第6話 全てを奪われて追放

 体に力を入れられずに倒れ込むと、誰かが俺の元へ駆けてくる足音が聞こえた。


 「柔理くん大丈夫!どうしたの!」


 どうやら葵が心配して駆けつけてきてくれたようだ。

 だが俺の体はまるで操り人形のように立ち上がると、先ほど一ノ瀬に投げられた剣を持ち、それで葵に斬りかかった。


 ガキーン!


 「なにやってるのよ古谷くん!」


 闘気の力ですっ飛んできた楠木さんが俺の攻撃を剣で受け止めた。


 「葵に斬りかかるなんてどういうつもり!?」


 俺が?葵に?一体何が起きているんだ。

 俺は今自分の意思で体を動かすことすらできない。


 そうかこれがカーラの”絶対支配権”の力なのか。今の俺の体はカーラによって操られているのだ。

 だが声を封じられているため、葵や楠木さんにそれを伝える術がない。


 楠木さんと斬りあっていると背後から一ノ瀬が叫ぶ声が聞こえた。


 「みんな下がってくれ!古谷くんは気が触れてしまったんだ!もう彼は普通じゃない」


 なんだと!まさかこんな手段で俺を悪役に仕立ててくるとは。どうにか体の自由を、せめて声だけでも戻せれば…


 俺が思考を巡らせている間にも、俺の体は操られて楠木さんと斬りあっていた。


 「あんたいい加減にしなさいよ!あんたのことが好きな葵の気持ちを踏みにじって斬りかかって!どういうつもりなのよ」


 楠木さんの後ろで守られている葵は俺を見ながら涙を流していた。

 違うんだ。これは俺の意思じゃなくて。

 体を止めたくてもどうしようもできない。


 「みんな気を付けるんだ!彼はカーラ様や僕たちを殺して一人で元の世界に帰ろうとしているぞ!」


 この3週間で葵と楠木さんと必死に訓練してせっかく”状態異常耐性付与”を覚えたのに、俺の貧弱な魔力ではセンスのある一ノ瀬の状態異常攻撃を防げなかった。

 俺には才能がなかった。努力も無駄だった。

 そのせいでこんな窮地に陥ってしまった。


 一ノ瀬は葵のそばに駆け寄り、俺から守るように振舞っている。

 「大丈夫かい伊織さん。僕と安全なところまで下がるよ」


 葵が一ノ瀬の手で俺のそばから離れていく。

 悔しさで俺の目からも涙が出てくる。


 「なっ、なんであんたが泣いてんのよ…」


 楠木さんの剣に迷いが生じる。そこに俺の剣が襲い掛かる。

 

 (避けてくれ!!)


 ガキーン


 それを防いだのは聖騎士の才能を持つ委員長の石岩くんと、剣聖のレア才能を持つ剣道部の剣崎くんだった。


 「古谷くん。君には失望したよ。みんなで力を合わせて元の世界に帰らなければならないのに」

 「今本気で楠木さんを斬ろうとしてましたね。もはや言い訳の余地はありませんよ」


 二人が俺をさげすむ目で見てくる。彼らの後ろで成り行きを見守るクラスメイト達も同様の目を向けてくる。


 「せっかく仲良くなれたと思ってたのに、本当は一人で元の世界に逃げる方法を画策してやがったのか」

 「なにそれ最低」

 「今日から始まる魔物討伐の演習が嫌だったのかねぇ」

 「まあ古谷の才能は微妙だからな。それにしてもこれはひどいが」

 「葵ちゃんを殺そうとしたんだよ。人として終わってる」

 「俺と仲良くしていたのも、殺す隙を伺うためだったのか」

 「この裏切りもんが!」


 俺はクラスの皆から逃げるように、背を向けて玉座の方へ駆け出した。

 いや、これも自分の意思ではなくてカーラの支配の影響だ。


 俺は限界まで強化された速さで、カーラに斬りかかろうとしている。カーラまであと数メートル。もういっそこのままこいつを切り殺してしまった方が事態が好転するんじゃないだろうか。


 そんなことが脳裏によぎったが、次の瞬間には地面に顔面をぶつけていた。その拍子に剣で左頬に切り傷がついて痛みが走る。

 一体何が起きたんだ?


