第8話 始まる奴隷生活

 奴隷ライフ1日目。

 太陽の位置的に時刻はちょうど正午くらいだろうか。


 俺の奴隷としての労働が始まった。朝起きて飯を食って、女帝といじめっ子にはめられて遠い地に飛ばされて、今は石を掘っています。とんでもない半日だ。


 どうにかこの負のスパイラルから抜け出して、自由にならなければ。


 「このピッケルで地下を掘り進めるんだ。このダンジョンの下に続く階段が見つかるまでな」


 俺の仕事を教える係に任命されたゴッダという名前のドワーフのおっちゃん奴隷が教えてくれる。

 この労働施設はダンジョンの上に作られたもので、ダンジョン都市を建築しているらしい。ダンジョン都市とはダンジョン内の資源を掘り、それを地上で売り買いするための都市で、この都市建設は国にとっての重大なプロジェクトなんだとか。


 だが地盤の崩落によってダンジョンの通路が塞がれてしまったので、奴隷に掘らせて正常な通路に戻しているという状況なようだ。


 そもそもダンジョンって崩落するもんなんだな。俺のゲーム知識だとダンジョンは崩れないくらいに丈夫なうえに掘り進めるなんてこともできないものだと思っていたが。



 「この掘った石も魔力を含んでいて利用価値があるらしくてな。ある程度溜まったらまとめて上に持っていく必要がある」


 「早く地上の空気を吸いたいですね。ここは息が詰まります」


 「たしかにな。でもすぐに慣れるさ」


 俺は早く石を掘って上に戻りたいので、付与術の練習も兼ねて”攻撃・守備力強化”でピッケルに魔法の膜を張って効率化を図る。

 しかしピッケルが片手用の小さいものなので、思うように作業が捗らない。両手で振るう長いピッケルだったらもう少しやりやすいと思うんだが。新技の”弾性付与”にもここでは使い道はないし。


 「もっと長いピッケルはないんですかね」


 「この短いのしか持たせてもらえないな。奴隷がピッケルを武器にして看守にケガをさせたら大変だからな。持ち手の部分も脆い木で出てくるから、これで看守とやり合うのは無謀だな」


 なるほど、奴隷の反乱対策でゴミみたいな道具しか使えないのか。


 さらに石堀りの作業中は手枷までされている。これもピッケルを持って暴れられるのを防ぐためだろう。

 

 脱獄をするとしても石堀り作業中は避けた方が良さそうだな。


 仕方なく使いにくいピッケルでゴッダさんと話しながら採掘作業をする。


 「それにしてもまさか人が空から降ってくるとは思わなかったな。ここは”空島”がある地域でも、”恵みの雨”が降る地域でもないのに」


 「僕も自分が空から落とされるとは思いませんでしたよ」


 空島は竜人が住まうという天空に浮かぶ楽園で、恵みの雨とはこの中央王国の外れにあるスラム街に降り注ぐゴミの雨のことらしい。

 ちなみに中央王国はカーラの帝国から海を渡って南に位置する国だということもゴッダさんに教えてもらった。


 つまり俺はカーラの術で別の大陸に転移させられていたらしい。わざわざ他の大陸にとは、自分の国を落下死した死体で汚したくなかったのだろうか。


 帝国の女帝に処刑されてここに落とされたということはゴッダさんには教えたが、半信半疑という反応だった。


 転移の呪文なんてものは一般には普及してない特異もので、信じる方が難しいらしい。

 俺はカーラの底知れぬ能力に戦慄したのだった。


 とんでもなく恐ろしい奴に目を付けられちゃったんだな。もしカーラに俺が生きてるとバレたら追手を差し向けられたりするのだろうか。もしかしたらこの施設で大人しく従順な奴隷として生きていく方が長生きできるかもしれない。


 いや、そんな後ろ向きな態度じゃダメだな。俺はこんなところで奴隷として死ぬなんてごめんだ。まだ逃げ道も、足枷を外す方法も思いついていないけど、どうにかしてここから逃げ出して自由になってやる。


 「あんちゃん、どうにかこの施設から逃げ出そうと考えてるだろ」


 「え、分かるんですか」


 俺は近くに看守がいないのを確認してから返答する。


 「ここに来た奴隷は皆最初はあんちゃんみたいに逃げることを考えるんだ。だがそいつらは一人も脱出できずに早死にしていった。処刑されたり、無茶な仕事をやらされたりしてな。長生きしたいならこの生活に適応するのが一番だぞ」


 「そうですか…」


 どうやら俺が逃げ出そうと思っていることはゴッダさんにはバレバレのようで、その上で俺に警告をしてくれている。

 もしかしたらゴッダさんも昔は逃げようと考えていた時期があったのかもしれないが、ずっと奴隷をしていく内に諦めるようになってしまったのかもしれない。 


 そんな会話をしながら作業をしている時だった。


 ドーーーン!


