第1章 奴隷解放編

第7話 奴隷施設に落ちた救世主

 帝国で古谷柔理が処刑されたのと同じ頃、とある国のとある奴隷労働施設にて。


 「おら!おら!女子供だからってサボらせてもらえると思うな!貴様ら奴隷にそんな権利は与えられていないんだよぉ!」


 施設の看守が女奴隷に鞭を振るっていた。青い髪をしたその獣人の奴隷は、柔肌から血を流しながらも、叫び声を上げまいと耐えている。叫び声を上げたら看守を付けあがらせて、もっとひどい仕打ちをされると知っているからだ。


 もう声を出せないほどひどく負傷してるから叫ぶことができないというのもあるかもしれないが。


 「ほらっ!もっと泣きわめいて俺を楽しませろよ!」


 看守は鞭の勢いを増す。


 「やめて!これ以上やったら死んじゃう!私が代わりに受けるから!」


 その現場を傍らで泣きながら訴えているのは薄い緑色の髪をしたエルフの少女。

 獣人の少女とはこの奴隷施設に連れ去られてくる前からの友人だ。


 「なんだお前ぇ~。もしかして奴隷のくせに俺に命令してんのか?」


 看守の言葉でエルフの少女は顔をひきつらせた。看守の標的が獣人の少女から自分に移ってしまった。

 だが後悔はない。友人を救えるならこれで正解だと思えた。自分が犠牲になればいいのだと。


 彼女の目に覚悟の炎が灯る。


 だが看守はこの目が気に食わなかった。


 「なんだその生意気な目は~?奴隷がしていい目じゃねえよな?これは反逆罪だなぁ!!」


 彼は奴隷を痛めつける用の鞭を捨てると、腰から剣を抜いた。こちらは奴隷を殺処分する用の道具だ。


 「や、やめて…」


 獣人の少女はか細い声で看守を引き留めようとするが、看守は聞く耳を持たない。剣を構えてゆっくりとエルフの少女に近づいていく。


 「最近は新しい奴隷も入ってきてたるんでるからな!ここらでいっちょ見せしめといくかぁ!」


 エルフの少女は腰が抜けて逃げ出すこともできなかった。ただ祈った。


 「助けて神様」と。


 獣人の少女も同様に祈った。無力な自分を呪いながらただ天に、神に祈った。この残酷な世界では奇跡を起こしてくれる神など存在しないと、今までの人生で分かりきっているというのに。


 しかしこの日は奇跡が起きた。


 ズガーーーーーン!!

 「ぎゅぴっ」


 二人の間を歩く看守の頭上に空から何かが降ってきた。二人にはそれだけしか分からなかった。あまりに一瞬の出来事だったから。巨大な砂埃が舞い上がって何が落ちてきたのか把握することもできない。


 だが何かしらの奇跡が起きて、自分たちの命が助かったのは明らかだ。


 「死にたくねえよーーー!」という空耳が聞こえた気がしたが、そんなことは今はどうだってよかった。


 大きな音を聞いてよそから別の看守たちが様子を見に来る。


 「何が起きたんだ!事故か!」

 「クフの奴、また奴隷で遊んでたのか?所長にやりすぎんなって言われてたのに」

 「ったく、あいつもうクビでいいなじゃねえか」

 「いやこれは遊びって次元じゃないだろ…」


 二人の少女はこれがさっきの看守の奴隷いじめの一貫でないのは知っている。あの看守にとって想定外の事故が起きたのだ。


 二人の少女と看守たち、そして遠目から働きながら観察している多くの奴隷たち。

薄れゆく砂埃の中から彼女たちの目に飛び込んだのは、圧死したゲス看守と一人の黒髪の青年だった。

 


◇ ◇ ◇


 目が覚めると俺は石の上で寝ていた。周囲には鉄の棒がズラリと並んでいる。


 これ檻じゃね?


 俺はたしか女帝カーラの召喚術で空に転移させられて、そのまま地上に叩きつけられたはず。


 ではなぜまだ生きているのだろうか。


 体は全くの無傷。黒騎士レオに制圧されたときに左頬についた切り傷から血が垂れているくらいだ。


 自分の体が無事なことを確かめるために手であちこち触ってみると、なんと体中がブニブニと弾力を持っていることに気づく。

 まさか体が弾性力を持ったから落下のダメージを無効化したのか。なるほど「効かないねゴムだから」みたいなことか。

 

 「いやどういうことだ。なんでこんな体になってるんだ。まさか付与術の新しい力なのか?」


 ”身体能力強化”を解除する要領で魔力を操作すると、簡単に元の体に戻ることができた。

 やはり俺の付与術の力であっていたみたいだ。”弾性付与”といったところだろうか。


 しかしなぜ急に新しい付与を覚えれたのだろう。これは後で考えてみる必要があるな。


 そんなことより重要なことが判明した。さっきまで帝国の訓練着を着ていたはずなのに、今は服装がボロキレに変わっている。あまりにボロすぎて服と言っていいのか判断が難しい。


 さらに靴を脱がされた両足には足かせがつけられており、そこから伸びた鎖が一つの鉄球に繋がっている。


 おっとこれは…


 「なんか捕まってる感じ!?一命を取り留めたと思ったらまたさらなる問題が。一体何が起きてるんだ」


 自分の今の状況を覚醒したばかりの頭で懸命に整理していると、横の方から声がかけられた。


 「お、目が覚めたようだな」


 深緑の軍服のような恰好をした男が檻の外から俺を見ていた。軍人だろうか。


 「あのあなたは…」


 「質問は受け付けていない。今日からお前はこの施設の奴隷として働いてもらう」


 奴隷?帝国から逃れられたと思ったら次は奴隷だと。冗談じゃないぞ!


 「そんなの… 痛ぁっ!!」


 男が振るった鞭が俺の体に当たった。


 「奴隷が気安く話しかけてんじゃねえ!お前は黙って死ぬまで奉仕してればいいんだよ」


 よし、大人しく黙っておこう。これ以上痛いのはごめんだからな。わざわざ歯向かってもいいことはないだろう。


 ひとまずは従順なふりをして様子を見ることにした。


 「分かればよろしい。看守の一人を殺したから本当は殺処分でもよかったんだがな。今は人手が足りていないってのと、死んだ看守が問題児だったから生かして奴隷にしてやるんだ。お前は俺らに感謝してもいいくらいだぞ」


 そう言いながら俺は檻から出される。


 俺が落ちてきたときに人を殺してしまったのか。自分がさきほどまで命の危機に瀕していたからかそこまで実感は湧かないが、申し訳なくは思うな。


 しかし落下死するか、生き延びて奴隷になるか。どっちの方が俺にとって幸せだったのだろうか。それはこれから決まるな。


 こうして俺の奴隷ライフが始まった。

 


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