9.ランアンドガン

 ランニングは全人類が好きである。老若男女問わずそれこそ犬でさえ喜んで走る。朝は朝食前に走らないとなんか一日が始まらないとまで感じる。

 暖かい。シャワーで汗を流すと気分もよくなる。

 あの日の後、俺はアビスのチームハウスに泊まり、死んだ事なんてほとんど忘れてゲーミングライフを満喫していた。

 類似したゲームの試合をあさり、自分に出来そうな事を探す。

「入っていいですよ」

 ノックに返事をすると、藤野さんがそろっと部屋の中に入ってきた。


「まさかえっちな奴みてたんじゃないだろうな?」

「そんな事ないですよ!」

「気をつけろよ、記録は残るからな」

「何しに来たんですか?」

 一枚のタオルを目の前に差し出される。

「白田、お前これ持ってみろ」

 いうままにタオルをもち、目の前でぺらぺらと煽ってみせる。

「横にひっぱってみろ、もっと強くだ」

 ぐっと引っ張り続けると、それを観た藤野さんは真剣な顔つきへと変わった。思わず心配になる。

「小指と薬指痺れてるだろう?」

「なんでわかるんですか⁉」

「試合をお前の視点で見返してると時々1とQのキーを誤打してたからな」

「たったそれだけで⁉」

 驚愕である、ドクター藤野はなんでも知っているらしい。


「医者に行くぞ」

 大事件だ。俺は医者が大の嫌いである。

 そもそもこのレベルになると、多分なんか切って骨とか削りそうなので、それが怖いので隠していたのだ。

 医者にいくと、とりあえずサポーターを貰い、なるべく肘を曲げたままにしないようにと忠告をされた。症状はかなり悪いらしく、確かにもう指に力は入らないぐらいになっていた。

 幽霊だけど症状が悪化したり改善したりはするらしい。まあ大金があれば、寄付された霊体を移植して治したりできるそうだ。

 