 「魔素溜まりだーーー!!」


 突如地下の奥から轟音が響き、次いで奥で作業している男の声も届いた。


 「うわビックリした!何の音ですか?」

 「どうやら奥が崩落して魔素溜まりと繋がっちまったみたいだな。俺らも早く逃げるぞ」

 「魔素?」

 「なんだ知らないのか。空気中に含まれる魔力のことを魔素って言ったりするんだ。まあ普通に魔力と呼ばれることもあるが。俺たち人間はこの魔素を体に吸収して自分の魔力に変えてるわけだ」


 魔力の回復についての新しい知識を得たな。てっきり魔力は体内から湧いてくるものだと思っていたのだが、大気中から吸収していたのか。

 この知識は帝国では習わなかったな。


 「濃すぎる魔素は命に係わる毒だからな。この地下を掘っていて濃い魔素が溜まった空間と繋がっちまった時は急いで地上に逃げることになってるんだ。魔素は空気中に広がるのが早いから迅速にな。」


 有毒ガスみたいな扱いなのか。

 ゴッダさんが出口に向かって走り出したので、俺も「ピッケルを放り出して足枷をジャラジャラと鳴らしながらゴッダさんの後を走ってついていく。


 ”身体能力強化”で走る速度を上げたいが、採掘のときにすでに魔力が切れてしまっていたので今は発動できないだろう。魔力が少ないのも俺の弱点だな。


 後ろからはしきりに「魔素溜まりだ!」と声を掛け合う声と増える足音が聞こえてくる。声を掛け合って逃げ遅れる人が出ないようにしてるのであろう。俺たちの前方の奴隷も後方の奴隷も、地下中の奴隷が一心不乱に走っている。

 

 魔素溜まりとはそれほどに危険なものなのか。


 「ケホッケホッ」


 「もう魔素が回ってきたか。服で口元を覆って走れ。気休めにはなるだろう」


 咳が出たと思ったら次は頭が痛くなってきた。これが魔素の影響なのか。早く逃げないと悪化しそうだ。

 頭痛を我慢しながら必死に前へと走り、ようやく地上へ脱出することができた。俺は地面に膝をついて呼吸を整える。新鮮な空気を吸うことで、魔素による頭痛も治まっていくようだ。


 ここであることに気づく。後ろから人の気配がしないのだ。「魔素溜まりだ!」と叫んでいた人やその周囲にいた人たちはまだ後ろにいるはずなのだが、声も足音も聞こえてこない。


 「ダメだったか…」


 ゴッダさんが地下への大階段に振り向きながら呟いた。

 

 「え… 僕たちより後ろの人たちは全滅ってことですか」


 ゴッダさんは暗い表情をしながら頷いた。

 後ろでは数十人は働いていたはずだが、それが全員死んだ。人はこんな簡単に死ぬものなのだろうか。


 「近くで魔素溜まりが出たら基本的に助からない。地下を掘っていて大勢死ぬなんてこの施設では日常のことだ。あんちゃんも早く慣れないと心が壊れちまうぜ」


 そういうゴッダさんの目は悲しい顔をしていた。1年近くここで働いているゴッダさんでも人の死には慣れていないのだろう。

 それもそうだ。後ろにはゴッダさんの知り合いの人だっていただろうから。

 

 「無事なのはお前らまでか。ではすぐに車輪の作業に移れ!」


 命からがら逃げきった俺たちに看守は次の仕事を命令してくる。そういえば地下にはほとんど看守がいなかったな。


 こういう危険がある仕事だから奴隷にやらせて、自分たちは安全圏で待っているのわけか。


 「すみません。こっちの奴隷は新入りで魔素で体調が崩れたみたいで…」


 「言い訳などいらん!早く仕事に行け!」


 ゴッダさんは俺を休ませてくれようとしたみたいだが、看守はそれがそれを許してくれなかった。ムチで俺の腕を叩いて、早く行くように急かしてくる。


 俺は看守たちへの憤りと殺される前にこの施設から脱出しなければという気持ちが強まった。

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