2.フォローミー

 大陸とは少し離れた東の陸の小さな孤島、本来この場所は安全地帯に選定されずらいはずだが、まあ結局は運だ。船はあるがこのエリアの狭さだと必ずモーターの音でばれる。そもそもチーム戦は大の苦手である。

 既視感があると思ったらこれはノルマンディーだ。どれだけ遠投したってスモークすら届かないような距離だ。リッジラインの距離も相まってここで2位を狙うのがセオリーってやつだ。

 

「私、行きたいです!」

 エドワード・マーシャル・ウドンX少尉。つまる所、俺が少し……というかかなり好意を寄せている女性Vtuberが大きな声で威勢の良いセリフを吐く。

 正直彼女と今日初めて絡むのだが、良いところを見せたいと粋がってしまう。

 

 気位は良いんだがフォローのしようがないので、分断行動するかよくて餌になってもらっている間に俺かスカイさんが岸に辿り着ければ上等だろう。

 スカイさんがどうしたいかだ。

「俺が行きたいっす!」

 すぐにスカイさんも返答を重ねる。

 なら2人で上陸してもらって、俺は岸でフォローするか。

「僕はフォローします」

 それを聞くとスカイさんは少し苦笑いして、「流石にそんな役回り押し付けらんないっすよ!アイスさんじゃないと勝てないですって」そう答えた。

 1位を目指すなら名案だ。だが2位は確実に狙えるし、3位になった時のレートペナルティを考えると2位一択だが……賢い戦い方ではない、しかし配信者としてはこういう奴の方が好きだ。なんかかっこいい。

 

「私が囮になるんで後は頼みました!」

 潔い馬鹿のように、超高速でウドンXさんが岸を駆けて空に溶けていく。ジェット噴射でもしてるのだろうか。このゲームはいわゆるヒーローシューターと言われるTPSである。そうなのだTPSなのだFPSと違うのだ。だからリッジライン、いわゆる傾斜のある丘はめちゃくちゃ強い上に相手の能力をある程度見極めてから戦ったり出来る分、先手側が不利になっていくゲーム性がある。バトルロイヤルの鉄則は待つ事である。文字通り、忍び耐える事。

 エリアが時間と共に収縮していき、セーフゾーンを確保しながら挟まれないよう慎重に立ちまわれば2位にはなれる。

 

 消極的だろうか、身に染みついてしまった姑息とか言われるたぐいの戦法である。俺は間違ってないと思っているが、当然華々しくはない。

 そう考えながらも俺は海を泳いでいる。スカイさんは狙撃銃があるので2人がダウンしてもまだ希望がある。要はスカイさんが渡ってこれるように陣地を広げればいい。

「ランドしました!二階建ての赤屋根にアナザーがいるかも」

 TPSの敷居が高い原因は2つある。1つは先入観だ、姿を出さずしてプレイヤーの背面に付いたカメラアングルを利用して身を出さずに一方的に情報を得る事が出来るというアドバンテージとも思える立ち回りが可能な事である。

 このゲームはこの点を配慮してか、割とキャラクターは硬くそれでいてリコイルがとんでもなく難しいし、だけどもヘッドショットのダメージボーナスでバランスを取っている。勿論リコイルは慣れればその限りではないが。

「稜線に1組、2階建てに1組かあ」

 俺がそう呟くと同時に、ウドンXさんがダウンを貰ってしまった。

「怪しいかも、完全に今のは頭出しと同時だった……」

「まあ、4連ヘッショだね。僕もやってると思います」

 ウドンXさんは視聴者にも通報をうながして、ショートクリップを公式のサーバーに送る。

 恐らくだが赤屋根のやつらも気付いているはずだ、だから撃ち合わない。2位を狙っているのだ。

 やってるやつの見分け方は非常に簡単で、カバーから肩を出してすぐ撃たれたり、見えるはずのないフェイントに引っかかったら黒だ。上陸して間もなく銃声が重なる。

 一番厄介な事態になったらしい。

 

「スカイさん、大丈夫そうです」

「すみません!『仇をお願いします』ってコメントがこっちに来てます、絶対やってますそいつ」

 いやいや、それスナイプされてないか?まあ、個人的には壁貫通のチーター以外はスナイプ上等である。理由は視聴者と撃ち合うとなんか実感がわくのだ。自分が強いって、弱い者いじめみたいで少し情けなくなる時もあるが、手加減は絶対にしない。

 

