魚目燕石

三鹿ショート

魚目燕石

 このような行為に及ぼうとは、考えていなかった。

 だが、この世を去ったことで、佳人である彼女が私以外の人間に奪われる心配は無くなったという点については、喜ぶべきことである。

 しかし、私の心配が払拭された一方で、二度と彼女と愛し合うことができなくなってしまった。

 今後の生活を思えば、彼女の生命を奪うべきではなかったということは、火を見るよりも明らかである。

 私は謝罪の言葉を吐きながら、彼女の亡骸を山奥に埋めた。

 その後、自宅に戻って眠ろうとしたのだが、彼女を失ったことに対する悲しみがあまりにも大きかったためか、なかなか眠ることができなかった。

 布団の中で涙を流していると、不意に、呼び鈴の音が聞こえてきた。

 何時の間にか朝を迎えていたために、訪問の時間としては、それほど問題ではない。

 扉を開けて応じようとしたが、相手の姿を見て、私は言葉を失った。

 何故なら、山奥に埋めたはずの彼女が、眼前に立っていたからである。

 動揺するばかりで言葉を発することがない私に対して、彼女は苦笑した。

「何時までこの場所に立っていれば良いのですか。早く家の中に入れてください」

 その笑顔は、確かに彼女が浮かべていたものだった。

 だが、彼女が姿を現すわけがない。

 私は確実に、彼女の生命を奪っていたのだ。

 では、眼前の彼女は、何者だというのだろうか。

 もしかすると、山奥に存在していた人間ではない生物が、彼女の肉体を奪って現われたのだろうか。

 しかし、土の中に埋まっていたにも関わらず、衣服には汚れが存在していないことから、這い出てきたわけではないのだろう。

 そうなれば、ますます眼前の彼女が何者なのか、私には分からなくなってしまった。

 先ほどの笑顔と言葉から、私と交際していたという事情は知っているようだが、身近な人間ならば知っていることである。

 ゆえに、彼女が姿を消したことを利用し、私と関係を持とうとした何者かが、彼女の顔面に作り替えて姿を現したという可能性も考えられる。

 飛躍した内容だとは思っているが、そうなれば、眼前の彼女を放っておくわけにはいかない。

 何故なら、私が彼女の生命を奪ったということを知っている可能性が存在するからである。

 彼女の生命が失われた直後に眼前に姿を現したことから、そのことを知っているのではないかと私が疑うことは、仕方の無い話である。

 だからこそ、私は彼女を部屋に入れるやいなや、その生命を奪った。

 苦しむ声や表情まで、よく似ていた。


***


 私は、夢でも見ているのだろうか。

 彼女の生命を奪って山奥に埋めては自宅に戻ると、彼女が再び姿を現すという生活を、既に一週間以上も続けている。

 生命を奪う方法を変えたとしても、彼女は変わらぬ様子で私の前に姿を現していたのだ。

 もしかすると、私が見ている彼女は存在していないのではないか。

 彼女を殺めた罪悪感から、私が作り出した想像の産物なのではないか。

 それならば、殺められては蘇るということを繰り返したとしても、不思議なことではない。

 だが、友人に問うたところ、彼女の姿を見ることができているようだった。

 他者にも認識することができるということから、私は彼女の存在がさらに恐ろしくなってしまった。

 しかし、彼女は以前と変わらぬ態度で、私に接している。

 まるで、私に殺められた記憶が存在していないかのようだった。

 それを思えば、再び彼女との生活を楽しめば良いのでは無いか。

 だが、そうなれば、私は以前と同じように、彼女が私以外の人間に奪われてしまうのではないかという恐怖を抱いてしまうだろう。

 だからこそ、私は同じ行為に及び続けるのである。


***


 どれほど、彼女を殺めたことだろうか。

 これまでは罪悪感を抱きながら行為に及んでいたが、今では単調な作業を嫌悪するようになっていた。

 それでも、そうしなければ、私が安心することはできないのである。

 三桁以上の彼女を殺めた頃、私は考え方を変えることにした。

 無駄に彼女を殺めるくらいならば、利用すれば良いのではないか。

 つまり、彼女を限界まで働かせ、使い物にならなくなってしまったときに殺めることで、新たな彼女を迎え、そして、同じことを繰り返せば、私が汗水を流す必要もなくなるのではないだろうか。

 そのように考えて行動したところ、私の思惑通りに事が運んだ。

 私のことを鬼畜だと罵ったとしても、数時間後には、私を愛している状態で、彼女は再び姿を現したのである。

 良い道具を得ることができたということを、私は喜んだ。

 次に呼び鈴が鳴るのは何時だろうかと考えながら、私は布団に潜った。


***


「恋人に対する彼女の想いに敬服したために、彼女を模した存在を送り続けていたが、このような事態に至るとは、想像もしていなかった。そろそろ、このような行為を止めるべきだろう。そうなった場合に、彼はどのような反応を見せることだろうか」

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魚目燕石 三鹿ショート @mijikashort

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