10.オフライン
「そうえいばアイっさんの声ってめっちゃええ声やんな」
「そうなんですわ!ライトさんもわかってますわね」
「そうか?私はスカした声で嫌いなんだが」
めんと向かって言われると傷つく。ニートはデリケートなんだからもっと優しくしてほしい。
オフライン開場に車で向かう4人は試合前に落ち込む事なく、かつ若干は緊張しているような良い雰囲気だった。
「気を付けてくださいよ!いきなり子供が飛び出してきたりするかもしれません!」
「嬉しいよ、白田が車に乗れたの」
気にしていたのか藤野さん。別に今でも怖い物は怖いが、この4人と一緒なら死んでも構わない。
「なんや?交通事故にでもあったんか?」
「そうなんですよ!玉突きで今は意識不明みたいです」
急に静かになる車内。誰1人俺と目を合わせようとしない。
「生き返るんか?アイっさん」
「はい」
「まあ行けると思うぞ、白田。あとは優勝するだけだ」
「みんなと一緒だから心強いですよ」
ただずっとフェリアさんは、俺と話そうとしてくれなかった。そっぽを向いている。
「うちは自殺してもうてなあ、今でも後悔しとるよ。父ちゃんが火葬の時に泣き崩れて……ほんま悪い事してもうたわ」
「わたくしは、心梗塞。受験に丁度落ちてしまってその日の夜眠るように死んでしまいましたわ」
みんなもう生き返れないんだ。そうだ、みんなが行きたくても行けない場所に俺は進もうとしているんだ。どんな気持ちなんだろう?
「私は子宮がんでな、摘出しても遅かった」
「ええ⁉若いのに」
急にハンドルを握る藤野さんの頬が赤らいで、慌てふためく。
「わ、若い⁉私がか⁉」
「ええ、20代くらいだと」
「まあそれくらいで死んだよ、なんだ女子高生くらいに見られてるかとおもったぞ」
それは無理があるだろう。
「アイスさん……お願いだからいかないでください」
半分すすりないて俺にしがみつくように抱き着いてきたフェリアさんを引きはがす。
「あのな悠、好きなんだったら応援してやれ」
「いやですわ!だって、2度と会えなくなって、しかも忘れ去られるなんて……」
しゃくりあげるような嗚咽と泣き声がしばらく続いた。
「一緒に生き返れたらよかったんですけどね」
「そうですわね、ごめんなさい」
涙を拭うと彼女は無理な笑顔を必死に作っていた。
「そういえば白田って女だましてそうな声やんなやっぱ」
「わかるのか光?こいつは生前寝落ち通話を視聴者の女子高生としていたんだぞ」
「きっしょ」
「くわしく教えてくださいアイスさん!」
「いや、あの時僕は若かったんですよ」
「寝落ちをやめたのは21くらいだぞお前」
「マジでキモいわそれ。普通は高校生くらいで恥ずかしなってやめるんやで」
「でもわたくし知ってますわ!30までもちもちしてたらフォースが使えるようになるって!」
そんな訳あるか。そんなんでフォース使えたらヨーダは師匠なんかじゃない。
「準決勝は言った通り、関西の強豪チームだ。今大会の優勝候補とも言われている」
「ここで勝ちたいで」
「勝つんですわ」
「白田、その……嫌だったら着なくてもいいぞ」
ゴスロリ服の事か、確かに俺はいきなりあんな服着させられて、恥ずかしかったがあれも立派なユニフォームだ。スポンサーロゴだって入っている。
「着たいです」
「ですわよねぇ⁉」
オフライン開場前はまだ試合前だというのにとんでもない人だかりで、グッズブースとかで時間をつぶしてたりする人もいるみたいだ。
あのストラップ!黒柴の!ドラグナさんのチーム人気なんだなあ。
更衣室と控室が一緒みたいで、関係者用のトイレでゴスロリ服に着替える。
個室から出ると、背の低い男と肩がぶつかってしまった。何か小さな袋みたいなのを落としてすぐさま拾いあげると俺を睨みつけてくる。
「なんだお前⁉ここ男子用だぞ」
「すみません」
「男かよ」
たじろぐ彼に会釈をして、外へでようとすると声がかかる。
「アビスの選手か?あのクソ差別チームの」
半笑いになった彼は更に続けた。
「そうか、女だけじゃ勝てねぇからこんなオカマ野郎を入れたのか。お笑い芸人でもやったらどうだ?」
そう笑いながら彼はトイレを出て行った。
言い返したかったが、ぐっと我慢した。みんなの事を言われて手が出そうだったが、俺はもうプロなんだ。
異変に気付いたのは水を飲もうとした瞬間だった。
もともと左利きな俺は左手て水を手に取ったのだが。もう小指の感覚が殆どない。大会前に若干オーバーワークしたからかもしれない。本当は休まなければならないのだが、落ち着かなくてずっと練習していたのだ。こういうところでまだ自分は素人なんだなと感じる。
スタッフにお土産を渡し終わった藤野さんが控えに戻ってきた。
「緊張するなという方が無理な話だ、いくぞアビス!」
円陣を組んで気合を入れる!
