第16話 壁の向こう

 寝れない!

 あれから1時間くらい経ったというのに。

 さっきのゴッダさんの話で興奮してしまったというのもあるが、地面が固いのも問題だ。

 昨日までは昼の労働の疲れでわりとすぐに寝れたんだが、今日は魔法でサボりすぎたからな。


 もうちょっと柔らかい土とかだったいいのだが…


 そうだ。性質付与でなんとかすればいいんだ!

 硬く強くするだけでなく、弱いすることも可能なはずだ。逆の発想だ。なんでもっと早く思いつかなかったのだろう。


 俺は固い石のお布団を柔らかいベッドにするイメージでエンチャントをする。


 「よし、できた…」


 ”軟性付与”。対象を柔らかくする能力だ。

 自分のところだけでもなく、他の奴隷たちの地面も柔らかくしておいてやろう。あんま柔らかくしすぎると起きちゃうかもしれないから、加減はしてな。


 いや”弾性付与”の方がベッドっぽくて気持ちよかったかな。だとしたら尚更なんで今まで気づかなかったんだって話だが。


 まあ今日はこれでいいか。


 「さて、じゃあ俺も寝るか… あっ」


 俺は牢屋全体の床を柔らかくしたつもりだった。その効果範囲を少し広げすぎてしまったのだろう。

 牢屋の檻まで柔らかくなっている。

 

 これ出れるぞ。


 新入りということで檻の手前側の位置を充てられたので、柔らかくなった檻はすぐ目の前だ。


 きたーーーーーーーーー!! 


 俺は他のみんなを起こさないようにそっと檻から出た。


 よしよしよしよしよし!


 足枷と首輪にも”軟性付与”をすることで、簡単に脱ぎ去ることができた。


 他の牢屋の奴隷にも気づかれないようにゆっくりと歩き、収容所の区画から出たら”身体能力強化”を使って全力疾走する。


 しばらく走ると目の前に壁が現れた。


 この施設を囲う巨大な壁だ。高さは20メートル強。マンションの6階くらいはあるだろうか。門には夜中も看守がいるため、夜に脱獄するならここからだろう。


 ここに落ちて初めてあの壁を見たときはどうなるかと心配だったが、今の俺なら簡単に登れそうだな。

 

 足の裏に”弾性付与”を施して、壁から距離をとってホップステップジャンプで壁の上に飛び乗ろう。


 「よしいくぞぉ~。ホップ、ステップ、ジャーーーンプ。いかん高さが足りない!」


 ベチーン!

 俺は壁に衝突した。壁は魔法で作ったとあってツルツルとした材質をしており、俺は滑り落ちていく。


 「まずい落ちる!」


 俺はとっさに手と足に”粘着性付与”をして壁に張り付き、爬虫類のようによじよじと壁を登った。情けない姿をさらしてしまったな。


 だが登り切ったぞ。壁の上は学校の廊下くらいの広さがあるので落ちる心配はない。


 俺は壁の上から壁外の景色を見渡す。


 月明りしかないのではっきりとは見えないが、壁の外には草原が広がっており、大きな川が流れ、夜行性の獣なんかが闊歩しているようだ。さらに奥には山のようなものまで見える。


 この石だらけの施設とは全く別の世界が広がっている。


 一時は奴隷となってどうなることかと思ったが、付与術に力のおかげでここまで来ることができた。

 俺の目からは涙が溢れてきている。緊張が解けて、解放感で心が躍る。


 俺はもう自由なのだ!


 壁の上に登ってから力が湧きだしてくる感覚がある。今ならなんでもできそうという万能感だ。


 これと同じような感覚は空から落ちてきたときにも感じていた。

 しかし今はあのときよりも、さらに力が溢れている。何か大きなことを成し遂げたことで自身がついたとかだろうか。


 「まあそんなことより今は外の世界だな」


 あとはここから外に飛び降りるだけで脱獄成功だ。”弾性付与”があれば無事に下りれるだろう。さっきまで檻の中で処刑の心配をしていたのに、脱獄方法を見つけたら一瞬だったな。


 平原には獣なんかがいるが、俺の付与があればなんとかなるだろう。木の枝でも強化してやれば、それなりの武器になる。

 まずはあの牛っぽいのを倒して焼肉にして食おう。その次はいろんな街を見て回るか。夢が広がるな。


 「……」


 目の前に自由が広がっているのに、ワクワクしているはずなのに、心のどこかが少しモヤモヤする。


 これはなんだろうか…


 いや分かり切ったことか。

 やはりサフランやリーメル、ゴッダナッカ親子のことが心残りなのだ。やはり情が移ってしまったな。


 あの人たちを見捨てて自由になっても、きっと一生後悔する。この施設の奴隷が処分されたなんてニュースを聞いたら、もう二度と胸を張って生きられないだろう。


 明日だな。

 明日の昼間にサフラン達に話をつけて、ナッカの夜の収容場所を聞き出して、夜になったら5人で脱出することにしよう。

 

 難しそうなミッションだが、今の俺の力ならできるという確信があった。

 

 せっかく手に入れたこの付与術の力を自分だけでなく他人のためにも使おうと思う。


 俺は壁の内側に飛び降りると、元来た道を引き返して足かせと首輪を着けなおして、再び檻の中の柔らかい地面に横になった。

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