ニートと初めての侵入者
「ふあぁ……、おはよう」
「おはようって、今何時だと思ってるんですか」
「主様は本当に寝坊助ね」
朝、少し遅い時間に起きて挨拶をすると二人から早速暴言を吐かれた。
朝っぱらから、止めて欲しい。
「そんなことより、ハヤトさん。今日はなにをしますか?」
「朝から気合を入れて待ってるんだけど、一向に誰も来そうにないわよ」
これじゃ、いつになったら解放してもらえるか分からない。
と、ネールは不服そうに唇を尖らせる。
くそぉ、可愛い……。
「おやおやぁ? 手を出さないって約束をしちゃったことを後悔してますか?」
「……そんなことより、その『主様』ってのはなんなんだ?」
確か昨日は、そんな呼ばれ方をしてなかった気がするんだが。
「それは、一応あなたが今の私の主人だから」
つまり、雇い主に対する義理か。
「そうみたいですね。そんなふうに媚を売っても、ポイントはまかりませんよ」
「分かってるわよ。私だって、別にあなたのことを認めた訳じゃないから」
「おやおや、これは寝首をかかれないように気を付けないとですねぇ」
「……奴隷は、主人に反抗できないのでは?」
「基本的には。でも、抜け道は探そうと思えばいくらでも探せますから」
それは、怖い……。
俺たち二人の不信感のこもった視線に、ネールは少しだけたじろきながら答えた。
「失礼ね。そんな卑怯なことはしないわ」
「口じゃ、なんとでも言えますからねぇ」
「なによっ!」
「別にぃ」
なんだかまたしても二人の口論が始まろうとした時、俺の腹がグゥーと音を立てた。
そう言えば、昨日の夜からなにも食べてなかったような……。
「ああ、夕飯は生ごみになってしまいましたしね」
お前のせいでな。
「細かいことは気にしない。それじゃ、朝採れの作物でも食べますか?」
「そんな物が、あるのか」
「そりゃあ、ありますよ。昨日畑を作ったじゃないですか」
確かに作ったが、収穫までが早くないか?
「今回育てたのは『早い、多い、まずい』がモットーのイモモドキですからね」
……まずいのか。
とりあえず一つ手に取って齧ってみると、なんとも言えない青臭さが口の中いっぱいに広がった。
これ、本当に食べられるのか?
「普通は茹でて食べるんで。生でなんか食べれた物じゃないですよ」
「そんなことも知らないなんて」
二人いっぺんに呆れられてしまった。
「仕方ないじゃないか。昨日この世界に来たばかりなんだから」
「来たばかり? もしかして主様は異世界人なの?」
「そうだけど……」
それがどうしたんだろうか?
不思議に思っていると、リゼルが溜め息交じりに説明をしてくれた。
「いいですか。この世界にはしばしば異世界人が転生してきます。そして彼らは、ハヤトさんとは違って特別な能力を持っているんですよ」
ふむ、なるほど。
若干気になる言い回しもあるが、とりあえず頷いておく。
「それでですね。彼らはみんな、その能力を使って様々な偉業を成し遂げているんです。国を立ち上げたり、たった一人で長きにわたる戦争を終わらせたり。本当にすごい人たちなんです」
「つまり、この世界で異世界人は選ばれた人間なのか」
「それどころか、一部では神の遣いとさえ呼ばれています」
まぁ、ハヤトさんには関係のない話ですけど。
最後に余計なひと言を加えて、リゼルの説明は終わったらしい。
「主様は、何か特殊な力は持っていないの?」
「あははっ、ハヤトさんがそんな力を持ってる訳ないでしょう」
……確かに持ってないけど、その言い方はどうかと思う。
「ところで、ポイントが少し増えているんだが」
このまま同じ話を続けても傷付けられるだけだし、俺は朝から気になっていた疑問を聞いてみることにした。
「ああ、夜中に入り込んだ動物をゴブリンが殺したみたいですよ。その肉もありますし、今日の朝ご飯は豪華にバーベキューと洒落込みましょうか」
「朝からバーベキューは、きつい」
しかも、良く分からない動物の肉は厳しいのでは……。
「じゃあ、ハヤトさんはまずいイモでも食べててください。美味しいお肉は私たちだけで頂きますから」
「待て。食べないとは言ってない」
サッサと俺を見捨てて結論付けるリゼルに手を向けて、俺は必死になって進言した。
こんなまずいイモを一人で食べるくらいなら、なんのか分からない肉の方がマシだ。
そうして俺たちは、ゴブリンの焚いた火で丸焼きにした肉を仲良く三人で食した。
ちなみに、ぐちゃぐちゃになってはいたものの前の世界から換算しても久しぶりの肉はとても美味しかった。
────
その警報が鳴ったのは、ガッツリ食べた朝ご飯の影響で眠くなり、微睡みながら座っている時だった。
ビーッ! ビーッ!
