ニート、初めての勝利
やがて、ダンジョン内の全ゴブリンが冒険者の元に集った。
「グギャァッ!」
「うわっ、ゴブリンだ!」
「慌てんなっ! たかがゴブリンだろ!」
パニックになっていた冒険者たちも、モンスターが現れたことで逆に冷静さを取り戻していた。
どうやらどこの世界でもゴブリンは最弱のようで、一対一では歯が立たない。
三匹で取り囲んでも、足止めをするのがやっとのようだ。
「私が行こうか?」
「いや、まだだ」
心配そうに俺を覗き込むネールに短く答えて、俺はゴブリン達に指示を飛ばす。
「とりあえず、一人だけでも殺せ」
ゴブリンは俺の指示を忠実に聞くと、そのほとんどが一人の男へ殺到する。
助けに回ろうとする他の二人には、それぞれゴブリンがまさに命懸けの足止めをしてくれている。
そして足止めのゴブリンがやられたのとほぼ同時に、ゴブリン達も一人の冒険者を殺すことに成功していた。
「ビルッ!? よくもッ!」
仲間をやられて冷静さを失っている冒険者たちは、ゴブリンに向かって猛攻を仕掛けてきた。
その勢いは一匹たりとも逃す気などないようで、ゴブリン達は次々にやられていってしまった。
「……撤退だ」
ゴブリンの数が半分になったところで、俺は彼らに撤退を命じる。
そうすると、その命令を待っていたかのようにゴブリン達は我先にとダンジョンの奥へ走り出した。
「待てッ!! 逃がしてたまるか!」
「追いかけましょう!」
そうすると、冒険者たちもゴブリンを追いかけてダンジョンの奥へと侵入してくる。
「ねぇ、主様。どんどん入られてるけど大丈夫なの?」
「問題ない」
彼らが進んでいるのは脇道。
悪ふざけでほとんど迷宮になっている一階層の中でも、すぐに行き止まりになっている通路だ。
やがて行き止まりになると、ゴブリン達はこんな時の為に作っていた小さな穴に潜り込んだ。
その穴は、とてもじゃないが人が通れるような大きさではない。
「くそ、逃げられた」
「……仕方ないわね。諦めて帰りましょう」
「そうだな。ビルの供養もしてやらなきゃだしな」
ゴブリンの姿も見えなくなり、冒険者たちもやっと冷静さを取り戻したようだった。
だが、少し遅い。
彼らは、もう俺の手の内だ。
冒険者二人が元の道を引き帰そうとしたタイミングで、もう一度隔壁を下す。
そうして、彼らを出口のない密室へと招待した。
「くそっ! またかよ」
「大丈夫。この程度なら私の魔法で……」
女が杖を構えて詠唱を始める。
しかし女の魔法が発動する前に、部屋の中に異変が起きた。
突然ボトッと音を立てて、何かが天井から降ってきたのだ。
「え? なにっ!?」
「これは、スライムか?」
事態を把握する間もなく、天井からは大量のスライムが降り続けている。
地面に落ちたスライムは冒険者の足に絡み付いて動きを封じ、天井からは冒険者の頭めがけてスライムが降ってくる。
やがて荷動きの取れなくなった女の頭に、降ってきたスライムが直撃する。
「キャッ!? ゴボッ……」
女にまとわりついたスライムはあっという間にその頭を覆い、それによって呼吸ができなくなってしまう。
「おい、大丈夫か!? すぐに助けるから待ってろ!」
目の前で苦しむ女にそう声を掛けたものの、冒険者の男に残された選択肢は少ない。
襲いかかっているスライムを剣で切ろうにも、すっぽりと女の頭を包み込んでいるスライムを切ってしまえば女にも傷をつけてしまう。
そもそも、足を封じられてしまっている今では、自慢の剣は届かない。
だから彼は、まず自分の足元に絡み付いているスライムを倒すべきだったのだ。
だが、事態はそんなことを悠長に考えている暇など与えなかった。
ズシャッ!
「え……?」
突然胸に走った衝撃に男が出せた声は、たったそれだけだった。
男の胸からは石でできた簡素な槍が生え、それは背中側から男を刺し貫いている。
次から次へと溢れ出る血液が男の口から噴き出して、もはや言葉など話す事は叶わない。
最後の力を振り絞って振り向いた男が見たものは、槍を持って楽しげに笑うゴブリンの姿だった。
そのまま男は倒れ、そして酸欠で気絶した女が倒れたところで、今までやかましく鳴り響いていた警報は止まり辺りに静けさが戻ってきた。
「なんとか、勝ったな」
俺は長い息を吐くと、そのまま背もたれに体重を預けて目を閉じる。
そうしていると、身体中に巣食っていた緊張が抜けていくのを感じることができた。
リゼルが女の子を連れて戻ってきたのは、その数分後のことだった。
────
「ハヤトさん。苗床に女を移動させときましたよ」
「ああ、ありがとう」
初めての戦闘の疲れで動けなくなった俺に代わって、リゼルが後始末をしてくれた。
男はモンスターの餌に、そして女は苗床に。
今頃は意識を取り戻して、ゴブリンの餌食になっていることだろう。
大量のゴブリンに囲まれてもみくちゃにされている女の姿を想像して、なんとも言えない感情になる。
俺はまだ未経験なのに、ゴブリン達はもう……。
「いや、ゴブリンに嫉妬とかマジでみっともないから止めましょうよ」
……確かに、そうかもしれない。
心を入れ替えた俺は、もう一度苗床の女に思いを馳せた。
どうか、元気で丈夫な子供を産んでくれ。
さて、事後報告はこれくらいで良いか。
ちなみに女の子は、回復術の心得のあるネールに預けて細かい傷なんかを治してもらっている。
相当ひどい扱いをされていたみたいで身体中には生傷や塞がり切っていない傷が多いらしく、後始末が終わった今になっても奥の部屋から出てきそうにない。
「それで、ハヤトさん。あの子はどうするおつもりですか?」
……どうしよう。
「考えてなかったんですか。……まぁ、テンプレ的には性奴隷コースですよね」
性奴隷は、人権的に。
「だから、奴隷に人権も何もないって何度言ったら分かるんですか!? まったく、戦闘中はあんなに鬼畜外道なのに、どうして普段はこうなんです?」
別に、戦闘中も普通だが。
「普通の人間は、あんなゲスみたいな戦法思いつきません。なまじ思いついたとしても、実行になんて移そうとしませんよ」
まぁ、確かにちょっと卑怯だったかもしれない。
だけど、侵入者は確実に始末しておかないと俺の命に関わるからな。
なにより、勝てば官軍なのだ。
「その開き直り方はむしろ清々しくて好感が持てますけど。でも、ネールっちの反応は悪いでしょ」
クズを見るような目で見られましたがなにか?
あと、お前ってネールのことを「ネールっち」て呼んでるんだな。
仲良しか?
「まぁ、少なくともハヤトさんよりは」
たった一言なのに、どうしてこうも俺を傷付けることができるんだろう。
久しぶりに二人きりになってリゼルの暴言の才能に戦慄していると、俺の背後で扉の開く音がした。
「お待たせ。治療は終わったわよ」
その言葉に振り返ると、そこにはネールと。
見覚えのない美少女が立っていた。
フリルの付いた薄桃色のワンピースに、艶のある黒い髪。
そして何よりも目を惹くのは、その頭に生える獣のような耳だった。
その耳は、怯えるように垂れ下がってしまっている。
えっと、本当に誰?
もう訳が分からなくなって混乱している俺を、隣に浮いているリゼルが駄目なものを見る目で眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます