ニート、姫騎士と出会う

 用意した椅子に座った女の子は、俺に対して不信感を隠そうともしない視線を送ってきている。

 あまり、精神衛生上良くない。

 向かい合うようにベッドに座ったまま、とりあえず女の子を観察してみることにした。

 金色に輝くロングヘアーは照明に反射してキラキラと光り、それを引き立てるような端正な顔立ちをしている。

 碧眼の瞳はぱっちりと開かれて、長い睫毛がキリッとした表情の中にも優しげな雰囲気を醸し出している。

 出る所は出て引っ込む所は引っ込んだバランスの取れた体型は、まさに理想のプロポーションと言っても良い。

 その姿は、まさにゲームなんかで良く見る女騎士そのものだった。

「ああ、モンスターたちに無様に負けながら犯されて悦ぶ淫乱な牝のことですね」

 あれは嫌がりながらも感じている所が萌えるんであって、別に悦んでるわけじゃない。

 あと、リゼルの発言で俺に対する視線の温度が五度くらい下がった気がする。

「気のせいですよ。最初からハヤトさんを見る視線は摂氏マイナス273.15℃でしたから、これ以上は下がりようがありません」

 絶対零度ってことですね、分かります。

「おや、案外賢いですね」

 この期に及んで二人で軽口を言い合う姿に毒気を抜かれたのか、女の子からの視線が少しだけ緩んだ。

 今が、会話を始めるチャンスか?

「その、お名前は……?」

「なんですか、その質問。婚活初心者ですか?」

 リゼルに茶々を入れられるが、とりあえず無視する。

 しばらく待っていると、女の子はやっと答えてくれた。

「……ネール・クラウディアよ」

「えっと、じゃあこれからはネールって呼んで良いかな?」

「勝手に呼べば」

 突き放すように言われてしまっては、これ以上会話を続けることができない。

 早速途方に暮れてしまった。

「いや、ステータスとか見れば良いじゃないですか。彼女はもうハヤトさんの物なんですから、見れますよ」

 そう言うのって、プライバシー的に駄目だと思う。

「奴隷にプライバシーなんて存在しませんよ。そんなことじゃ、いつまで経っても世界一の外道になれませんよ」

 別になりたくないんだが……。

 そもそも、自分のステータスは見るなってあれほど言ってたのに。

 だけど、このままじゃ埒が明かないのも確かだ。

 俺は意を決すると、ネールの方に向き直って尋ねた。

「えっと、君のステータスを見ても良いかな?」

「好きにすれば良いじゃない」

 なんだかさっきから、偉くツンツンされている。

 俺にツンデレ属性はないので、普通に傷ついてしまうんだよな。

 それはさておき、許可も得たのでスマホを操作してネールのステータスを確認することにした。


 <ネール・クラウディア>

 種族:人間

 ジョブ:姫騎士

 スキル:剣術Lv.3、鉄壁、神聖術の心得、回復術Lv.1、初級魔法Lv.1、鍛冶、王家の証(没落)

 状態:隷属(嫌悪)


「姫騎士ぃぃ!?」

 今まで聞いたことのないリゼルの声に、俺はビクッと身体を震わせた。

 それって、そんなにすごいことなのか?

「すごいなんてもんじゃないですよっ! 姫騎士って言ったら、レアジョブ中のレアジョブ。一生に一度お目にかかれるかどうかってレベルですよ。なんたって、『姫』で『騎士』なんですからっ!」

 なるほど。

 この世界の基準は良く分かんないけど、リゼルのこの焦りようはただごとじゃない気がする。

「ただごとな訳ないでしょうっ! 理解力のない脳ミソなんか捨てて、サッサと新しい脳ミソを買って来てください!」

 焦りからか、俺を罵る言葉にもウィットが足りない。

 もはや、そんなただの暴言ではなにも感じない自分が居る。

「やかましいですよ! ……はぁ、呑気なハヤトさんを見てたらなんだか落ち着いてきました」

 それは、なにより。

「ともかく、なんで奴隷になってるのかは知りませんけど姫騎士を引き当てるなんて、ハヤトさんの強運は留まることを知りませんねぇ」

 そりゃあ、スキルでついてるしな。

 だけど、俺にはひとつ気になることがある。

「なんですか? 楽な自殺の方法ですか?」

 ……ネールの状態が、嫌悪になってることだ。

「そりゃそうですよ。いったいなにがあったら、突然連れてこられた場所で出会った見ず知らずの買い主に、良感情を抱くんですか?」

 いや、そうなんだけど。

「まぁ、感情は不変じゃないですから、これから良くなる可能性はありますけどね」

 別にフォローしてほしかった訳じゃないんだが……。

「んんっ。……ちょっと良い?」

「はいはい、なんですか?」

 ネールが咳払いをして声をかけてきて、リゼルが答える。

 あれ? 俺が話しかけられてるんじゃ……。

「あなた達に、少し相談があるんだけど」

「相談、とは?」

「今すぐ、私を解放してほしい」

 ……は?

