第15話 脱獄の期限

 新技の”滑性付与”や”方向ベクトル付与”のおかげで石ブロック運びの労働を楽にできるようになってから、2日が経過した。

 あれからは特に新技を思い付くわけでもなく、道行く奴隷に”身体能力強化”をしたり、石ブロックに”浮力付与”をしたりと、他の奴隷の手助けをしながら今覚えている技の練習に費やした。


 看守たちが「最近になって一部の奴隷の表情が明るくなった気がする」と話しているのを聞いたが、おそらく俺のおかげだろう。魔力の回復速度の都合で奴隷全員にかけてあげることができないのが残念だが。


 「よし、じゃあお前ら。もう収容所に戻っていいぞ」

 

 石ブロックを運び終わったところで看守に指示をされる。

 今日も充実した奴隷ライフが終了した。


 日が暮れて周囲は暗くなっているが施設内には点々と明かりの魔道具が設置されている。この原動力は奴隷たちが車輪を回して回収した地下の魔素だ。一部の奴隷が当番制で夜中も車輪を回し続けているのだとか。


 この明かりを頼りに俺たちは収容所へと戻っていく。この区画には大型コンテナサイズの檻が数十個設置されており、夜中は奴隷たちはここで寝食を済ますのだ。


 「さあ明日もビシビシ働いてもらうからな!さっさと飯を食って寝るんだ!」


 全ての奴隷が檻に入ると、看守が飯の配給をする。檻から皿を持った手を出してスープを入れてもらうのだ。


 このスープがまあまずいまずい。

 小麦粉と野菜の切れ端が入った超薄味のスープ。それなりに腹には溜まるが、力が出ない。骨折で入院したときに食べていた病院食がフレンチのフルコースだったのではと思えてくる。


 「食べないならください。もったいないので」


 サフランがねだってきた。


 「嫌だよ。食べなきゃ死んじゃうだろ。二人はもうこのスープの味には慣れたの?」


 「スラムで手に入るご飯と大差ないから、元から平気」


 「むしろ勝手に運ばれてくる分ありがたいくらいですね」


 「そうか。デリカシーのない発言だったな。ごめんなさい」


 そういえば二人はスラムから連れ去られてきたって言ってたんだったな。あんま傷をえぐるような発言はしないようにしよう。


 「いえ気にしてないですよ。むしろもっとお話ししましょう」


 「そう?じゃあスラムとここだったら、どっちの方がいいの?」


 サフランとリーメルが顔を見合わせる。さすがにこの質問は踏み込みすぎたかな。二人は少し考えた後、まずはサフランが口を開いた。


 「前まではこの施設のことが嫌いでした。スラムの知り合いたちと離れ離れになるし、ここには鞭で打ってくる怖い人たちがいるから。でもジュウリ様が来てから、このスラムの生活も悪くないなと思えるようになりましたよ」


 「そうなの?」


 「最初に命を救ってくれたのもありますし、私たちの味方でいてくれるということがとても嬉しいんです。他の人たちは自分のことで精一杯ですからね」


 「俺も奴隷生活が長くなったら今みたいな余裕はなくなると思うけど」


 「ジュウリは面白い魔法見せてくれるのも楽しくていい」


 リーメルは少しずれてる気もするが。そうか、俺はこの二人に必要としてもらえてるのか。

 それは俺としても嬉しいが、かといってこの二人のために脱獄を諦めるというのも違う気がする。情が移ると選択が鈍るな。俺はこれからどうすればいいだろうか。


 「3人とも飯食ったら早く寝ろよ」


 話の途中だったが、ゴッダさんに声をかけられた俺たちは皿を端に寄せていそいそと寝る準備を始める。

 布団なんてものはなく石の地面に草を織った敷物が置いてあるだけで、とてつもなく固いんだよなこれが。


 皿を片付けてさて寝るかと横になったタイミングで今度はゴッダさんが話しかけてきた。


 「あんちゃん、この数日間ありがとな。奴隷だってのに久しぶりに楽しい気分になることができたよ」


 「なんですか急に。スープに毒でも盛られてましたか」


 「お前はどんどん馴れ馴れしくなっていくな…」


 ゴッダさんにまで感謝されてしまった。3人ともどうしたのだろうか。


 「なんでみんなして急に感謝してくるんですか… 近いうちに死ぬわけでもあるまいし」


 「…」


 え?

