13.アイドントハブタイム

 アラームが部屋に響く。

 ぐっすりと寝ていた、一体何をするんだっけか。


 ムギさんに餌をやって毛を撫でる、ふかふかのパンみたいだ。

 そうだ、ゲームをしよう。

 最近発売したばかりのMMOとFPSを混ぜたようなゲームがあったからそれをやってみよう。

 

「柚希、いつもの期間限定のやつ売ってたよ」

 ゲームをしている途中で、俺の彼女から好きなお酒をカップについでもらう。魔法瓶みたいになっている冷めない奴だ。

「ねぇ、韓国の映画なんだけど、これ観てみない?」

 なんか警察官がチキン店を経営する映画らしい、アクションコメディという奴だ、俺の大好物。

 俺の彼女は俺の好きな物をなんでも知っている感じだ。

 割とB級映画かとおもっていたが、この映画びっくりするほど面白い。なんて幸せなんだろうか。まるで俺が思い描いた世界にいるようだった。


 いつものように配信をする。

 あれ?誰だっけか、ずっと俺を応援してくれていたリスナーがいつもなら来るはずなのだ。モデレーターにだってしたはずなんだが。

 名前を思い出せない。いつもずっと応援してくれていた……たしか三文字のカタカナの名前だったからあれ?なんていう名前だっけ?

 まあいいや。

 不思議といつもより同接がいい。

 エピソードトークもちゃんとできていて、コメントも高速道路のように流れる。


 でもなんだ?なんで楽しくないんだろう?

 これが俺の理想なんだ。これが俺の夢の世界なんだが、何か大切な物を無くしてしまっているような感じがする。

 ムギさんが膝に飛び乗ってくる。

 ムギさんは視聴者にも人気である、かわいいし。


 ゲームがひと段落したので、視聴者と一緒に動画を漁る。

 あれ?俺がいつも観ている動画がない。

 いつも観ている動画ってなんだっけ?

 とりあえずバズっている動画を見ながら、それっぽい笑いを作って場を盛り上げる。


 配信は絶好調だった。

 シャワーを浴び終わった彼女は、色っぽくて艶やかだ。

 彼女をベッドに押し倒すと、子犬のようにかわいい鳴き声が聞こえる。


「なあ、なんか物足りないんだよ」

「そう?すごく幸せじゃない?」

 そんなピロートークを彼女とかわしながら、眠りにつく。


 目を覚ますと昼の11時だった、冷凍チャーハンをチンして食べると彼女がやってきて、ひと口あーんしてあげる。

 食べ終わるとランニングをしながら好きな音楽を聴く。

 なんだかこの音楽は大好きだ!ジンジンする。


 今日の配信にもずっと観てくれていたあのリスナーは来なかった。

 シャワーを浴びながら、必死に名前を思い出そうとするが。もやがかかったように思い出せない。記憶が無くなっているような感じだ。

 彼女なら名前を知っているかもしれない、聞いてみよう。


「そのさ、リスナーの名前が思い出せないんだよ」

「どんな人?」

「一番最初からずっと見てくれた人なんだけどさ」

「私の事じゃない、忘れたの?」

 君の名前は……。


 アラームが頭を揺らす。

 そうか、ここは……俺が創造する幸せな世界だ。

 全部が上手くいっていて、ムギさんも生きていて……。

 

「今日は何日?」

「8月13」

 ムギさんも鳴く。


 この世界は居心地がいい。これが天国ってやつだろう。

 でも俺は、生き返らなくては。


「どうやったらこの世界から出られるのか教えてほしいんだ」

「行くのね、私はあなたの事が好きだから止めないわ。応援する」

 彼女は玄関に向かって指をさす。


「あなたが生きていた時に経験したことの中で一番嫌だった事に立ち向かうの」

 そうか、今日はお盆なのか。

 スーツに袖を通す。心臓は裂けるほどに悲鳴を打ち鳴らし続ける。

 防弾チョッキより重いスーツを纏って、玄関へ向かう。

 腕時計を見ると出社20分前だ。

 ドアの鍵を開けて、取っ手のノブを回転させようとするが、回らない。時計回りに回そうとするが、頭でどれだけ回そうとしても手が痺れてしまっていて、感覚がもうない。


 このまま固まって終わりなのか、そうじゃない!

 ノブはゆっくりとだが、回転しているのが見える。ゆっくりとだが確実に回っているのだ。

 回り切ったノブを必死に抑えながらもたれかかるようにしてドアを開けようとするが、岩を押しているようで微動だにしない。

「た、助けてください!」

 そういうと彼女もドアに体当たりするように手伝ってくれる。

「本当は手伝っちゃダメなんだけどね、秘密だからね」

 少しずつ開く世界。色づいてく景色が鮮やかに広がっていく。

 

 もう少しで通れそうなのに!硬く閉ざしたドアがまた閉まりかかる。

 

「ナー」

 ムギさんがそっとドアに頭をこすりつけると嘘のように軽くなる。

「いってらっしゃい柚希」

「いってきます!」


 お盆の学校はガラガラだった。

「おい免許無し、また無断遅刻か?遅刻したら謝るのが常識だぞ」

 どうしたらいいんだろうか?銃があれば殺せるんだが。こんな仕事、辞めてやればいいのだ。そうだ、それがいい。

「立川先生、俺あなたより頭いいですよ」

「なんだって?」

「あなたが3回落ちて諦めた資格試験、僕は一発で合格しましたよ!」

「調子にのるなよ」

 立川先生のビンタを躱す。

「立川先生は教壇に立つ資格ないです」

「教員補助ごときが、図に乗るな」

 続く言葉を聞かずに教務から去る。ああいや、ここはビシっと言ってやろう。


「それ、他の先生がいる前でも言えますか?」

 思わず半笑いで言ってしまった。なんかスカっとする。


 あれ?幽界に戻ってなくない?

 家に帰ってムギさんと、彼女に会ってみると。

 その後に寝るか、天国専用のアラームがあれば幽界の方で目が覚めるという事だった。

 まあいいや、またムギさん会えるなんて思ってなかった。

 正直天国はあまり好きじゃないが、これだけは幸運だ。

 たとえ俺の想像でも、ムギさんとまた会えて嬉しい。


「さようなら柚希」

「ありがとう」

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