第17話 脱獄の提案
明日の夜にサフラン達を連れて脱獄しよう。
そう決めたせいで興奮して今日はあまり寝れなかった。
朝起きた他の奴隷たちは「いつもより熟睡できた」と笑顔で話している。皆が起きる前に石の地面にかけた”軟性付与”は解除したので、誰にもバレてはいないようだ。
今日も朝から石堀りだ。
最近はデカピッケルの扱いにもなれてきて、みんなほとんどの時間をサボって過ごしている。
座りながら俺は今日の夜に決行予定の脱獄作戦のことを考える。
まず同じ檻のサフラン、リーメル、ゴッダさんを檻に出す。このとき他の奴隷にバレないように気を付ける必要がある。俺の今の魔力回復速度では全員を助けることはできない。なのでこの5日間で親睦を深めた4人だけを確実に救うつもりだ。
他の奴隷には申し訳ないが、背に腹は代えられない。これ以上魔力の回復速度を上げると魔素中毒で体調が悪くなって、付与術も安定しなくなってしまうのだ。
あと問題はナッカの所在だ。ナッカは錬成魔法という物体の形状を変える魔法を覚えているため、労働で重宝もされるが、同時に警戒の対象でもある。脱獄が容易な魔法だから。
それゆえにナッカは俺たちの檻とは別の場所に夜は捕らえられている。それを調べなければ救出できない。
ある程度考えをまとめてから俺は、サフラン達にこの脱獄作戦の話を持ち掛けた。
「ということで今日の夜に俺、ゴッダさん、サフラン、リーメル、ナッカの5人で脱獄しようと思うんだけど。どうかな」
昨晩俺が壁の上まで下見を済ませてきて、逃げる算段は付いているということまで話した。これでみんなと脱獄できば、昨晩のようなモヤモヤもなく胸を張って自由になれるだろう。
「ここから出れるんですか!?」
「私はここでジュウリと生きていく方がいい。勝手にご飯が出てくるし」
まず目を見開いて反応したのはサフランだった。次いでリーメルが少し考えてから発言する。
「何言ってるんですかリーメル!このままこの施設にいてもすぐに殺されちゃうかもしれないんですよ」
「それは外に出ても同じ。スラムに帰ったとしても命の安全が保障されるわけじゃない。スラムにはスラムの危険性がある。犯罪者とか病気とか。あと人狩りとか」
サフランは脱獄に賛成だが、リーメルはあまり乗り気でもないようだ。
だがリーメルの意見も納得できる。
二人が住んでいたスラム街はこの施設から歩いて数時間のところでにあり、ここの領主に雇われているA級冒険者で人狩りのグルフの活動区域でもある。脱獄が気付かれたらスラムまで探しに来て、見せしめとして殺されるかもしれない。
グルフの存在のせいで二人にとってスラムは以前よりも危険な場所になってしまったのだ。
「たしかに… それだとスラムに戻るのは難しいかもしれませんね。それにジュウリ様と離れ離れになるのも嫌です。それならいっそここでみんな一緒に…」
二人が脱獄に消極的になってしまった。これは想定外だったな。もっと乗り気で作戦に賛同してくれると思ったんだけど。
たしかに俺はこいつらを脱獄させるとこまでしか考えていなかった。その後のことまでは頭になかった。
脱獄後の面倒を見れないのなら、無責任に脱獄なんてさせるべきじゃないのか。どうしようか。
俺は少し考えてある結論に至る。
では脱獄後の面倒まで見ればいいのではないか。
「じゃあ脱獄したら俺と一緒に遠くに逃げるか?」
「「え?」」
「俺も独りで逃亡奴隷生活はしんどいだろうし、他の国とかまで一緒に逃げるのはどうかな」
二人は先ほどまでの険しい表情を和らげて、返答をする。
「それならぜひお供させてください!」
「ジュウリと一緒ならどこへでも」
「よし、じゃあ二人は脱獄するってことで決定だな」
よく考えたら俺はこの施設の外の世界のことを全く知らない。逃亡奴隷となると、ちょっとした指名手配になるかもしれないし、一緒に逃げてくれるこの世界の人間はいた方がいいだろう。
次はゴッダさんの説得だな。彼も脱獄の話にあまり乗り気でないみたいで、厳しい表情をしている。
「ゴッダさんは脱獄に反対なんですか?」
「いや、そりゃ脱獄できるに越したことはない。あんちゃんの力を今まで見てきたから、昨晩檻を抜け出して壁を登ったって話も信用する。ただ本当にナッカを連れ出せるのか?」
ゴッダさんはやはり娘の事で悩んでいたのか。娘と離れ離れになるくらいなら、最期まで一緒に奴隷施設で働きたいという考え方なのだ。ナッカの安全も保障しなければ彼は首を縦に振らない。
「ナッカは夜中はどこにいるんですか?今まで収容所の檻で一緒になったことがないですけど」
「管理棟のどこかってのは本人から聞いたが、詳しい場所はわからねえなぁ」
「管理棟っていうと看守たちが寝泊まりしている…」
これは随分と厄介なところに閉じ込められているんだな。最近はグルフも泊っているから、そこから助け出すのは至難の技だ。
それだけ錬成魔法は警戒されているってことか。
俺も付与術の細かい性能がバレたら要警戒対象になって脱獄が大変になるかもしれない。これ以上の作戦の延期はやめておいた方がいいだろう。やはり逃げるなら今夜だ。
「だからそんな危ない作戦に俺は娘の命を預けれないんだ。あんちゃんには悪いが」
「そうですか… たしかに脱獄は文字通り命がけですからね。もし失敗して捕まったら処分されてしまうだろうし」
ゴッダさんの説得は無理そうだな。ナッカを確実に助け出せるという保証が今はない。
ゴッダさんとナッカのことは、午後の石ブロック労働のときにナッカに話を聞いてからよく考えるとしよう。
こうして脱獄の話をひとまず終えた俺たちは、再び石堀りの労働に戻った。
それからしばらくすると看守がやってきた。そういえば1週間に一度は看守が地下の検査をしにくるんだっけか。
道理で今日は”魔力付与”の感覚がいつもと違ったわけだ。看守が来るから地上の車輪で魔素を換気していたのだろう。
デカピッケルはバラバラにしてバレないようにしておく。脱獄前に余計な騒動は起こしたくないからな。
それにしても走ってくるなんて仕事熱心な看守だな。というかなにやら焦っている様子だ。何事だろうか。
「よし、お前たちが最深部だな。もう今日は終わっていいぞ」
「え、もうですか?まだ昼じゃないと思いますが」
俺は看守に質問した。
脱獄当日なんだから、いつもと違うタイムスケジュールにしないでほしいのだが。今からナッカとも話さないといけないんだし。
「奴隷のくせに偉そうに質問か。まあいい。失礼がないために、必要があれば奴隷にも説明をしとけと上から命令を受けているからな。どうやら今から領主様がこの国の王子を連れて視察に来るんだとよ。それを奴隷のお前らも整列してお出迎えするってわけだ。分かったら早く走って上に戻れ。もう門の前まで来られているぞ」
そう言って看守は去っていった。
なんだか面倒なイベントが発生しそうな予感だ。
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