11.ハードライン

 決勝戦のみ選手同士で試合前に握手が行われる。

 俺の握手する相手はトイレで煽ってきた奴だ、しかもこいつがアブソルゼロ。握手なんてしたくない。

 手で握手をすると、思いっきり力を込めて握りつぶすような握手をしてくる、左手で握手するんじゃなかった。

「ナイト気取りが、図に乗るなよ」

 そう耳うちされる。

 煽ってくる相手は常に格下である、彼らは実力で勝てないストレスをぶつけているのに過ぎない。逆に言えば俺たちの立ち回りを変える必要などないのだ。


「コバルトクロウ対アビスハイウェイ!試合開始!」

 湧き上がる観客をよそに冷静なのに怒っている自分がいた。こんな気持ちで試合に挑むのは初めてだ。

 マップは以前ドラグナさんと決闘した港町マップである。

 こんな奴らに優勝させてたまるか。

 クソ、指の痺れがさっきの握手以来酷くなっている、ほとんどというか全く力が入らない。

 

 カウントが始まって、景色が色鮮やかになっていく。

「一度様子を見る、かなり攻め気味なプレイが目立つから、相手が上がってくるまで待て」

「了解‼」

 Aサイト方面で銃撃が起こると同時にB方面でも銃撃音が重なる。

 AとB両翼が崩れてしまう。

 血の気が多いやつらだ。だがこういう奴らとは散々戦いなれている。

 リボルバーの初弾をリーンで躱してG18の連弾を叩きこむ。

「ミッドで合流や!」

「カバー欲しいです!」

 その応答と同時にライトさんが沈む。

 キャリアーが俺でよかった。せめて設置さえすればなんとかなる。

 ミッドのL字を直接抜けるしかない!

 奇跡的にもライトさんが削っていたミッドをこじ開けて、相手陣地を取り冷静に状況を分析する。

 Bサイトが室内戦になるので、G18ならBだが、弾がギリギリだ。

 残り1マガジンで2人だ。

 サイドスローにしておいて、Bへと足を進める。

 深呼吸だ、そうだ。肩の力を抜かなければ。

『なあ柚希ちゃんってローセンシだろマウスパッド足りるか?あともっと手と指の力抜いたほうがいいぜ』

 俺の手の上にドラグナさんの手が重なった初日を思い出す。


 やはりA寄りなのか、設置を完了しサイト内にタレットを設置する。

 来た。1人が解除に入ってもう1人がカバーに入る形だ。

 しかも俺がわざわざ設置したタレットをカバーにして解除に入っている。

 サイドスローでフラッシュバンを投げる。サイドスローで横回転がかかったフラッシュバンはドアの縁で激しく跳ね返るとタレットのほぼ上空で炸裂する。

 今だ!一瞬の電撃戦で視力を失ったカバー役のゼロを倒し、聴力を失ったもう1人を狩る。


「アビスのアイスハート!またもやクラッチだあああ‼」

 歓声で揺れる開場。


「ナイスやアイっさん!」

「流石ですわ!」

「次はアンチエコだ、ドラグノフで頼む」

「了解!」


 不自然な事に相手チームは無理に買っていた。

 だが、このマップのエコで俺のドラグノフに勝てる選手はいない。

 ドラグノフでツーマンセルを捌く。

「サイト内クリア!」

「設置するで!」

「民家はわたくしがロックしてます」


 バラバラに突っ込んでくるコバルトクロウ。

「民家からブラストが来ます、抜かれましたわ!」

 負けたのか⁉ショットガン対決だからありえなくはない。


 自動ドアには、俺のタレットが置いてあり。通った射線からスナイプが決まる。

 第二ラウンドも勝利だ!

 瞬間タイムが入る。向こうのチームから野次が飛んでくる。

 

「卑怯だぞ!グリッチだ」

 チームコバルトクロウの言い分は、自動ドアをタレットで開いているのがゲーム内のバグの悪用だという言い分だった。

 大会運営から俺への注意が入り、次ドアタレットを使用すれば退場になるらしい。藤野さんは仕様だと押し切ってくれていたが、運営は頑なにそれを認めなかった。

 グリッチの使用ペナルティとして、マネーシステムに調整が入ってラウンド自体の勝利は変わらないが、向こうにも勝利分のマネー獲得という形で収まる。

「言ったもんがちみたいになっとるな、アイっさんは気にせんでええよ」

「わたくしがあのブラストを止めます」


 藤野さんの顔が青ざめていた。

「どうしたんですか?」

「すまない白田、トウフ警視長から直接緊急要請が入ってな。どうやら天国の方で麻薬の売人のアジトが見つかったらしい。武装集団らしいが、お前の荷物を盗んだ伊佐木仁だ」

「どういう事ですか?」

「すまない、私はリザーブの師匠と交代になる」

 車の中でいたもう1人の助っ人だ。

「実力は私より上だから心配はするな」

「こんな時に行くんか藤野先輩」

「仕方ないだろう!私は選手であり警官だ」

「1人で行く訳じゃないですよね?」

「本来は制圧部隊の到着を待つんだが、こっちの動きがバレてしまって今取り逃すと氷獄に逃げられてしまう。今動けるのは私だけだ、私1人でそれを止めなければならない」

 真剣な顔をした藤野さんは、もう止めても無駄なのだろうか。


「そうか少しトウフ警視長に折り返してみる」

 電話が終わると明るい顔をした藤野先輩が『心配するな』と俺の肩を叩いて言って見せた。

 

「試合を捨てるような真似をしてすまない。正直白田、幽界にきてからのお前には惚れたよ、お前は現世に戻れる。だから勝って見せろ」

 

 俺にだけ聞こえるようにそう言い残した彼女はステージから降りて会場から出ていく。

 

「幽界で死んだらどうなるんですか?」

「魂が無くなると、それこそ永遠の死ですわ」

「うちらは虚無に還るっていう言い方をしてるで」


 控え選手の師匠と軽く連携内容のすり合わせを行うと、再び試合が再開した。

 敗北したがマネーに余裕ができたコバルトクロウは、水を得た魚のように暴れまわる。

 正直かなりやっかいだ。

 中央のL字で俺のドラグノフとゼロのDSRが正面衝突する!