 ヒーローシューターには必殺技がつきものだ、いわゆる条件を満たしたりゲージが溜まればズルが出来るのだ。

 俺のヒーローは、支援系で自分を中心に半径8mほどの味方に防御力バフをかけるという、移動系のスキルと比べて映えることのない地味な能力である。スカイさんが索敵系の能力で、ウドンXさんが移動系のカジュアル層が好むヒーローだ。

 一応バランスは良いが、なんだか自分の性格がヒーロー選択に反映されているような気もする。

 

 やってるやつは十中八九、空間移動能力のあるヒーローを選ぶ。発砲した初弾の威力が増すというバフまでついている。

 そいつが赤屋根の『屋根』の上に恐らくは稜線裏から必殺技を使って瞬間移動したのだ。そして中の奴と若干撃ち合いになったが部屋内は4人でロックしている為に硬直してしまって屋上と室内の同居が始まってしまったのだろう。

 死角さえカバーできれば屋根の上もリッジラインである。通常相手側有利なリッジラインは傾斜で見えない裏側という奴だ。うまいやつは大抵このラインが相手からどう見えるかまで把握している。家の構造しかりこういうマップ研究も打ち合い練習やリコイル練習と同じくらい大事だ。

 

 でも俺は一番肝心なこういう状況を打開するチームワークって奴ができないタイプなのだ。ずっとぼっちでやってるからだろう。

 よくこういう場面では役割の振り分け役を任される事が多いが苦手なので勘弁してほしい。

 

 ひざまづいたウドンXさんを撃ち殺して、鞄の中身のサブマシンガンを拝借する。

「ちょっと何してるんですか!」

 ショルダーピークに見事やつは引っかかり、狙撃が耳元をかすめた。

「勝つから、ちょっと我慢してください」

 

 笑いが止まらなくなるスカイさんをよそに冷静に状況を整理する。

 相手はライン裏に3人、狙撃銃を持った索敵キャラなんて最終決戦ではあまり役には立たない事を考えると現状とるべき作戦はエリア運に勝敗を任せないように一騎当千しつつ、スカイさんにウドンXさんを蘇生してもらえばいい。

 すごくシンプルである、俺のヒーロー、ウルフもそこがいいんだよなあ。渋い頑固な老兵だがアナログでシンプルなやり方を好むので大好きだ。

 

 チーターのテレポートのリキャストは60秒、1キルにつき10秒チャージが早くなる。ようはあと40秒くらいで円が広い間に全員始末すれば勝ちだ。

 

 バトルロイヤルのルールは最後に1人でも生き残っていたチームが勝ちだ。裏を返せば自分以外全員始末していれば絶対1位になる単純明快なルールである。

 相手は8人、弾は40+35だから……80発くらいか、遠距離だと足りなくない?まあなんとかなるだろう。

 一番最初にやるべきはチーターである。彼らと俺との違いはおごりがあるかどうかでしかない。所詮トリガーを引く速さは素人か、よくても精々ダークサイドに落ちた元プロとかぐらいだ。

 いや、フェイントにかかったのだから、ヌーブである。ヌーブだが血の気が多いのでこういうやつはカモだ。弱いのにわざわざ自分から撃ち合ってくれるのだから。

 

 海岸線にある小さな岩を利用して相手の様子を見る。

 ウィービングしていないし、なんなら移動キーに指が止まっていない。影が見えている、太陽の位置すら気にせず遊んでるってことだ。ウルフの必殺技を切る必要性もない。だがライン裏のやつらは立ち回りがわかっている分、やりづらそうだしチーターを倒せば確実にそいつらにマークされてしまうだろう。

「ずいぶん嬉しそうじゃないっすか!こんな活き活きしてるアイスさん久しぶりっすよ!」

「そうかな?」

「はい!声が違うからわかるっす!」

 あと30秒だ、とりあえず赤屋根を取るしかない。

「家とるから、稜線裏が動いたら教えてください」

「はい!」

 いい返事だ、ライン側の射線を塞ぐようにダミーのスモークも投げて、前進をはじめる。稜線側からスモークの中の俺に狙撃が入るが当たらない、当たり前だ。

 

 来た!チーターがまっていたぞと言わんばかりに、撃ちこんでくる。リーンしながら下を向き、相手に背を向けてスライディングしてなんとか被弾を抑えてヤシの木に隠れるも想像以上にくらってしまって最高レベルのボディアーマーがすでに破損しかかっている。急いで包帯で応急処置を施す。

 なんで背中撃たれて腕に包帯巻くんだろうか?