「怖いのか?手術が」

「あはは、かっこわるいですよね大人なのに」

「そんなことはないぞ」

「そういえば今日勤務なんですね、その服着てるところ久々に見ました」


「まあ白田が死んでから仕事が減ったよ」

 笑えないが、少し笑ってしまうジョークである。

「白田は配信者をしていただろう?」

「はい……あまりうまくはいってませんでしたが」

「どうなんだ、あのウドンXという女は、好きなのか?」

 直球すぎてフリーズしてしまう。なんでその話題になるんだ。

「好きですよ」

「でも、言い寄らなかっただろう?どうしてだ?」

「だって人生上手くいってないんですもん、嫌われるのが怖いし」

 少し考えるように、どこか遠くを見ている藤野さんはいつにもまして奇麗だった。

「お笑い芸人が好きなのか?」

「はい、まあ配信の間とかで挟むエピソードトークの勉強によく観てました」

「あいつらの生き方を観て、たとえ売れてなかったとしてもお前はどう思うんだ?」

「がんばれって思います」

「そうだ、人を笑わせる仕事をしているが、誰も彼らが人気者でなくても、その生きざまをあざ笑う奴なんていないんだ」

 なんだ、この人は俺を励まそうとしてくれているのか。いつも怖いイメージがあるから、ついつい名前を呼ばれるたびに怒られるんじゃないかとビクビクしてしまっていた。

「僕の考えが間違ってたかもしれません」

「間違ってはないだろう、だが消極的すぎると私は観ていてそう思ったよ」

 消極的かあ、自分でもそうだとは思っているがそれのおかげで傷つかずに済むし……。


「昼休憩がそろそろ終わるから、戻る」

「お仕事頑張ってください!」

「お互いにな」


 ハウスに戻るとフェリアさんと2人きりになった。

「今日ライトさん熱がでたから休むんですって、連絡がありましたわ」

 そうなのか、幽霊も風邪ひくんだ……生きてるじゃんもう。

「ねぇアイスさん、ずっと前からわたくしアイスさんのファンだったんですの……」

「はい」

「有名になるってどんな気持ちですの?」

 そうか、フェリアさんも強いがアビスのメンバー的にドラグナさんとスケアさんの2トップだったから、影が薄いのだろうか。

「僕はそんなに……好きでやってたってよりは友達に勧められて」

「羨ましいですわ、わたくしもやったことがありますけど、全然人が来なくてすぐにやめてしまいましたもの」

「初心者のうちはそんなもんですよ、普通ですって」

「アイスさんは、初めのころってどんな感じでしたの?」

「たった1人の視聴者しかいませんでした。でもずっと励ましてくれて、毎回配信付けるたびにすぐきてくれるんです。僕は名前とか覚えるの得意じゃないから、その人の名前覚えるのに半年かかりましたよ」

「半年ずっと1人しかいなかったのですか?」

「いくつだったっけな?19とかだったから、配信してるだけで、ただそれだけで楽しかったんです」

 いつからだろう?人気とか数字を気にし始めたのは……。


「アイスさんはずっとアビスにいてくれますよね?」

 そっとフェリアさんが胸をくっつけてくる。

 確かに、ここは思ったより悪い世界ではない。むしろ現実のほうが辛い事しか待っていない。だけど。

「僕は生き返りたいです」

 その言葉を聞いて顔をくしゃくしゃにしたフェリアさんは。そっと肩に顔を任せた。

「記憶がなくなるんですのよ、生き返ったら……」

 初耳である。記憶がなくなる?

「どういう事ですか?」

「やっぱり聞いてなかったんですわね、生き返りの際に幽界での記憶は削除されるんです」

 なるほど、だから誰もこの世界の存在を知らない訳だ。

 だから、藤野さんは生き返っても意味がないとあれだけ反対していたのだろう。


 俺の記憶がなくなったらどうなるんだろう。

 また、ただの抜け殻に戻るんだろうか?怖くてしかたない。

「それでも、わたくしたちを置いて行ってしまうんですの?」

 答えは出なかった。


 この業界には師匠と呼ばれる人は少ない。

 どこまで行っても持論を持ってる人が強いし、柔軟性のある人が生き残っていける業界だ。同期の配信者なんてみんなやめていったし、別に配信者が消えるなんて珍しくもない。

 だからスケジュールには自主練とチーム練習があるが、アビスは珍しくコーチがいない。その代わりに、有名な配信者とかが来てくれて、時々バズり方だったりトレンドの繰り返し時期とかを教えてくれる。

 正直配信者のプロのほうが難しそうである。

 よくクソみたいなコンサルが怪しい案件を飛ばしてきたり、宗教染みた癒着ゴミサロンとかを紹介したり……ならお前がやれば稼げるだろう?フリーランスでやれよ!みたいな詐欺まがいの奴らが教える事ではなく。生前人気だった人が実際の失敗談などを交えて教えてくれるので良い授業になっている。

 正直ゲームの技術よりかはこっちの記憶が消えてしまうのが惜しい。まあみんなとの思い出もそうだが。

 こんな心配していてもらちなんてあかないので、自主練を始めた。

 立ち回りに正解はある、撃ち合いの前にすでに決着は着くべくして着いている。


 