 流石にヘルメット被ったこの距離じゃ無理だろうな。

 撃ち負けてファーストをとられた俺の報告と同時に他のチームメンバーも始末される。

 やばい、流れが変わるのはまずい。

 その次のラウンドも、DSRで俺を捌き、フェリアさんがゼロを仕留めるも師匠との連携がまだうまく取れずラウンドを落とす。

 その次も、ドアタレットが使えない事をいいことにBでの室内戦で暴れまわるアブソルゼロに手を焼いて連敗が重なる。

 

 ごめんなさい、藤野さん。

 俺じゃ勝てないよ……やっぱり所詮ニートの俺じゃ無理だったんだ。藤野さんが心配で、試合にも集中できないし、もう薬指もひどく痺れてきてAキーが殆ど押せない。トッププロのドラグナさんが負けたんだ、俺なんかに勝てる訳ない。

「おーっとここで再びタイムだ!今度はアビス側がタイムをとりました」


「はろーひゅーまん諸君」

「トウフさん⁉」

「まあ直訴ってやつだよねぇ、一応一報いれたんだけど少し対応が曇っていたからねえ」

 トウフさんの後ろにはアビスのユニフォームを着ているドラグナさんが立っていた。


「何かっこ悪い顔してんだよ柚希ちゃん」

「どうしたんですかその服?」

「その服きてる柚希ちゃんが言うのは面白いな」

 トウフさんがデスクに登ると説明をしてくれた。

 なんでも署から直々の緊急要請だった為に、替えのプロ選手の指名を嘆願してくれたそうで、本来ならば多重エントリーは認められていないが、ドラグナさんがアビスにリザーブとして加入してくれるそうだ。

 要は師匠と交代である。

 相手チームさえ認めれば、ドラグナさんが参加できるらしい。


 だが、当然相手チームが認める訳もなく。

 そうだろう、相手だって必死なのだ。敵戦力を削いででも優勝したいのだろう。俺だって相手の立場なら反対する。


 ブーイングが始まった、観客たちだ。

 確か俺のドアタレットがグリッチだと言われた時もブーイングしてくれていたが、今回はそんな規模じゃない。会場全体がブーイングに参加してテレビで見られないハンドサインを使っている人たちも大勢いる。

 それに押し切られるようにしぶしぶ承諾する、コバルトクロウとゼロ。

 

 ゼロがこっちに来る!

「だけどな、選手交代は認めてやるよ!だけどだ!交代する選手は俺が指名する、アイスハート、お前がリザーブ行きだ‼」

 この条件は許すしかないだろう、妥協点ってやつだ。特例措置を押し通してくれたのは相手チームが無理を呑んでくれたからだ。


 観客のほうからは「1回負けた相手にビビってんのかよ」と野次が飛ぶ。

 肩をふるわすゼロはぐっと我慢してドラグナをにらみつける。


「なあ柚希ちゃん、藤野先輩のところを応援に行ってやってくれないか?アタシが来たんだから勝ってやるよ」

「いいんですかね?」

「我が許そう、君は今日だけ一日警察署長にしてやろう。だけど藤野さんのいう事をきくんだよ」

「わかりました!」

 そうだ、誰かを護るのに警官がどうかなんて関係ない。

 小学生の下校時間に地域のボランティアが交通管理をしてくれるのと同じだ。

「わたくしたちに任せて下さい!絶対に勝って見せますわ!」

「昔のアビスまんまやな、帰ってきたらトロフィー持たせたるからな」

「じゃあ行ってきな」

「はい!行ってきます!」


 

 藤野さんに連絡しても繋がらない、署か自宅のどちらかだろう。一度自宅に寄ってから署だろうか。

 とりあえず藤野さんの自宅へとタクシーを呼んで飛ばす。


 丁度藤野さんは自宅のガレージからウラルでてくるところに偶然ばったり出会った。運転手にクラクションを鳴らしてもらう。

 俺と会うと目をまるくする藤野さん。

「おい!試合はどうしたんだ」

 

 経緯を話すと納得してくれた藤野さんは、俺の同行はいらないと拒み始める。

「一般人がやる任務じゃない、しかも今回は本当に死ぬかもしれないんだぞ」

「藤野さんだってそうでしょう⁉」

「足手まといだ、馬鹿なのか」

 必死にサイドカーに乗ろうとする俺に、それを引きはがそうとする藤野さん。

「時間の無駄ですよ!藤野さん!」

 パンと高い音が破裂して、その後俺はぶたれたんだという事に気付く。

「お前は警官じゃない、付いてくるな」

「僕は一日警察署長ですよ!あなたが僕に死んでほしくないのと一緒で僕だって同じ気持ちなんです‼」

「頑固者め、メットを被れ」

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