 

 しかしあれだ、ウドンXさんが俺にキルされてからずっと無言なのが気にかかる。やりすぎてしまったというか、ワンマンプレーだったかもしれないが勝つ為には確かに必要な手段だったと思う。

 

「稜線裏!次の安置側に寄ってるかも、こっちから見えないし、レーダーにも映んないっす」

「了解」

 どうやらチーターはこのミドルレンジでもスナイパーで俺を仕留めたいらしい。初心者ほど何故かボルトアクションの狙撃銃とかリボルバーにこだわるのは、映画やアニメが原因だろうか?

 TPSの敷居が高い原因は2つある、もう1つは視野切り替えの際に起こるオフアングルだ。TPPからFPPに切り替わる際、通常のTPSはキャラの背面に照準を置くと自身のキャラが敵に被って見えないので、実際はアングルにズレがある。

 わずかなズレだが、一人称に戻す瞬間4倍スコープのARとかが光る距離じゃそのわずかなズレが致命的な欠点になる。だからそれを知っている奴は撃ち合いの前。いわゆる覗き込みで一人称に切り替わる前、すでにもう切り替えている。言わずもがなイカサマを使う奴にそんな知識がある訳も無く。

 

 フェイントを覚えた彼はそれらしい動きではもうかからない。当たり前だ、その為に見えるはずのないフェイントを見せていたんだ。

 右から出ていくと見せかけて左リーンで相手の不意を誘う。


 かかった!フェイントを覚えた奴は2度3度引っかからない。ただでさえお前は練習なんかこれぽっちもしていないんだ。3発頭に打ち込んで、すぐにグレネードを用意した。投擲フォームは壁越しに見えている為にしゃがんでアンダースローにして背面を向いてから溜め、またオーバースローに戻して放り投げる。

 TPSは右肩で投げる為、投擲の際に被弾しづらい。ましてやチーターは頭しか狙えないのだ。ほうったグレネードが屋根上で炸裂しチーターの死亡ログID:ゼロが流れる。沸くスカイさんとウドンXさん。

 それと同時に家から投げ込まれる火炎瓶。ずいぶんおとなしいと思ったら待っていたのか。だてに2位を狙う狡猾さをもっている。

「もー!私を起こすのが先じゃない!?普通‼ひどいよお」

 戦力外とかじゃない、盾ぐらいにはなるが……何故か意地悪をしてしまったのは少し申し訳ないと思っている。セカンダリやスモークまで拝借したが口頭で伝えていたら多分チーターの必殺技のリキャストまでに間に合ってない。


 こんな些細な事で彼女に嫌われてしまわない事を祈る。

 割と室内までは近い、120mくらいだ。ライン裏が気になるが、やはりハウスクリーニングは必要だろう。

 

 スモークの裏で包帯を巻きながら攻めるタイミングをうかがう。めんどくさいからもう、行っちゃえ!

 スモークの中を正面から飛び出して、窓を注視する。二階と一階でクロスされるのが一番辛いが、大抵2階に籠っている事が多いので、絶対にやってはいけないお願い神様、1階に敵はいないで~と願いながら切り込む。

 大正解だ、2階に4人いる感じがする。今背中に背負っている鞄から銃が2階の窓の枠を突き出ているのが見えた。そしてこっちから見える2階窓は2つ。

「2階の左頼みますスカイさん!」

「私は⁉」

「稜線の時間稼ぎしてください!」

 レンジというものは離れれば離れるほどに、リコイルの精密性と高い倍率のスコープが必要になる。

 そしてこのゲームのスナイパーが弱い訳ではないが、正直スナイパー封じが存在するのだ。簡単に言うと頭に当てないと死なないのだ。

 そしてウルフはパッシブスキルにリーン強化がある。単純明快なスキルで、左右に傾く角度と速度が倍になるという恐ろしいものだ。

 本当はフットペダルっていうのを使ったりするらしいが、めんどくさかったので指で全部やっている。慣れればこっちの方が瞬発力は高そうだ。

 後から視聴者に教えてもらったのだが、グリグリーンというらしい。頭をぐりぐりするからである。

 ウィービングがようは高速なのだ。こんなの上手ければ上手い奴ほど当てることができない。胴体を狙うのも若干難しいので膝や腰を狙う必要がある。それまでにこっちは頭に4発撃ちこむか、勝てないとプレッシャーをかけるかそれだけでいいんだ。

 1ダウン……2ダウン。

 瞬間、敵を2ダウンしたのだから、1対2になった。要はチャンスだ!

「エントリーします!」

「了解!」

 

 窓を蹴り破って押し入り一階をサブマシンガンでクリアする。いない。単純だがシンプルだ、だが2階で足音が一切しない。クロスされていたらやっかいなので、一度外にでて角の天井に向けて窓から火炎瓶を投げ入れる。

 敵が燃えている気配はない。

 そのまま階段からフラッシュバンをいれてクリアするも2階にこれ以上敵影はなかった。しかしキルではない。

 ダウンだ。どうなっているんだろうか?