 ドラグナさんが出て行ってから1ヵ月半、SEAのエントリーが開始され、その2週間後予選の幕が空けた。

 準決前まではオンライン大会らしい。


「やばいって!どうするんですか⁉」

「どならんといてえや、うちに言われてもどうしようもないやんか」

 何が起きているのかというと、藤野さんが仕事の都合で遅刻しているのである。試合時間はもうすぐだ。

「点呼にはとりあえず応えておきますわ!あと3分くらいでこれるって電話で言ってました!」

 揃ってはいないが、代表選手であるスケアクロウのアカウントを操作して全員準備OKですと答える。

 何がOKだ!足りてねえよ‼。

 今のアビスにリザーブはいないのだ。

「試合始まりますわよ!」

「どうするんや!」

「2PC操作は初めてですが、やってみます!」

「まかせたで!」

 1ラウンドだ1ラウンド時間稼ぎできればそれでいい。大会表の下のチームが最初防衛だから、助かったのか。

 防衛ならある程度動いてなくてもバレないはずだ。


 色づく景色、徐々に近づくカウント。スケアがいないままアビスの予選が幕を開けた。

「なんとかするしかない!」

 サイト裏のハイドポジションにスケアを隠す。

「アイス!銃買ってないで‼」

 ダメだ間に合わない!とりあえずなんとかG18だけ購入する。

 ナイフのままのスケアさん。


 最悪だった。俺のいるサイトにラッシュだ。

 エントリーに合わせてオーバーピーク気味にスライドして2キルをとるが弾切れでデスしてしまい、残り2人がサイト内で爆弾設置に入る。

 俺の報告を聞いてギリギリリテイクが間に合うようで、2人がミッドと相手側の陣地から挟むようにじりじりとエリアを広げていく。

「これってスケアさん動かしてもいいんですか⁉」

「うちに聞くな!口裏合わせて藤野先輩が戦ってた事にしたらええんや!」

 実に名案である!

 スケアクロウがナイフ一本でジャンプピークして相手の気を散らした隙に、一気に2人の挟撃が刺さって第一ラウンドをとった。

 

「またせたな、試合は?」

 なんとか間に合った。いいや間に合ってない!藤野さんが息を切らしながらデスクに掛ける。

「もお~マジで間に合ってよかったわ、終わるかと……」

「第一とって今第二ラウンドですわ」


 スケアが加わると、アクセルをべた踏みしたように速攻でどの試合よりも早く勝敗がついた。

 ドラグナさんのチームの試合状況を公式が配信していたので見守る。

「余裕だなこれは」

 相手が棄権しないだけ勇敢だと思う。試合表がでた時、競合とあたる場合に棄権するチームは多い。

 それほどまでに実力がものを言う業界なのである。

「ドラグナさんのとこってなんていうチームなんですか?」

「渋谷サムライドッグスだ」

 なんかどっかでみた柴犬がモチーフみたいだ。差別化が図られていてちょっと茶色くなってきた黒柴である。

 ハチは幽界で想い人と出会えたのだろうか?

 

 藤野さんの言葉が嘘のように連勝が重なる。

 セミプロってなんなんだ。


 

 準々決勝でそれは起こった。

 相手チームからなんと八百長を持ち掛けられたのである。

 スクリーンショットをして、すぐに運営に報告するが、相手が事実を認めなかったために試合をする事になった。

 オンラインだと顔を出すわけではないので、こういう輩はいる。IDを変えればそれで済むと思ってる小悪党だ。

「わたくしは、こういう奴らをぶちのめすために生きているのですわ!」

 死んでるんだよなあ。


 否応にも張り切るフェリアさんの無双が始まる。こういう時めっちゃ機嫌がよくなる。アビスのムードメーカーでもある為、彼女の調子が良いと右肩上がりに試合が運ぶ。

 この試合ぐらいからカードを切り始める。油断は一番の敵だ。己の虚栄が影を生んで未来を覆い隠すのだ。


 切ったカードはドアタレット。

 単純明快で自動ドアにタレットを置いて開いた状態にしておき、視界を確保しつつタレットをカバーにして狙撃体勢に入る。

 ライトさんが予想したとおりにロングを攻めてくる八百長チーム。

 彼女はもう預言者のレベルだ。将棋士が相手の一手二手を見据えるように、未来のフォーメーションまでみえているのだろう。撃ち合いでは確かにアビスの中で強いほうではないが、挟撃や情報収集に置いて個人的には幽界1位だと評価している、それはあながち間違ってはなさそうである。

 ほぼラッシュのような形で狭い通路に入った2人の頭をドラグノフで打ち抜くとボムを落とした。

「ドロップ!Bロング!」

「でかした‼ライトにアイス!」

 やっぱり強い人に褒められると本当にうれしい。

 