 突然の申し出に、俺は混乱して固まってしまう。

 そうすると、俺が使い物にならないと判断したリゼルが代わりに対応してくれた。

「いや、なに言っちゃってるんですか?」

「だから、私を奴隷から解放してほしいの。あなたにならできるでしょう?」

「そりゃあ、主人であるハヤトさんにならできますけど」

 あぁ、そうなのか。

 そう言えば、スマホに奴隷管理画面が追加されてるしな。

「だけど、どうしてハヤトさんがそれをする必要があるんです?」

 どうやらリゼルは、俺の代わりに怒ってくれているらしい。

 まぁ、割と高かったしな……。

「もちろん、タダでとは言わないわ。国家再興の暁には、それなりの処遇を用意するつもりよ」

「はぁ? なんですか、それ。頭でも湧いてるんですか?」

 ついにリゼルが、俺以外の人間に暴言を吐き始めた。

 寂しいような、そうでもないような。

「気味の悪いジェラシーは後にしてください。今は、この世間知らずの頭の弱い生娘と話してるんですから」

 どうやら相当怒っているらしいリゼルは、俺の方を見もせずに続ける。

「良いですか。そもそもあなたに、ハヤトさんになにかを要求するような権利はありません。あなたにあるのは、求められるままにその身体を差し出す義務だけです」

「いや、言い過ぎでは?」

「ハヤトさんの為に怒ってるんですから黙っててください。ぶっ殺しますよ」

 あまりの剣幕に、俺は言葉を失って口をつぐんだ。

「仮にも主人に向かって、その口のきき方はないんじゃないかしら?」

「五月蝿いですね。そもそも誰のせいでこんな状況になってると思ってるんですか?」

「私を買った、彼のせいね」

「突然、訳の分からないことを言い出したあなたのせいですっ!」

 そのまま二人の口論が始まってしまった。

 基本的には、リゼルが怒ってネールが少しずれた答えを返すだけだが。

 だけど、このままでは口論はいつまで経っても終わりそうにない。

 今日は色々なことがあって疲れたし、そろそろ寝たいんだが。

 だけど、今のままではそれを言い出せるような空気じゃない。

 仕方なく俺は、意を決して二人の間に入ってみることにした。

「……提案があるんだが」

 そう言った瞬間、二人の視線が俺に向かう。

 それは露骨に邪魔者を見るようで、心が折れそうになる。

「提案って、なんですか?」

 それでも、そんな俺を可哀想だと思ったのかリゼルが呼び水をくれた。

「条件付きで、ネールを解放しても良い」

「はぁっ!? やっと喋ったと思ったら、いったいなにを言い出すんですか!」

「本当っ!?」

 俺が告げた時の二人の反応は両極端だった。

 リゼルは刺すような視線で俺を睨み、ネールは期待するように瞳を輝かせている。

「ハヤトさん。面倒だからって適当なことを言ってたら、人生損しますよ」

 別に、損をするつもりはないんだが。

「せっかく高いポイントを払って買った奴隷を解放するのが、損じゃなくてなんなんですか?」

 それからも延々と俺を罵ってきそうなリゼルを、ネールが止めてくれた。

「この妖精のことは置いておいて、まずは条件を聞きましょう」

 どうやら、やっと話が進みそうだ。

 まだブツブツ言っているリゼルを置いて、俺は条件を提示する。

「君には、15000ポイント分を俺の下で働いてもらいたい」

 そう言った瞬間、今度はリゼルが目を輝かせた。

 反面、ネールは怪訝そうな表情を浮かべる。

「なるほど、負債って訳ですね。それで、借金があるんだから奉仕しろって言っちゃうんでしょう。全く、ハヤトさんは外道なんだからぁ。そこに痺れる憧れるっ」

 一人で盛り上がってるところ悪いが、そんなことは言わない。

 あと、ネールも顔が怖い。

「俺は、戦闘面での働きを期待しているんだ。姫騎士は、強いんだろう」

「まぁ、その辺の冒険者くらいなら楽に倒せるわ」

「だからこそ、このダンジョンを守って欲しい。そうすれば、君には指一本手を出さないことを約束しよう」

 俺の言葉を聞いたネールは、俺の提案を慎重に吟味をしているようだった。

 俺としても、このままずっと口論をされるよりはマシなので黙って待つ。

 リゼルだけが、不服そうに頬を膨らませているが……。

 少しの時間が経った頃に、やっとネールは俺の方に向き直った。

「……確かに、それが道理ね。分かった」

「それじゃあ」

「約束を守ってくれるなら、その条件を呑むわ。私が、あなた達を守ってあげる」

「何を上から目線で言ってくれちゃってるんですか。あなたは借金のカタの強制労働者なんですよ」

「五月蝿いわね。分かってるわよ」

 どうやら、二人はまだ仲良くなれそうにないみたいだ。

 ともかくこれで、問題は解決した。

 という訳で、俺は二人にもう一つの提案をしてみることにした。

「それじゃあ、今日はもう寝ないか?」

 欠伸交じりに言うと、二人のため息が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る