 なんでこのタイミングで黙るの。怖いんですけど。


 「これは噂だから話半分に聞いてほしいんだけどよ。この国の王がこのダンジョン都市の建設を急かしているらしいんだ」


 「そうなんですか?」


 「俺たちが運んでる石ブロックなんかは建造物の基礎になるものでな。そういった業務はもうあらかた終了してるんだ。残る奴隷の仕事はダンジョンへの地下階段を掘り当てるだけ」


 「その階段を見つけるために僕たちが危険な石堀りをさせられてるんですよね」


 「そうだ。だがさっきも言ったように王がしびれを切らしてるって噂があるんだ。それで王は王城の宮廷魔導士にこの業務を継がせるかもしれないって話だ」


 この国の宮廷魔導士は、『世界最強の魔術師』や『無限の魔術師』とも呼ばれており、この施設を囲む壁を作ったのもそいつの魔法の力らしい。しかも一人で一晩で作ったのだとか。

 たしかにそんな化け物ならすぐにダンジョンを掘り出せるかもな。


 「となると仕事がなくなった奴隷はどうなるんですか」


 「処分される」


 俺は言葉を失った。ここにいる数百人の奴隷が一斉に処分されるかもしれない。ゴッダさんは噂と言ったが、その声色はいたって真面目でなにか確信を持っているように思える。


 「根拠はあるんですか」


 「あんちゃんを蹴り飛ばした人狩りがいただろ。あいつが他の奴隷を煽るときに今の話をしてたらしい」


 あのゴミ野郎か。この二日間も俺はちょくちょくあいつに嫌がらせをされていた。性格が終わりすぎてるな。


 「でも嘘をついてる可能性もあるんじゃ…」


 「あいつが領主に雇われて奴隷を集めているって事実がこの話を裏付ける根拠になっちまってるんだ。ここの領主はケチで有名なのに、大金を払ってA級冒険者を専属で雇い、奴隷集めや地下の探索なんかもさせている」


 「王が急かしてくるから、領主が焦って人狩りを雇っていると?」


 「そういうことだ。王の宮廷魔導士の世話になるなんて、領主としては恥だからな。だからもしかしたら本当に近々俺たちは処分されるかもしれない」


 「たしかに噂との辻褄はあいますね」


 「そうなんだ。だから最後に楽しい思い出をくれたあんちゃんには礼を言っておこうと思ってな」


 そう言ってゴッダさんはそのまま眠ってしまった。周りの奴隷たちにもこの話は聞こえていたはずだが、誰も動揺はしていない。周知の事実なのだろう。


 奴隷たちは暴動を起こそうとは思わないのだろうか。

 いや無理か。奴隷は人数はそれなりにはいるが、全員足枷をされて動きにくいうえに、武器も元気もない。

 

 かたや看守たちは全員が剣を持っていて、おまえにA級冒険者の人狩りまで仲間にいる。ちなみに人狩りは最近は夜もこの施設で過ごしているので隙が無い。


 勝てるわけがねえ!


 近いうちに死ぬかもしれないと分かっていても、今この瞬間死のうとは思わないのだろう。できるだけ大人しく、長く生きようとしているのだ。


 俺はどうすればいいだろうか。


 二日前に没になった地下を掘り進める脱獄作戦の代替案はまだ思いついていない。

 看守の目が届いていないときかつ昼間に脱獄する必要があるため、看守がいない地下からというのは名案だと思ったのだが。地上から走って逃げて壁を越えれたとしても、人狩りにすぐに追いつかれちゃうだろうし。

 

 かと言って夜はこの牢屋に入れられて出れないしな。”身体能力強化”を以てしても、檻をぶち破れないのは確認済みだ。


 とにかく今はよく寝て、明日の朝またよく考えよう…

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