第27話 祝宴

 死体の埋葬なんかもしてたらもう夕方だ。


 後処理から解放された俺たちは皆で勝利を祝う宴をする流れになった。大量の食糧を管理棟で見つけてきた俺とナッカの提案である。


 国や男爵の援軍が来るとしても明日以降らしいので逃げるまでまだ余裕がある。腹を満たしてから夜中に出発すればいいだろう。


 皆が宴の準備をしている間に、俺は”方向付与ベクトルエンチャント”で地下から氷を運び出し、王子や看守たちの入った棺桶に載せていった。


 これで明日以降に来る援軍に発見されるまで腐ることはないだろう。


 この仕事を終える頃にはすでに宴の準備ができていて、俺の「みんなよく戦ってくれた!俺たちの未来に乾杯!」という挨拶で開宴した。


 この挨拶の時にさっき考えた偽名のフールを名乗っておく。古谷柔理の名前がどこかから漏れて指名手配とかされたら嫌だからな。

 

 顔がバレているので無駄かもしれないが、何も対策をしないよりはマシだろう。サフラン達にもこの事情は説明して、これからはフールと呼んでもらうことになった。


 さて、やることやったし俺も早速肉を食うとするか。


 1週間前の帝国での朝食以来の肉だ。涙が出るほど美味い。俺でもこれほどの感動なのだ。俺より長く奴隷をやっていた者たちは一体どんな気持ちでこの飯を食べているのだろう。


 「ほんと生きててよかったな、ナッカ」


 「ほんと… あのときはもう皆殺されるものかと」


 「あ、リーメル!そのお肉は私が狙ってたのに!」


 「早いもの勝ち」


 知り合い4人も涙を流しながら楽しそうに飯を食べている。幸せそうで何よりだ。

 周りの数百人の奴隷たちも勝利を分かち合っている。


 てかなんで俺がこの数百人の輪の中心にいるんだ。窮屈なんですけど。元奴隷たちが次々と俺に話しかけてくる。


 「ささ、フール様。焼きたての肉でございます」


 「マッサージでもいたしましょうか、救世主様」


 「ほんとに!ほんとにありがとうございました!」


 「やはりフール様は天から遣わされた救世主だったんですね」


 「俺は最初からそう思ってましたぜ。フール様が空から落ちてきたところを遠くから見てましたから」


 「何か恩返しをさせてください!」


 息苦しい!落ち着いて飯も食えない。

 終いには「フール!フール!」とコールが始まった。

 

 ちょっとこの空気感は堪えられない。


 俺はこの場から逃げ出した。避難先は昨日の夜に登った壁の上だ。ここなら誰も来れないだろう。

 もっと肉を腹に詰め込みたかったんだが、あのままあそこにいたら胴上げとかされてたかもしれない。


 仕方ないので肉は諦めて、壁の上で食後の余韻に浸ることにする。

 今はまだ夕方ということで昨晩より外の景色がよく見えるな。壁の外にはきれいな平原が広がっている。


 前回ここに登った時は、自分だけで逃げずに知り合いの4人も助けようと決心して引き返したものだが、まさか施設の全奴隷を解放することになるとは夢にも思っていなかった。


 しかしその代償としてこの国には居づらくなってしまった。

 違う国に逃亡した方がいいかな。となると候補は…


 「ジュウリ」


 「うわビックリした!」

 

 俺の後ろにはいつの間にかリーメルがいた。壁の上には誰も来れないものだと思って油断していた。


 「どうやって登ったの、この壁」


 「普通にジャンプして。でも届かなかったから最後はちょっとズルした」


 そう言ってリーメルは両手を見せてきた。魔力を帯びているようだ。俺の技とよく似ている。


 「やっぱそれ”粘着性付与”だよな。なんでお前が使えるの」


 「騎士と戦ってる時になんかできた。他の魔法は使えないけど。ジュウリが貸してくれたんでしょ。返す」


 「ええ… いや、なんか心当たりがあるな」


 そういえば地下で魔素中毒から助かろうとあらゆる付与術をかけまくっている時に、俺の力をリーメルに渡すという試みもした気がする。おそらくその時にリーメルに”粘着性付与”だけ伝授していたのだろう。


 ”能力付与”といった感じだろうか。


 伝授した技を俺が使えなくなるというわけでもなさそうだし、リーメルは付与による強化が解けてるのにも関わらず”粘着性付与”を使っている。もう闘気と同じように完全に自分の力にしてしまったのだろう。回収する必要はなさそうだな。


 「その力はもうリーメルのものだ。返さなくていいよ」


 「そう、ありがとう。大切にする」


 リーメルは自分の両手を見つめながら、「ジュウリと同じ力」と呟きながら口角を上げている。


 「ジュウリじゃなくてこれからはフールな。気を付けてよ」


 俺はリーメルにくぎを刺す。それにしてもリーメルは一人でこの壁を登ってきたのか。昨晩の俺と同じくらいの実力はあると考えてもいいのかな。末恐ろしい奴だ。


 「あ、二人も来たみたい」


 リーメルに言われて壁の下を見ると、ちょうどサフランとナッカが喋りながら登ってくるところだった。どうやらナッカの錬成魔法で地面から柱を伸ばして、エレベーターの要領で上がってきているようだ。


 こいつら、俺が昨日登るのに苦労したこの壁をいとも簡単に…

 そりゃあナッカは看守たちに警戒されるなという感想を抱いた。


 「あーいたいた。なんで抜け出してんのよ」


 「二人して秘密の話ですか」


 俺たち4人は壁の上でお喋りをすることになった。今後のことも決めたかったしちょうどいい。

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