 「すまないなフルヤジュウリ。こんなことはしたくはないが、カーラ様の命令は絶対なんだ」


 どうやら黒騎士レオが俺を抑えつけたようだ。


 「ではこれより女帝に歯向かった反逆者フルヤジュウリを処刑する!」


 カーラが門の付近に立ちすくむクラスメイト達に向けて大声で言い放った。こんな誤解されたまま、みんなと、葵と別れるなんて嫌だ!


 だが俺の体は動かない。

 黒騎士レオが俺から離れると、今度は地面から黒い影のようなものが無数の腕となって俺を抑えつけた。おそらくカーラの技の一つであろう。頭から足の先まで抑えつけられて、体は微動だにしない。


 「く、くそ…」


 だが声の調子だけは少し戻ってきたようだ。


 「ほう、王輝の”沈黙”の効果がもう切れたか。この3週間で必死に練習した付与術のおかげだな。だがもう全て手遅れだ」


 たしかにここまで葵や楠木さんたちを傷つけて、もう元に戻ることはできないだろう。みんなにこいつらの暴挙を伝えようにも、門まで届く大声はまだ出せない。


 「しょうもない付与術師を犠牲にして、魔眼師の信頼を勝ち取れるなら安いものよな。ザコにも使い道はあるものだ」


 なんだその言い草は!

 そっちが俺たちを勝手に召喚したくせに。なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。

 それに葵や楠木さん、教官と鍛えてきた俺の力を否定されるのが悔しくてたまらない。

 俺は憎しみがこもった眼でカーラを睨みつける。


 「まだそんな目をできるのか。どれ、最後に何か言い残すことはあるか」


 最後の一言。

 これは別に残ったクラスメイトに遺言を伝えてくれるというわけでもないだろう。

 クラスメイトではなく、カーラへの一言。


 どうせ最後なら言いたいことを言ってやるか。


  「お前みたいな、イケメンに簡単に股を開くクソビッチに従うくらいなら死んだほうがマシだ。自由になれてせいせいするぜ」


 「貴様…!なら望み通り死ねぃ!」


 カーラが叫ぶと俺の足元に魔法陣が現れて、俺はそこに落っこちるように吸い込まれた。

 




 次の瞬間、俺は背中に空気抵抗を受けていた。目の前は真っ青だ。

 カーラの召喚術でどこかへ飛ばされたのは確実だろうが。


 あれ?視界の端に移るのは太陽では?


 ここまで気づいて、俺は自分の現状を理解する。

 これあれだ。空から落ちてるわ。


 「ぎゃーーーーーーーー!!!」


 一瞬で殺すのではなく、空から落ちる間に自らの過ちを振り返させるという意図があるのだろう。

 そういう説明をされたわけではないが、俺はそう受け取った。

 

 あのクソ女め!人の命をなんだと思ってるんだ。まさかこんな殺され方をするとは思わなかった。

 最後の一言を罵倒じゃなくて命乞いに使っていれば、この状況が少しでも変わっただろうか。


 いや後悔はない。召喚した当初から偉そうだった女帝を罵倒出来てスカッとしたし。

 しかもどっちみち後悔してももう遅い。


 (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


 一言放ってスカッとはしたが、やはり死ぬのは嫌だ!

 そんな俺の願いとは裏腹に徐々に地上が近づいてくる。


 「死にたくねえよーーーーー!!」


 もう地面は目と鼻の先だ。俺は怖くなってぎゅっと目を閉じた。


 ズドーーーーン!


 俺の意識は消失した。

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