにボロすぎて服と言っていいのか判断が難しいほどの代物だ。


 さらに靴を脱がされた両足には足かせがつけられており、そこから伸びた鎖が一つの鉄球に繋がっている。


 「なんか捕まってる感じ!?」


 一命を取り留めたと思ったらまたさらなる問題が出てきてしまった。頭が痛いな。


 自分の体が無事なことを確かめるために手であちこち触ってみると、なんと体中がブニブニと弾力を持っていることに気づいた。


 まさか体が弾力を持ったから落下のダメージを無効化したのか。なるほど「効かないねゴムだから」みたいなことか。納得納得。

 

 「いやどういうことだ。なんでこんな体になってるんだ。まさか付与術の新しい力なのか?」


 ”魔装付与”を解除する要領で魔力を操作すると、簡単に元の体に戻ることができた。やはり俺の付与術の力であっていたみたいだ。”弾性付与”といったところだろうか。


 しかしなぜ急に新しい付与を覚えれたのだろう。自分の状況を把握しようとして謎が増えるばかりだ。



 そんな中、部屋の奥の方から声がかけられた。


 「お、目が覚めたようだな」


 深緑の軍服のような恰好をした男が檻の外から俺を見ていた。軍人だろうか。


 「あのあなたは…」


 「質問は受け付けていない。今日からお前はこの施設の奴隷として働いてもらう」


 奴隷?帝国から逃れられたと思ったら次は奴隷だと。冗談じゃないぞ。


 「そんな急に… 痛ぁっ!!」


 男が振るった鞭が俺の体に当たった。


 「奴隷が口答えするんじゃねえ!お前は黙って死ぬまで奉仕してればいいんだよ。ったく、忙しい時に仕事を増やしやがって」


 よし、大人しく黙っておこう。これ以上痛いのはごめんだからな。わざわざ歯向かってもいいことはないだろう。一度死を覚悟した手前、まだ生きているというだけで儲けものだ。逃げ出すチャンスもあるかもしれないし。


 ひとまずは従順なふりをして様子を見ることにした。


 「分かればいい。それじゃあさっさと仕事場に行くぞ」


 そう言いながら俺は檻から出される。


 仕事場への道中で俺の素性を聞かれることはなかった。奴隷になった以上、元々どんな生活をしていたとかは特に問題ないのだろうか。


 それにしても落下死するか、生き延びて奴隷になるか。どっちの方が俺にとって幸せだったのだろうか。


 こうして俺の奴隷ライフが始まった。

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