4.クソガキミサイル

 自分の想いを伝えられず破局に終わるのは気分が滅入る。

 ずっと待っていた出会いがなくなるというのは、どうやって自分を慰めても解消されるような物ではない。

 みじめな気持ちになる。まるで自分が負け犬のような感じがする。

 実際他人が見ればそうなのだろう。唯一の取り柄は惰性で続けていたシューティングゲームが上手い事くらいで、俺の将来お先真っ暗だ。

 俺の人生の先に待っているのは孤独死とか親不孝者とかそういう類だ。

 でもこんな俺でも一時は夢見ていたんだ。

 

 そう……FPSのプロになる夢だ。世界大会に出て、決勝戦でしかも延長戦。1対5のピンチの瞬間!持っているのはもう弾丸の残ってないアサルトライフルと一本のリボルバーでプライマリのリロードなんて間に合わずにサイドアームのリボルバーに持ち替えて、時間ギリギリで爆弾を設置した瞬間すでに相手チームの5人が俺を囲んでいる。

 爆発までのカウント音が空気を凍らせる。

 

 ただの5人なんかじゃない、日本最古で最強のチームの最高のメンバーだ。

 ショートレンジ無敗のエンターであるエースのタロンに、ミッドレンジ最強のディフェンダーTJ。プレッシャーに強い百発百中の狙撃手ドラグナに、クラッチが上手いラーカーで情報を取る役目の孤高のウェリントン。そしてどんなピンチでも逆転の手札を適切に選ぶことが出来るリーダーのレオンシャッター。

 そんな絶対負ける!こんなのどう転んだって勝てっこない!なんて状況の中、1on1で迫りくる敵を華麗に捌きながら5発しかない弾丸で全員ヘッドショット決めて大逆転で観客の歓声の嵐!

 しかし実際の俺は……。

 

 顔を洗っていると久々目入った鏡に映った髭がとんでもなく伸びてしまっている。いつから髭をそらなくなったのだろう?最近はいつもマスクで髭を隠していたからなあ。

 それにしても老けたと思う、20歳だった頃に比べれば随分年老いた。

 ずっと夢みてたんだ、世界一のFPSプレイヤーって奴に。だけどもう間に合いっこなんてない。

 剃り終わったアゴをなでながら、少年の頃好きだったモンタージュを観てみる。FPSゲームのかっこいいハイライトにEDMとかイケてる音楽を付けた動画だ。これを観ると未だもうすぐ30になるっていうのにうずくんだ。

 古い動画で、選曲だって今はもうダサいって言われるような曲調。その盛り上がりに合わせて一発逆転‼残り体力10とかそんなんでも諦めずに運命なんか蹴散らして勝利を切り開くその瞬間を繋ぎ合わせたパッチワークとも呼べる動画は……かっこいいのだ。

 ジンジンする!

 

 もう何回再生したかわからないし、この使用楽曲だって購入してランニングする時に未だに聞いたりする。俺には似合わないけど勇気とか、そういうのをいつも与えてくれる。

 負けて落ち込んだ時はいつだってこれを観て、こんなプレイをしてみたくって。

 負けてしまうというちっぽけな運命を実力と才能で切り抜けていく彼らを観て憧れてしまうのだ。決して届かないって理解しても、魂の底ではこうなりたいってそう感じてるんだ。


 スマホで動画を再生していると良いところで電話がかかってくる。

 母さんからだ。

 なんでも、アニメを録画する機器の調子が悪くて上手く録画できないらしい。実家に一度帰って問題を解決する必要がある。

 家から出ると息が白くなるほど寒かった。

 実家まではそこまで遠くはないので、電車で移動をする。

 電車は嫌いだ、なんかこう人の目が気になるというか……働いてた時の事を思い出してしまう。緊張で止まらない汗を拭きながらも実家に無事帰宅できた。

「おかえり柚希、ちょっと痩せた?」

「そうかもね、2キロ減ったよ」

「ちゃんと食べてる?」

「うん」

「雨降るから帰りに傘持って帰るの忘れないでね」

 

 母さんは実家で1人だ。俺が配信者や動画投稿しているからってのもある。父さんは妊娠した母さんが体調を崩したと同時に離婚して、どこかに行ってしまったらしい。会ったことも写真を観た事もないし、父さんの話を母さんはしない。