「アビスハイウェイ入場お願いします!」
扉がひらけて先の景色はホールの座席が満員で、しかも立ち見まで埋まっていた。
半端なく光るフラッシュライトを背に道を進む。照明が眩しい。
カメラマンだっているぞ、なんだこれ。アイドルかなんかかよ。
このステージの上で向かい合うようにして各チームのデスクが1列ずつ並んでいる。これがオフラインか、背に汗をかいているのがわかるくらい汗で濡れてしまっている。
集中していて気づかなかったが緊張しているのか俺は。
司会の声すら遠くに聞こえるほど集中力は高まっていた。軽い選手紹介が終わった後、幕があける。
「ブラックアダマント対アビスハイウェイの戦いが始まる‼」
ノイズもない、ゲーム音はクリアで足音までしっかり聞こえそうだ。
マップは室内戦メインの地下鉄の駅だ。ここではヘッドラインをあわせやすいのでAKMを使うスケアクロウのKDがとんでもなく跳ね上がるアビス有利マップと言っても過言ではないマップだ。
「Bだ、コンタクトしてからアイスはミッドを抑えてくれ」
「アダマントの陣形的にエスカレーターから最速でマシンピストル持った奴がくるで」
「了解した、エスカレーターはフェリアが押さえてくれ」
「わかりましたわ」
頭1つしか見えない強ポジションをM57で撃ち抜くスケア。このマップはこの人の為にあるというくらいこういう縦軸の射線がズレてないマップはやばい。
「エスカレーター来ましたわ」
それとほぼ同時に火炎瓶でのログが並ぶ。
地下鉄マップは天井がある為、天井に火炎瓶をぶつけるような投擲物の使い方が強い。
「設置中!」
「ミッド来ました!」
G18が叫びをあげる。なんかいつもよりヒット感が違う感じだ。しっかり当たる。オフラインだと専用のサーバーとか借りてるから、ピン差がないのだろうか?
「なんかG18めっちゃいい感じです」
「オフラインでは弾抜けがないからな、高レートの武器の真価が発揮される」
「買うやんな?」
「ああフルバイで差をつけるぞ次もBだ。同じ戦法で行こう」
Bは若干広めだから、この戦術はめちゃくちゃ強い。正直第二ラウンドを落としたことが今までないのだ。
案の定第一ラウンドと似た展開になり第二も先取する。
この展開からアビスが負ける事はない。
攻撃側で落としたラウンドは1ラウンドのみで、5-1である。そのままストレートと行きたかったが、若干攻めが有利なマップでもある為やはり簡単にはいかないようだった。
「エスカレーター突破されましたわ!」
「無理やBショートも抜かれた」
エスカレーターにアンダースローでフラグをこぼす。
このゲームのフラグはレシーバーに判定があるので、坂や階段でも意図的に止めることができる。
1人グレで飛んだ、残り3人。
このマップのBはリテイクが難しいマップで、正直設置側が時間を稼ぎやすい構造になっている。
「蘇生フェイントを入れるから、その後同時にエントリーするぞ」
蘇生フェイントというのはスケアクロウのヒーローのAOを使ったフェイントである。蘇生の際に響く除細動器の音で相手の設置を誘い、その隙にリテイクエントリーするという単純なフェイクである。
AKMで1キル取るも、フェイクに釣られた敵2人がかりでつぶされてしまったスケア。だてに相手もここまで勝ち進んできてはいないのだ。
1対2で爆弾は既に設置されてしまっている。
設置後カバーに移動した相手を狩る。
HK416もレート高めなのでこういう時は強い。
ラストはAKM持ちか。逃げに徹するだろうからどうしたらいいのか。
リテイクが難しいという事はサイトを抑えている方が有利ではあるが、爆弾を解除しなければならない。
スモークを炊くと同時にタレットカバーを展開して解除に入る。
足音が近づいてくる、モク中ファイトになるのか。
こういう時のフラッシュハイダーだ。
火炎瓶で退路を塞がれ前に進むしかない俺はスライディングしながら投擲音が聞こえてきた方面に射撃を始める。
モクから出た時にはもう相手は倒れていた。
解除キットをスケアさんから拝借して、解除に入る。
ギリギリだ、正直間に合うと思うが爆弾のカウントが早くなり、それに合わせて鼓動も早くなっていく。
「クラッチだあああ‼アビスハイウェイ決勝進出!」
「冷静な判断だったなアイス」
フラッシュハイダーは銃のマズルフラッシュを低減する効果があるオプションだ。モク中で発砲音が聞こえても、どこから発射しているかなんて音だけで正確な射撃が出来るほど甘くはない。
「やったで、うちら決勝までいくんや」
「優勝するんですのよ!わたくしたちが」
そんな会話を遮るほどに、会場の観客たちの歓声の嵐はどよめきとなって俺たちを祝福していた。気持ちがいい、これだ。そうだ、おれはプロになりたかったんじゃないんだ。こんな経験を夢みていたんだ。
次の試合はドラグナさんのチーム渋谷サムライドッグス対コバルトクロウだ。
「コバルトクロウ?聞かないチーム名ですね」
「交流戦したことがあるだろう、流石に失礼だぞ白田」
「でもあのチームって監督がゴースティングしとった疑惑のあるチームやんな」
「あ!そうですわ!わたくしがカモにしていたブラストがいるチームですわ」
勝利確定である!
