3.シングルシューター

「あの、どうしてそんなに強いんですか?」

 配信が終わった後、俺に聞きたい事があるとウドンXさんからボイスチャットのグループに招待があった。アタックするなら今が絶好のチャンスだろう。女の子との2人きりの会話なんて久しぶりでテンションが上がってしまう。

「そんな事聞きたいんですか?」

「だって、私の知ってるプロの方よりも圧倒的に強いですもんアイスさん」

 それは言い過ぎだ。あくまでも大会やカスタムマッチと普通のレート戦では相手の力量が違い過ぎる。

「戦歴みたら異常です。チーターより強いですよ」

 実際そうだから仕方ない、俺が負けるチーターは壁貫通系かヒットボックスがズレているどうしようもないレベルの奴だ。


「だって、ソロウルフでキルレが41.2って……私、知りませんでした」

 勿論NPCのボットだって含まれているのでそんな物はあてにならない。ボットを抜いた実際のKDは30ぐらいだったはずだ。ちなみにスカイさんで4.1。ウドンXさんが2.2ぐらいである。これは役割の問題もあり、最初に切り込んだりするウドンXさんが低くて、索敵キャラを使うスカイさんが高いのは当たり前だ。

 あくまでも直近の勝敗を参考にする程度でいいと思う。しかも俺の戦い方はかなり姑息なほうで、自分より強い奴がどの町に降りるか分析し、被らないように他の町に降りて常に2位を狙っているから戦績だけは良いのだ。どうしても世界一位のランク入りをする為に中盤は安置外耐久だってする時もある。

「教えてくださいよアイスさんの練習法を!」

 教える物なんてない俺はただ単に暇だっただけだ。親のすねをかじって生きているようなニートがこういうゲームでは一番強いのだ。トッププロが本気でレート戦をやれば俺なんか足元にも及ばない。

「ウドンさんの振り向きは?」

「23です」

 割とこのゲームでは20台前半は早い方だ。30~40くらいじゃないと、ミドルレンジのARのリコイルが精密に出来ない。

 かと言って他のゲームでは23はまあ普通くらいだ、爆破系のFPSとかならいい感じのセンシである。人によっては遅いという人がいるが、俺が37なので本当にケースバイケースだ。矯正の必要はないだろう。

 

「うーん」

「あの、FFしたのって私の事が嫌いだからですか?」

 これが聞きたかったのだろうか、キャラと違って珍しく落ち込んだトーンだ。

「ウドンさんの声が可愛かったから、ちょっと意地悪しちゃいました。ごめんなさい」

 本当は少しだけ最高レベルのフルアタッチメントが揃ったUziを撃ってみたかったというのもある。本当に少しだけだ、本当に。あの瞬間、心の中で俺だって必死に自分自身の誘惑という名の欲望と闘っていた。神に誓う。

 切り出すなら今だろうか?仲良くなりたいから、次の約束を取り付けたい。どんなゲームだっていいし、自分の取柄といえばシューターだがウドンXさんともっと話もしてみたい。

 

「ごめんなさい、アイスさん。もうあなたとゲームしないようにします」

 唐突なその言葉に空気が固まる。

 押し黙った俺と、口を塞ぐ彼女の間に沈黙が漂って2人とも次にどう喋っていいかわからない。

 俺には致命的な欠点がある。ネット恋愛依存症かつ対人恐怖症という奴だ。

 

 ネットで彼女を作ったはいいが、実際会う約束をしてしまうと当日にすっぽかしてしまったり、会う事を極端に嫌がってしまう。顔出しだってしてない。

 会って嫌われたくないし、幻滅されたくない。

 29歳のニートとデートして楽しい女の子なんているのだろうか?よく考えなくても答えは明白だ。そして俺はもう遊んだりする年じゃなくなっている。ウルフと同じだ。

 老いて、干からびている。

 

 これ以来女の子と恋愛関係もどきになるのはやめよう。お互い傷つくだけだし……いや、俺が一方的に傷つけているだけだった。

 悔い改めなければならないだろう。


「その、アイスさんが嫌いとかじゃなくってちょっと炎上気味で」

「どうしたんですか?」

「ブースティングって言われちゃいました……」

 なるほどなあ。

 ブースティングとは組んだチームの個々の技量に大きな差がある場合に弱いプレイヤーが強いプレイヤーのランクを押し上げる様を、ロケットブースターになぞらえて表される、いわば一種のランク上げ代行になぞらえたスラングである。

 ブースティングの本来の意味は替え玉に近く、弱いプレイヤーのアカウントに強いプレイヤーがログインして本人の力量では到達できないランクに上げる事を指すが、いつの間にか強いプレイヤーと組むだけでもそう言われるようになった。

 女性配信者の場合、マンブーとも呼ばれる。そもそもこのゲーム自体ランクはあるが、どこまでいってもカジュアル寄りのゲームでスキルマッチとかもかなり緩くてないようなものだ。

 

 俺はこの用語を心底胸糞悪いスラングだと思っている。

 まあ実際の戦績だけで比べてしまえば俺の方が遥かに上手いプレイヤーに見えるだろうし、実際世界ソロランクでは1、2位を争っているのだから、そこだけ焦点を当てればランカーにキャリーして貰っているという捉え方もできる。

 ましてや、ウドンXさんは企業所属のVtuberだ。実力はあるほうだが、上を見上げると切りなんてないし、他の流行のゲームだってやらなければならない。

 下手に仲良くならなくてよかったのかもしれない。

 本当に好きになってしまう前に、すっぱりと傷つかずに諦める事ができたと考えればいいだろう。

「すみません」

「いえいえ、アイスさんのせいじゃないですよ」


 社交辞令だ。恐らく二度と一緒に同じ時間を過ごす事はないだろうし、個別に連絡先を交換してやりとりなんてもっとありえないだろう。

 これでよかったんだと自分に言い聞かせるが、切ない。


「そうですね!今日は楽しかったです」

「またよろしくお願いしますね!」

 

 暗い雰囲気のまま通話が切れ、気持ちを切り替えようと冷凍のチャーハンを温めてから一口食べると、まだ少し冷たかった。

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