 藤野さんは厳しいけど試合中だけはいつも褒めてくれるからアメとムチの使い方が上手いというか、ちょっとズルい人である。

 すぐにライトさんがロックする形をとっており、急いでフェリアさんも相手陣地に潜伏を始める。

 スモークを炊いても無駄である。ドラグノフは連射できる狙撃銃なのだ。

 モク中を抜いた後にMP5を持ったライトさんが強襲をしかけ、そこにスケアのフォローが炸裂する。

 マジでスケアのAKMは神の領域である。

 どれだけリコイル練習すればここへたどり着けるんだろうか?公務員のくせに副業をしているし、まったく才能の塊にみえる。

 だが、俺は知っているのだ、彼女は休憩の仕方や時間の管理が誰よりも上手い。この技術も盗みたい。だけど俺が生き返ったら……。


「AOの奴やるのかアイス?」

「1回試合で試しておきたいです」

 AOとはアルティメットだ。各ヒーローがレベル6になってから解放できる必殺技で、マネーシステムとスコアリワードシステムが組み合っており、必殺技を購入する形である。ブラストのAOはサイドアームにショットガンを選べるが、購入費が3倍になるという物。

 スノウブラックはEMP爆撃を購入できる。

 電子機器を全て破壊するというアンチ電子兵器対策で、上空で大爆発が起こって電磁波で兵器をむちゃくちゃにするらしい。他と比べると地味だが、意外な使い方も出来る。

 例えば自動ドアが動かなくなったり、ライトさんが使うヒーローのスパイダーカムが使えなくなったりと、とにかくカウンター系のアルティメットだ。


「EMP行きます!」

 爆発音とともに低い音が当たり一面を襲う。

 この瞬間ミニマップや残弾数すらHUD表示されなくなる。が、注目したのは音だ。切ったカードはEMPサイレンス。

 EMP爆撃の音を利用して右翼と左翼から同時に侵攻を始める。

 EMP爆撃してから7秒の間、ボイスチャットがオフになり更に爆発音で足音が聞き取りずらくなるという点を利用して両翼からラッシュをかけるのである。

 相手の指令系統の麻痺、フォグオブウォーを利用して混乱をうながす。

 これはしかしオンライン戦闘では致命的な欠点があり、ボイスチャットツールでの通話までは遮断不可能だ。

 だから足音が消えるこの一瞬を利用した挟撃だ。

 ミッドに潜んだライトさんが裏を取る。

「─で─く─Bいくで‼」

 死亡ログすら流れない、EMPの瞬間だけは死亡報告をしなければどのラインが崩れたかなんて、わかりっこないんだ!

「Bクリア!」

 力強いスケアの報告が入る。

「設置中!」

 フォグオブウォーとは、司令官が想像している景色と実際に報告される前線の報告のズレである。伝言ゲームがわかりやすいだろう。短時間で緊急時に伝えられる言語などではすべてを報告しきれる訳ではない。

 キルログ遮断とその齟齬の穴を突いたライトさんと俺で考えたスノウブラックの必殺連携である。


「セーブに入ってると思うで、どうするんや?」

「4人でハイドポジションをつぶすぞ」

 残りの2人を狩り切り、この作戦は上手くいったと言える。

「割と頭使うコンビ同士で、黄金コンビだな」

「わたくしだってアイスさんと黄金コンビですわ!」

「うちよりかは、アイっさんの閃きというか、狡賢いやり方が凄いと思うで」

「ライトさんがいるからやれるんですよ」

「ほ、ほめてもなんもでえへんからな!ボケ」

 準々決勝はそのままストレートに勝ち、俺たちはオフラインへの切符を手に入れたのだった。


「おい白田、ドラグナからもうすでにオフ進出の報告がきてるぞ」

「なんて来てます?」

「アタシが優勝するから決勝までこいってよ」

「いうやんけ」

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