人を不快にするような音は警報には最適だが、眠気覚ましには全く向かなかった。
「いったい、なんだ?」
「侵入者ですよ。たぶん」
「やっと私の出番って訳ね」
思い思いの反応をする俺たちは、それぞれの視線を目の前のモニターに向ける。
ちなみにこれは、毎回スマホを覗き込むのが面倒と言うリゼルの厚意(?)で取りつけてもらった物だ。
もちろん、ポイントは一切かかっていない。
たまにはリゼルを面倒がらせてみるものだ。
密かに、これからもちょくちょくやっていこうと思っている。
……閑話休題。
モニターに映っているのはダンジョンの入り口で、そこには四人組の冒険者と見られるパーティが居た。
男二人に、女が二人。
男たちは剣士らしく剣を腰に差し、女の一人は杖を持っている。
そしてもう一人の女の子は、重そうな荷物を持って彼らの後ろを歩いている。
「何であの子だけ……?」
「大方、あの冒険者たちの奴隷でしょう」
「酷いことをする奴らね」
珍しく三人の意見が一致した。
そうと決まれば、方針は一つしかないだろう。
「女の子を、助けてあげたいんだが」
俺がそう呟くと、二人は目を丸くして俺を見つめてくる。
「……なにか?」
「ううん、主様の口からそんな言葉が出るなんて思わなかったから」
人の事をなんだと思ってたんだ。
「人でなしのクソ外道ってところじゃないですか」
「べっ、別にそこまでは思ってないわっ!」
いや、ちょっと思ってたのか……。
若干傷ついたけど、今はそんな場合じゃない。
どちらにせよ、あの冒険者たちは撃退しなくちゃいけないんだ。
「撃退なんて生ぬるい。男は殺してポイントに、女は捕えて苗床になってもらいましょう」
せいぜい、ダンジョンの役に立ってもらいましょう。
と邪悪な笑顔でリゼルが呟いている。
俺よりもお前の方が外道だろう。
怖いので口には出さないが、どうやらネールも同じ気持ちなのだろう。
俺に向かってあからさまな同情の視線を向けていている。
「それじゃあ、私が出ればいいのかしら」
「いや、その必要はない」
ネールはあくまで最終手段だ。
万が一にも怪我をされたら困るし、急ごしらえとは言えダンジョンの出来も確認したい。
だから、まずは手を出さないようにして迎え入れよう。
「……まぁ、主様がそう言うなら良いけど」
不服そうにしながらも、ネールは素直に座り直した。
「あっ、そう言ってる間にも奴ら入ってきますよ」
一人モニターを監視していたリゼルに言われて確認すると、確かに冒険者たちはダンジョンの中へと進み始めていた。
その後ろを、荷物持ちの女の子がよたよたとついて行っている。
途中で何度もこけそうになっては、もう一人の女に怒鳴られているようだった。
「……主様、なんだか我慢の限界なんだけど」
俺たちの中で一番正義感の強いらしいネールは、もう耐えられそうにない。
良く見ると、リゼルもなんだか機嫌が悪くなっている。
そろそろ、頃合いか。
「まずは、冒険者と女の子を切り離す」
最初の仕掛け、本来は敵を分断する為のトラップを発動する。
その瞬間、前を行く冒険者とついて行く女の子が壁で隔たれてしまった。
「なっ! なんだ!?」
「ちょっと、どうなってるのよ!」
冒険者たちは、突然現れて退路を塞ぐ壁に驚き慌ててしまっている。
そもそもは退路を塞ぐためのトラップだったのだが、こういう使い方もできるなら覚えておいて損はないだろう。
荷物持ちの女の子も、なにが起こったのか分かっていない様子だ。
「リゼル」
「分かってますよ。あの子を連れてくればいいんでしょう」
名前を呼ぶと、阿吽の呼吸でリゼルが答えてくれる。
そのまま、ぴゅーっと部屋から飛んで行ってしまった。
これで、あの子は大丈夫だろう。
普段はふざけているけど、やる時はちゃんとやるからな。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、ゴブリンでもけしかけよう」
スマホで指示を出すと、ダンジョンを縦横無尽に走り回っていたゴブリン達が一斉に冒険者の元へ集まっていった。
ついでに、ゴブリンの強さも確認するとしようか。
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