だが、サムライドッグスは第一ラウンドを落としてしまった。不穏な風がよぎる。このパターンは第二まで落とすだろう。
予想した通り第二も落とすドッグス。
ドラグナさんがエースであるドッグスの欠点はDSRを購入するラウンドまで節約気味に戦わないとダメなところだ。アビスでは俺がスノウブラックをピックしていたので、アーマーの費用が浮き、あまり節制するラウンドは少なかった。しかし今大会では俺以外スノウブラックをピックした選手はいないらしい。
大会戦績という物がある。
これはランクマッチではなく大会での戦績、いわば公式大会での選手のステータス表であり、スノウブラックなんて使ってたら自分のステータスが低くなってしまうので他のチームの選手はあまりピックしたがらないのだろう。
逆に俺はそういうのなんかかっこいいって思うタイプだから好きで選んだが、このスノウブラックがいない場合でDSRを購入できないという点はドラグナさんにリミッターがかかってしまうのと同じである。
「なんかおかしないか?連携というよりか、個々の撃ち合いの強さだけでゴリ押しとるでコバルトクロウは」
コバルトクロウのエース、アブソルゼロの戦い方はいびつだった。
ミドルレンジではDSRを使って、ショートレンジではM97を使うという大胆な初心者のような戦い方をする。
通常ブラストはミドルレンジでFA-MASを使用するのが一般的である。これはブラストがサイドアームに購入するショットガンの費用的にHK416とかAKMみたいな高額のアサルトライフルを買う余裕がないからだ。
ドラグナさんのチームがDSRをスティールできれば形勢逆転だ。だがドラグナさんのヒーローは購入した強化骨格を犠牲にして高速移動するという機動特化型のキャラで、皮肉にもブラストはそのキラーピックになってしまっている。打開はかなり難しそうだ。
DSRで沈むドラグナさん。瞬間移動して懐に入るもショットガンで沈むドラグナさん。
結局設置側では1本もラウンドをとれずにサイドチェンジが始まる。
「あのゼロって選手、あんなに強くなかったですわ」
フェリアさんがそう言うからアブソルゼロに注目してみると、確かに約2ヵ月程にしては異常なフィジカルの上達速度だ。いや、他の選手だってそうだ。
エース同士のヒーローの相性が悪いけど、ドラグナさんはそれだけで負けるような選手ではない。
◇ ◇ ◇ ◇
試合前、コバルトクロウチームにて。
「ここにはカメラがあるからな、トイレで」
「やっぱり僕はいやです、正々堂々戦いたいです」
「今更なに言ってんだよ新人の癖に、黙って俺に従ってろ」
「監督に報告します」
「何言ってんだ、監督の指示だぞ。大会関係者も味方がいるからもみ消して終わりだ。正義の味方気どりかよ、だせえ」
「こんな事の為に僕は練習してきたんじゃない!」
「このガキをリザーブと交代させておけよ、あとお前は情報漏洩で脱退処分だ」
科学の進歩は早い。
監督から貰ったこのドーピング剤は、服用してからの即効性が高くそれでいて検査に引っかかる事はない。バレたとしてももみ消して終わりだ。
初めは半信半疑だったが、死ぬ前は脱法ハーブなんかを作っていた裏の奴らしく、使ってみると効果は最高だった。
「あのアビスのクソ女共が……」
◇ ◇ ◇ ◇
サムライドッグスも防衛側で食らいついて、なんとか同点まで持ち直す。
延長戦だ。勝ってくれドラグナさん!
しかしドッグスのラッシュは失敗に終わり、ドラグナさん1人対敵チーム4人という最悪の状況に陥る。
設置の瞬間を見逃さないドラグナさんがリテイクのファーストキルをとって一気に高速移動で接近戦に持ち込む、上手い!相手の裏だ‼こんなのどうやったって反応できっこない!
瞬間振り向いたコバルトクロウの3人に集中砲火をくらいアブソルゼロのM97ショットガンでフィニッシュが決まる。
近差でドッグスの敗北である。
「メッセージが来たよ白田、お前宛にだ。かっこ悪くてすまないと」
左の小指の痺れは未だに止まらない、1とQのキーバインドを変えよう。もともとこういう時の為に試していたキー配置だ。
かっこ悪くなんてない。ドラグナさんは負けてもまた這い上がるような根性のある人だ。
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