第10話 少女たちとの労働
二人の少女と話しながら車輪回しの労働をする。もちろん看守にバレたら鞭が飛んでくるので、看守に聞こえる範囲では黙るようにしている。
「二人はいつからここで働かされてるの?」
「かれこれ1か月くらいですかね。元々この施設の近くにあるスラム街に他の友達と一緒に住んでいたんですけど、そこで人狩りに捕まっちゃって」
「人狩り?」
「スラムに住む弱者を狙う卑劣な奴ら。逃げ惑う住民を殺して遊んだり、捕まえて奴隷として売ったりする」
「そんなクズがいるのか」
「国の冒険者が暇つぶしやストレス発散でやることが多いらしいですね。ひどいものでした」
「でもスラムにはいろんな病気が蔓延してるから、性的に消費されないだけでもまだましだけど」
治安のいい日本でも不良少年がホームレス狩りをする事件が稀にあった。弱者をいたぶって優越感を得たがるというのは、どこの世界でも共通の人間の本質なのかもしれないな。
「二人とも大変だったんだな」
「さっきはホントにまずかった。石が重たくて運べなくて殺されるとこだった」
労働用奴隷には男女の差はないらしい。女だからといって男より仕事が楽になることはないらしい。男の俺でもきつい肉体労働なのに酷なことだな。
「だからこの車輪回しは好きなんですよ。ちょっとサボれるから」
「サボりすぎるとバレるし車輪がちゃんと回らないと全員が鞭で打たれるから、程よくサボるのがコツ」
なんて強かな人たちだ。さすがスラムで生きてきただけのことはある。
だが女性二人が素の状態で働いているというのに、俺だけ”身体能力強化”でズルしているというのは気が引けるので、二人も付与で強化してやろう。
俺は二人の方に手をかざして「エンチャント」と唱える。
「なんか力が湧いてきますね。これがジュウリ様の魔法なんですか?」
「この魔法のおかげで空から落ちても無事だった?」
「いや、それはこれとは違う魔法なんだけど。この魔法があればもう仕事ができなくて殺されかけることもないでしょ」
あれ?二人が黙り込んじゃった。
どうしたんだろと横を確認すると、二人は涙を流していた。
「ええ!どうしたの!?魔法掛けないほうがよかった?」
そんなにサボりたかったのだろうか。サボりたいんだから強化しないでよと泣いているのか。
「そうじゃ、そうじゃなくて。この施設でこんなに気にかけてもらうことなんてなかったから」
「なんならスラムのときからこんな経験はなかった。ありがとうジュウリ」
「なんだそんなことか。魔法をかけただけで大袈裟だな」
どうやら二人は人の温かさに触れて涙を流してしまっただけのようだ。
たしかに奴隷たちは自分が生きることで精一杯だろうから、他の人を助けるなんてことはできないだろう。この二人が殺されかけた時も誰も助けてくれなかったみたいだし。
俺もここで長く奴隷をして疲弊すれば、二人を気にかけることができなくなるかもしれない。
もし俺が奴隷全員を強化してあげることができれば、みんな他人を思いやる余裕も出てくるだろうか。
というか地下で魔力が切れたと思ったのに、もう全回復してるな。サフランとリーメルに普通に付与術を掛けられた上に、自分にかけ直す余裕もある。
今までならこんなに早く回復しなかったと思うんだけど。成長したのかな。それとも何か他の要因が…
「それでジュウリ様はどこから来たんですか?」
「私も気になる」
「え?俺がどこから来たかって。そうだな…」
涙を拭きながらサフランが質問をしてきた。
俺は異世界から来たことは伏せて、帝国から転移してきたということだけを二人に教える。
「帝国ってのはどこか知りませんけど、転移なんて魔法がホントにあるんですか?」
「ジュウリ嘘ついてる。ホントは神様が住む世界から落ちてきた」
信じてもらえなかった。
そういえばゴッダさんもこの話を信じてなかったな。もうこの話はあまり他人にしない方がいいかもしれない。頭のおかしな人と思われるだけだろうから。
お互いの身の上を話し合ったところで俺はあることを聞いてみることにした。
「俺この施設から逃げ出したいんだけど、何か有益な情報持ってる?」
俺を命の恩人と慕う二人なら看守にチクられることもないだろう。奴隷歴一ヶ月と短いから質にはそこまで期待できないが、聞くだけ聞いてみる。
しかし残念ながら予想通り、二人の反応は微妙なものだった。
「ごめんなさい。ここに来てまだ日が浅いので、そういった情報も、そういったことを試みた人の話も聞いたことないですね」
「ごめん私たち役立たず」
「いや気にしなくていいよ。一応聞いてみただけだから」
ゴッダさんには「脱獄なんて考えるな」と注意されるだけだし、他の奴隷に聞いたら看守にチクるかもしれないし、脱出方法は自分で探すしかないかもな。
「でも脱獄なんていくらジュウリ様でも無理だと思いますよ。壁のせいで逃げ場がないですから」
「壁?」
「この街をグルっと囲む高さ20メートルの壁。ほらあれ」
リーメルが指さす方を見ると、たしかに遠くに壁がそびえ立っているのが確認できた。
「これはだいぶ厳しいかもなぁ…」
俺が自由になれる日は遠いかもしれない。
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