「2階にはもういないです」

「え?」

「チーミングっすか……?」

「ライン裏5人だね」

 釣り射撃という技がある。ようは空撃ちして交戦しているように相手に聞こえさせて相手の移動をあおるのである。

 

 面倒なことになった。攻めようにもスモークの数がたりない。5vs3でスモークなしで射線も切れず安置不利だ。この安置不利とかが嫌だから俺はいつもソロでは全員17分くらいで全プレイヤーを狩り殺すようなスタイルを取っているのだ。スクアッドだと蘇生やらなんやらで物資をあさる時間とかが取れない間に漁夫られてみたいな展開が多いので、スクアッドが嫌いなのだ。

 まあ、野良の加入を制限しているのでトリオだが。

「また、アイスさん嬉しそうにしてるっすよ」

「そうだねえ~でもかっこいいですよ!」

 確かにそうかもしれない、ときめいている感じはする。

「1人スナるか、どっちにしろファーストブラッドは欲しいですね」

「モクあるっすよ!」

「3つありますか?」

「1つです!」

 なぜそこでスカイさんは自身満々なのだ。1つじゃ精々1人しか進めない。

「エナジータブレット持ってますよこいつ!」

 移動速度があがる消費アイテムだ、他には治癒速度があがったり、何故か攻撃力があがる物もある。タブレットを食べてなぜ弾丸の破壊力に作用するのか謎である。

 

「アイスさんが行けば勝つっすよ!」

 無茶苦茶だ。カバーは流石に必要だ、ARのマガジンは40発しかはいらない、5人同時相手も若干厳しいし、ファースト取ったら畳みかけるしかやはりないだろう。運でも数も物資ですらも劣勢だ。

 タブレットを俺とウドンXさんで分けて進路を整理する。

 上手くいくだろうか?勝てる未来が見えない。

 

「らちがあかないときは何も考えずに進めばいいんですよ!」

 ウドンXさんはいつもそんな配信スタイルだ、メンタルが強いのだけは羨ましいが……。

「私が誘いますからファーストお願いします!」

 それはもうトレードなんだよなあ。

 

 意外にもウドンXさんは弾丸を躱すのが上手い。移動キャラっていうのもあるが、キャラの操作だってそんなに簡単なものではない。

 走り出したウドンXさんに釣られて、顔を出した奴らの1人が俺の出したログよりも若干早く並ぶ。スカイさんのスナイパーが刺さった。

 2ダウン入った瞬間に、ウドンXさんの加速が始まる。

 もう止めようがないが、彼女は1つ忘れているのだろう。

「あの……Uziは僕盗ってます」

「あああ!早く言ってよおもう!」

 悲痛な叫びの中なんとかARで1人は捌くウドンXさん。2対2である。

 急いでウドンXさんの報告の場所にグレネードを投げて削りが入ったのを報告で確認し。フラッシュを投げてさらに前線を上げラインを取る。

 リッジラインは近いほうが有利だ。

 だが、向こうもウドンXさんと同じキャラが2人いた。加速してジャンプし俺を通りこす1人、こいつは後だ。加速して俺の目の前で高く垂直にジャンプしたこいつだ。このゲームのUziのレートは1440である。結構強いのだがネタ武器と呼ばれている。

 まあこんなAKより暴れるリコイルだったらそりゃなあ。

 高く上がる奴にはリコイルなんて必要ないから楽である。

 ダウンするスカイさん。

「こいつもやってるっす!」

 汚染が激しいな今日は。わざとスナイプしているのだろうか、さんざんマッチング中は画面を隠してくださいとお願いしていたのに。

 

 微妙な距離だ、アルティメットがある分俺の方が有利だが、4倍の距離じゃない。

 急いでサイトを外した。

 後は楽だった。やはりチーターっていうのはみんな血の気が多く、勝てると思わせれば絶対に突っ込んでくる習性がある。

 トリガーを引くのが遅い上に、こっちは防御力のあがるバリアを展開しながら、ラインを駆使し左右にウィービングして、しゃがみも挟んでアイアンサイトで頭を撃ち抜いた。

 優勝である。

 

 節符と勝利のSEが流れる。再び湧き上がるウドンXさんとスカイさん。

 こんな瞬間が楽しくて練習していた訳じゃない。

 だけど、少しうれしかった。久々に誰かに褒められたのが。

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