第19話 領主の来訪
サフランは地下へ走るのを断念した。
とてつもない殺気を感じたために、立ち上がる気力を失ってしまったのだ。
土下座をしているサフランには確認のしようがないが、この殺気は領主ではなく人狩りグルフから発せられていた。領主の前で変な気を起こす奴隷が出ないように牽制のために放った圧であり、これによってサフランは地下へ行くのを断念した。
だがもしサフランが地下へ向かっても数歩進んだところでグルフに両断されるだけだったであろう。サフランは人狩りの圧のおかげで死なずに済んだのである。
グルフが護送してきた豪華な装飾が施された馬車から二人の男が下りてきた。
一人は太った中年男性。この土地を治めているグレイブウッド男爵だ。
この地にダンジョンが発見されたことで王から領主に任命され、都市の開発に着手した人物であり、安く都市の基礎開発をするために奴隷を使うことに決めたのもケチな彼の発案である。
つまりこの施設に収容されている奴隷の元凶である。
もう一人は18歳前後の男子。こちらも小太りで傍から見たら男爵の子息にも見えるが、この国の第三王子である。
社会見学という王の教育方針で、男爵の視察に同行してきたのだ。
「お、やっと着いたか男爵。ここが開発中のダンジョン都市ってとこなのか?思ったよりも汚いんだな」
「申し訳ございません。まだ開発が途中ですので」
男爵と王子が馬車から降りるなり会話を始めてしまった。看守たちはその様子を黙って見守っている。奴隷は頭を下げたままだ。
「そうなんだ。じゃあダンジョンを見せてよ」
「それは危険なので、王から許可されていません」
「ちぇー、全然ダメじゃん。この奴隷共が安全なダンジョンにしないからか。おらっおらっ」
先頭にいた奴隷たちが次々に頭を蹴られていく。ダンジョンは危険なものなのだから、これはただの八つ当たりだ。
だがもちろん誰も抵抗はしない。まだ長生きしたいから。
王子の興味が奴隷に向いたタイミングで男爵は所長に話しかける。
「久しいなブードル所長。もうすでに正門側半分は都市の形になっていたじゃないか、素晴らしい仕事ぶりだよ」
男爵が所長に労いの言葉をかける。門を入ってからこの広場に来るまでに施設内を見渡してきたが、もうほぼ都市の基礎は完成していて、この広場より入り口側の方は建物もできつつあった。
「ありがとうございます。男爵が派遣してくださったグルフが奴隷をかき集めてくれているおかげです」
所長は奴隷たちの方を手で示しながら、男爵に感謝の言葉を述べる。
「これだけいると圧巻よな。それでダンジョンの階段はどうなっている」
「10か月ほど前にすでに掘り起こされています。ただ魔道具の反応からして巨大なダンジョンがもう一つあるようなので、奴隷たちにはそちらの入り口も探させています」
この事実は奴隷には周知されていなかった。魔素溜まりに入り込んで死んだ奴隷を回収しに潜った看守が、その魔素溜まりの先で発見したので、奴隷のコミュニティ内にこの話が広がらなかったのである。
「ねえパパ、ダンジョンはもうすでに見つかっていたの!?」
「俺も知らなかった。じゃあもうダンジョン都市として最低限の要件は満たしていたのか」
「じゃあもしかして私たちは用済みなんじゃ…」
サフラン達もこの話を聞いて驚愕する。
「すでに発見されている20階層のダンジョンよりもさらに巨大なダンジョンだと。それはかなり魅力的だが、王に都市の開発を急かされている。巨大ダンジョンは一旦諦めて、もう都市の開発を仕上げてしまおう。その後に宮廷魔導士に力を借りるなら、俺の面子も保たれるだろう」
「となるとこの奴隷たちはどうしましょうか」
奴隷たちは土下座したまま耳を傾ける。この男爵の一言で自分たちの寿命が決まるのだ。
「もう処分でいいだろ。すでに半分は都市として機能するわけだし。もう都市として開放して、こちらの未開発区画の建築は入居者の仕事にして経済を回そう」
所長の問いに男爵は即答した。
この発言に奴隷たちが「そんな!」「処分ってどういうことだ」「まさか殺されるのか」「逃がしてくれるってことじゃないのか」と顔を上げて騒ぎ出した。
サフランたちもつい頭を上げてしまう。
「お前たちは数時間後にまとめて殺処分だ!ここから出て俺の領内を歩き回られても迷惑だからな」
男爵が一言そういうと数人の奴隷が立ち上がって男爵に抗議しようとする。
だがこの奴隷たちは抗議する前に全員首を切断されてしまった。人狩りグルフの仕業である。
彼らの首が落ちる前にすでに彼は剣を鞘に戻していた。
「まだ歯向かう勇気がある奴はいるか?」
立ち上がるものはもういなかった。ここで歯向かったらその瞬間に殺されるだけだ。
「パパ、結局故郷に帰れなかったね」
「ああ、でも最後まで一緒だぞ」
ゴッダとナッカも諦めムードに入ってしまった。サフランも同様だ。
死にたいわけではないが、死ぬしかないと理解した。
奴隷になった時点でこんな結末になることは予想していたのだ。その終わりがもうすぐまで迫ってきたというだけのこと。
他の奴隷も同様の考えになっていた。
「男爵!もう視察は終わりか?」
王子が遠くから男爵に話しかけた。今王子は奴隷の列の最後尾まで回り込んでいる。
再利用できそうな奴隷がいないか物色していたのである。
「ええ。王には素晴らしい都市建設だったと報告してください。あと巨大ダンジョンがまだ眠っているかもしれないという話も」
あくまで噂という形で王の耳に入れれば、自分の面子を潰さずに宮廷魔導士を動かせるという魂胆での発言だった。
「そう報告すれば、ちゃんと視察をやってきたと父上も褒めてくれるんだな?任せておけ。それでこの奴隷たちは処分するんだろ?気に入ったのを貰っていってもいいよな」
「いいですが、性処理のために使うのはやめておいた方がいいですよ。ここの奴隷は大半がスラム出身ですから」
「もし病気になってもジェナスに治してもらうから大丈夫さ」
ジェナスとは宮廷魔導士の名前である。こっちは都市の開発なんとかジェナスなしでやり切ったのに、なんてしょうもない理由でジェナスを使おうとしてるんだと男爵は思った。
「よしじゃあこいつを貰っていくぞ。顔もいいし、体つきもエロくて気に入った」
王子が一人の女奴隷の服を掴んで立ち上げた。
「え、あたし…?」
ナッカだった。
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