 本当は膝の悪い母さんと一緒に住んでやりたいが、現在は近くに住むという事でそれを解決している。

「なんのアニメが録れてなかったの?」

「異世界盗賊のラブソングがとれなくって、初期化してもダメだったみたい」

 俺は自分が契約しているネットのアニメサービスを利用して、母さんにスマホを貸して盗ラブを観せた。

 母さんから小遣いと一緒にHDDを買う金を貰って、車を借り家電量販店へと走らせる。


 頃合いって奴だろうか、真っ当な道を進むべきなのかもしれない。

 視聴者には散々『配信をやめるのはもったいない、才能が花咲かせるのに時間がかかる事だってある』と引き止められていたが、30を超えてホームランを打つ配信者はあまりいない。

 理由は単純明快で、配信は若い層が観ているからである。

 例えばトーク力があったり、タレントとして人を惹きつける才能があれば別だが、俺は技巧派だ。

 ゲームの流行に左右されるし、若い奴だって人生をかけて挑んでくる。俺だって昔はそうだったが、今は配信界隈ですらプロ志向やタレント系統に進んでいる。

 ようは時代遅れの配信者だ。

 配信をやめて働かなきゃいけない……だけれど、夢やトラウマが俺の邪魔をする。

 就職と仕事への恐怖、そして未だに心のどこかで子供のような馬鹿らしい夢をみている。

 現実を見なければならない。母はもうすぐ60だ。

 母を養わなければならない事を考えると、今の稼ぎでは足りない事は明白だった。昔は人気だったが、ゲームの流行り廃れと共にタイトル移行に失敗してしまって、数字や人気が落ちるなんてケースは多い。

 これはゲームタイトルを一点特化している配信者に陥りやすい穴だ。

 素人だからプロに勝てない。プロに勝つ為一点特化するしかない。一点特化したから流行の移り変わりについていけず絶滅する。

 生物の淘汰と同じである。


 小雨が降ってきた、ワイパーをかける。

 盗ラブもそうだがアニメには異世界転生というジャンルがある。

 個人的には純ファンタジーの方が好きだ、それに大体本当に一度主人公が死ぬ必要はあるのか?一般人がトラックにはねられるのは仕方ないが、そう何度も交通事故で死んでしまっていたらストーリーがパクリなんじゃないかと疑ってしまう。

 まあ転生というジャンルだから死んでから物語が始まるのだろうし、それは仕方ない事かもしれない。


 そんな事を考えながらも事故を起こさないように親の車を運転していると、やや渋滞気味になっている隣の車道の車の隙間から子供が急に飛び出してきた!

 言葉にもならない叫びをあげて全力ブレーキをかける。


 あのクソガキ!親は何考えてんだ‼危うく1人異世界送りにするとこだったじゃないか。

 息を吸うのも忘れて鼓動がうなりあがるのを感じた束の間、爆音と共に辺りが暗闇に包まれて何も聞こえなくなった。


 わかった事が1つあるのだとしたら、何故神様が転生の瞬間にしか登場しないのだろうという疑問が解決した。この場面で神様というのはあれだ、第三者に自分がどうやって息絶えたか説明してもらわないと、死んだ事すら視聴者や主人公には理解できないのだ。

 だからその状況説明役として初めにしかでてこないのだろう。

 

 気付けば俺はぽつんとどこかの施設の部屋の中でパイプ椅子に座っている。若いころ生徒相手にやっていた面接訓練を自分が受けているみたいで落ち着かない。

 俺の目の前には机を挟んで、1人の20代くらいの眼鏡をかけた日本人女性が脚を組んで座っていた。

 ショートボブでインテリ系の一番俺が苦手なタイプだ。

 こういう奴らはコーヒーショップでクソ長い呪文の詠唱のよな注文を聴いて働いていればいいんだ。

 そもそもなんか服装がオシャレなのも気に入らない。軍服というか客室乗務員というか警察官というか、紺色の服装の腰元にはガンホルスターを巻いている。


「あ~、あなたは地獄行きです。先に言っておきますが転生とかないですから」

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